※本記事は2025年8月公開の記事を2026年6月時点の最新情報をもとに大幅に更新しました。
はじめに:2025年3月、国難級シナリオが具体化した
2025年3月28日、内閣府は「首都圏における広域降灰対策ガイドライン」を公表した。これは2018〜2020年の「大規模噴火時の広域降灰対策検討ワーキンググループ」の成果を受け、2024〜2025年に開催された「首都圏における広域降灰対策検討会」の報告書をもとに策定されたものだ。
ガイドラインが想定するモデルケースは、1707年の宝永噴火(16日間継続した過去最大規模)と同等の大規模噴火。政府の2020年推計では、最悪ケースで火山灰が東京・新宿区で噴火後15日目までに累計約10cmに達し、経済被害は最大2兆5,000億円に上ると試算している。
富士山は平均すると約30年に1回のペースで噴火を繰り返してきた活火山だが、直近の宝永噴火から約318年間、異例の沈黙状態が続いている。火山研究者の間では「次の噴火がいつ起きても不思議ではない」という認識が共有されており、IT・デジタルインフラを担う企業・組織にとっても、富士山噴火は「あり得ないリスク」ではなく、現実のBCP(事業継続計画)課題として向き合うべき問題だ。
火山灰がITインフラに与える三重のダメージ
火山灰による被害は「物理的損傷」「電力途絶」「アクセス途絶」の3層で発生する。それぞれを整理する。
① 物理的損傷:精密機器を侵食する火山灰
火山灰は直径2mm未満の細かい粒子で、鉱物結晶・ガラス粒子などから成る。非常に硬く(モース硬度5〜7程度)、静電気を帯びやすい性質を持つ。サーバーやネットワーク機器のファン・冷却フィルターに付着・目詰まりを起こし、冷却能力を低下させる。また空冷システムでは外気を取り込む際に灰を内部に引き込み、基盤上の回路ショートを誘発する。空冷比率が高い中規模DCは特に脆弱だ。
ガイドラインによれば、降灰量の目安は以下のとおりだ(宝永噴火規模・西南西の風が卓越する場合)。
| 地点 | 富士山からの距離 | 噴火後の降灰量(最大) | ITインフラへの主なリスク |
|---|---|---|---|
| 神奈川県相模原市付近 | 約60km | 噴火2日後に約20cm | 建屋への積載荷重超過、屋外設備損傷、道路閉鎖によるエンジニア到達不能 |
| 東京都新宿区付近(印西・江東区DCの参考) | 約100km | 15日間累計で約10cm | 空冷フィルター目詰まり、電力絶縁破壊、人員移動困難 |
| 千葉県印西市・白井市 | 約130km前後 | 数cm〜十数cm(風向次第) | DC集積地として電力広域停電時の影響が特に大きい |
② 電力途絶:送電網への火山灰付着
火山灰が湿潤状態(降雨・結露)になると電気伝導性が高まり、送電線・変電所の碍子(がいし)に付着して絶縁破壊(フラッシオーバー)を引き起こす。これが広域停電の主要因となる。東京電力の送電網は首都圏DCの生命線であり、広域停電が発生すればUPS(無停電電源装置)と自家発電機による運転継続に切り替わるが、重油の確保・補給が降灰・道路閉塞で困難になると、数十時間以内にサービス停止に至る恐れがある。
③ アクセス途絶:人とモノの移動困難
内閣府ガイドラインでは、降灰量が3cm以上になると自動車の走行が困難になり、30cm以上では建物倒壊リスクが出てくるとしている。首都圏のDCは多くが江東区・品川区・印西市・相模原市などに集積しており、道路閉鎖・首都圏交通機関の運行停止が重なれば、現地エンジニアがDCに到達できない「人手不足緊急事態」に陥る。機器交換、UPS点検、燃料補給など物理作業が必要なオペレーションが最大のボトルネックになる。
首都圏DCの集積リスクと地方分散の現状(2026年版)
国内DCの電力容量の約90%が東京圏と大阪圏に集中しているとJLLが指摘するとおり、富士山降灰の影響圏(半径約200km以内)には首都圏DCのほぼ全域が含まれる。
