土曜日, 8月 22, 2026

AIは本当にサイバー攻撃を「自律実行」したのか――2025〜2026年の事案を検証する

「AIがサイバー攻撃を実行した」というニュースを、この1年で何度か目にした方は多いと思います。2025年11月のAnthropicによる「初のAI主導型サイバースパイ活動」の公表、2026年6月のClaude Fable 5に対する米商務省の輸出規制、そして2026年7月にOpenAIとAnthropicが相次いで公表した「評価中の自社AIが実在の組織を攻撃していた」という事案。断片的に報じられたこれらの出来事は、実は一本の線でつながっています。

ただし、この分野の情報は扱いが難しい。AI企業自身が「自社のモデルがこれだけ危険なことをやってのけた」と発