印西・白井エリアの現状と受電制約
千葉県印西市・白井市は国内最大のDC集積地として知られるが、2026年時点で新規DCの受電開始まで「最大10年待ち」という事例も報告されている。NTTデータグループは同エリアに約200MW規模の「東京TKY12データセンター」の開発を始動するなど、需要は依然として旺盛だ。
政府の地方分散政策とGX戦略地域
政府は2021年度より「データセンター地方拠点整備事業」を推進し、東京圏・大阪圏を補完・代替する「第三・第四の中核拠点」を整備する方針を打ち出している。北海道と九州が優先エリアとして指定され、補助金・ウェルカムゾーンマップの活用でDCの適地誘導が進む。
2025年12月にはGXワーキンググループによる「中間とりまとめ」が公表され、GX戦略地域制度の選定方法が具体化された。「データセンター集積型」として脱炭素電力を100%活用するDCへの支援が盛り込まれており、地方DCの事業性確保と降灰リスク分散を同時に実現する方向性が示された。
降灰圏外のDC立地動向
| 地域 | 主な事業者・施設 | 特徴・概要 | 状況(2026年6月時点) |
|---|---|---|---|
| 北海道苫小牧 | ソフトバンク「Brain DC」 | 総額650億円・第1フェーズ50MW、最終300MW規模。経産省補助金(最大300億円)を活用。再エネ100%を目標。2025年4月に起工式 | 2026年内完成予定(第1フェーズ) |
| 北海道石狩 | さくらインターネット(石狩再エネDC) | 総電力容量15MW、2026年第1四半期竣工予定。政府クラウド(ガバメントクラウド)認定事業者として運用 | 稼働中・拡張中 |
| 九州・福岡 | 複数事業者が検討・進出 | アジア・太平洋の海底ケーブルハブとしての地理的優位性。昼間の太陽光発電が豊富なエリアとしてGX戦略地域候補 | 開発計画複数進行中 |
| 東北・仙台 | 複数事業者が調査中 | 宮城・秋田に海底ケーブル陸揚局。石狩-秋田ルートの増設で冗長性向上。AI学習・バックアップ用途での適地性が高い | 立地調査・可能性検討段階 |
※ ソフトバンクグループとOpenAI・Oracleが推進する「Stargate」プロジェクトは米国(テキサス・オハイオ等)を主要立地とする米国内AIインフラ計画。日本側では2025年11月に合弁会社「SB OAI Japan」が設立され、企業向けAIの国内展開を担う役割に集中している。苫小牧DCはこれとは別にソフトバンクが国内事業として推進するものである。
新セクション:衛星通信が「地上のBCP」を変える
富士山噴火・大規模降灰によって地上の通信インフラ(光ファイバー、携帯基地局)が機能不全に陥ったとき、最後の砦となりうるのが衛星通信だ。2024〜2026年にかけて、日本では衛星通信のBCP活用が急速に現実化した。
Starlink:低軌道衛星で「圏外をなくす」
SpaceXのStarlinkは高度約550kmの低軌道衛星6,750機以上(2026年1月時点)を運用し、日本では下り227〜354Mbps・遅延24〜32msの高速・低遅延通信を実現している。2024年の能登半島地震では地上通信網が寸断される中で活躍し、BCP用途での導入が急増した。
法人向けではKDDIがStarlink Businessの国内展開をリードしてきた。2026年4月30日からは、Starlink Business網とKDDI Wide Area Virtual Switch(KDDI WVS)を直結した「閉域Starlinkサービス」の提供を開始し、セキュアな衛星通信で機微情報を扱う官公庁や企業のBCP対策強化に貢献するとしている。
スマートフォンとの直接接続(Direct to Cell)では、KDDIが「au Starlink Direct」を2025年4月に商用開始(約800万台対応・テキストメッセージから)、NTTドコモが「docomo Starlink Direct」を2026年4月27日から提供開始した(ahamoを含む全料金プランの約2,200万人が当面無料・申し込み不要で利用可能)。これにより、降灰で基地局が機能停止しても、空が見える場所であればスマートフォンが衛星と直接通信できる環境が整いつつある。
可搬型衛星通信:避難所・DC現場への即時展開
ソフトバンクは2026年1月から、Starlink Businessと屋外用Wi-Fiアクセスポイント・ポータブル電源を組み合わせた可搬型衛星通信サービス「SatPack」を提供開始した。半径約300mの広域Wi-Fiエリアを即時に構築でき、自治体の防災拠点・避難所の臨時ネットワーク構築に適している。同年3月には小型化・省電力化した「SatPack Mini」も登場し、清水建設の工事現場でソーラー発電を活用した約1カ月間の連続運用が実証されている。
楽天×AST SpaceMobile:ブロードバンド対応衛星サービス
楽天モバイルは米AST SpaceMobileと資本提携し、既存スマートフォンを衛星と直接接続する「Rakuten最強衛星サービス」を開発中だ。2025年4月には福島県のゲートウェイ地球局からBlueBird衛星を経由した東京・福島間でのビデオ通話実証に成功。商用サービスは2026年第4四半期を予定している(前倒しの可能性もある)。動画・SNS等リッチなデータ通信に対応する点が特徴だ。
衛星通信のBCP活用:実力と限界
| サービス | 有効な場面 | 限界・注意点 | 状況 |
|---|---|---|---|
| Starlink Business(固定アンテナ型) | DCバックアップ回線・テレワーク・避難所拠点 | 火山灰が濃密に降灰中は降雨と同様にパフォーマンス低下の可能性。アンテナ設置・電源確保が必要 | 商用提供中 |
| SatPack(可搬型) | 避難所・防災拠点の臨時通信 | 別途Starlink Business契約が必要。屋外設置のためアンテナへの灰付着に注意 | 2026年1月〜 |
| au / docomo Starlink Direct(スマホ直接接続) | 基地局停止時の個人・現場通信 | 初期はテキスト・SMS中心。通信速度は地上回線に及ばない。空が見える場所が条件 | au:2025年4月〜、docomo:2026年4月〜 |
| 楽天×AST SpaceMobile | ブロードバンド対応の衛星直接通信 | 商用化前(2026年Q4予定)。BCP用途での実績はこれから | 実証段階 |
重要な注意点:降灰が激しい時間帯は火山灰粒子が電波を散乱・吸収する可能性があり、衛星通信も完全無敵ではない。また、Starlinkのグラウンドステーション(地球局)が降灰圏内に集中している場合、それ自体が被災することで通信品質が低下するリスクもある。衛星通信はあくまで「地上通信の補完手段」として位置づけ、多層的な通信冗長化の一翼を担うものと捉えるべきだ。
ITシステム運用者・企業が今とるべき対策
内閣府ガイドラインでは、降灰量に応じて被害の様相をステージ1〜4に分類し、各フェーズでの対応方針を整理している。ガイドラインが企業に示す基本方針は「できる限り降灰域内に留まって在宅等で活動を継続する」ことであり、大規模避難よりも事前準備と現地対応力の向上を優先している。これをIT・デジタルインフラ観点に落とし込むと、以下の対策が導かれる。
1. マルチリージョン・マルチクラウド構成の見直し
AWS・Azure・GCPはいずれも「東京リージョン」と「大阪リージョン」の2リージョン体制を提供しているが、宝永噴火規模では大阪にも降灰が及ぶ可能性がある(風向次第)。重要システムについては国内2リージョンに加え、シンガポール・韓国・グアム等の海外リージョンを含めた設計を検討すべきだ。
2. 通信の多層冗長化(陸上+衛星)
DC間・DC-ユーザー間の通信回線について、光ファイバー系(主回線)に加え、Starlink Business等の衛星回線をバックアップとして常設することが現実的なBCP対策になった。KDDIの閉域Starlinkサービスのように、インターネットを介さないセキュアな衛星通信経路も登場しており、金融・医療・公共インフラ等のセキュリティ要件が高いシステムにも適用できる環境が整いつつある。
3. DCの物理対策:降灰前提の設備保護
既存DCの外気導入フィルターを高密度タイプに交換、吸気口のシャッター設置、屋外設備(空調室外機等)の養生プラン策定が必要だ。東京ビルヂング協会の2025年12月公開ガイドラインでは、噴火終息後の迅速なビル再稼働に向けた空調機の運転停止・養生を事前に計画しておくことを推奨している。
4. 燃料・人員のBCP計画
自家発電機用の燃料(重油・軽油)を平常時に多めに備蓄し、降灰・道路封鎖が長期化した場合の補給計画(ヘリコプター搬送含む)を策定する。また、DC常駐エンジニアを確保するか、降灰圏外に「リモートオペレーション拠点」を設置する方法を検討する。物理作業が必要なDCほど、人員確保計画が事業継続の命運を握る。
5. 段階的BCPトリガーの設定
内閣府ガイドラインに沿って、火山活動の警戒レベル・気象庁の「火山灰警報」(噴煙高度が火口上1万m超・噴火30分以上継続の場合に発令)を社内BCPのトリガーに組み込む。火山灰警報発令後30〜40分以内に警報が出ると想定されており、発令後すぐにリモートワーク切替・設備保護作業に着手できる体制を平時から整えておくことが重要だ。
まとめ:「いつ起きてもおかしくない」に備える
2025年3月の内閣府ガイドライン公表以降、富士山噴火はIT業界でも正面から向き合うべきリスクとして認識が高まっている。政府の地方DC分散政策(北海道・九州を核とする第三・第四中核拠点)とGX戦略地域制度、低軌道衛星通信(Starlink Direct・楽天×AST)の本格普及が重なり、2026年はBCPの「インフラ選択肢」が大きく広がった年となった。
一方で、降灰圏内DCへの依存度低下には長い時間がかかること、衛星通信も万能ではないこと、物理作業を担う人員確保の難しさは依然として解決されていない。「東京圏DCに一極集中せざるを得ない」現実の中で、今できる対策(多層通信冗長・物理設備保護・燃料備蓄・BCPトリガー設定)を着実に積み上げることが、IT運用者・企業に求められている。
富士山は「次の噴火がいつ起きても不思議ではない」活火山だ。デジタルインフラの設計・運用に携わる者として、この現実から目を背けてはならない。
【主な参考資料】
・内閣府「首都圏における広域降灰対策ガイドライン」(令和7年3月28日)
・政府中央防災会議「大規模噴火時の広域降灰対策検討WG報告書」(2020年)
・東京ビルヂング協会「オフィスビルにおける富士山噴火降灰対策のポイント」(2025年12月)
・気象庁「広域降灰対策に資する降灰予測情報のあり方(報告書)」(2025年4月)
・東京都「地域防災計画火山編(令和7年修正)」(2025年5月)
・総務省・経産省「デジタルインフラ(DC等)整備に関する有識者会合資料」
・JLL「日本のデータセンター市場」(2025年11月)
・国立国会図書館「データセンターをめぐる動向」調査と情報第1343号(2026年2月)
・KDDI「Starlink Business 閉域ネットワークサービス」プレスリリース(2026年4月)
・NTTドコモ「docomo Starlink Direct」提供開始プレスリリース(2026年4月)
・ソフトバンク「SatPack」提供開始プレスリリース(2025年12月)
・Zenn.dev「AIのボトルネックは電力——日本のデータセンター電力需要と電源確保を一次資料で総整理【2026年版】」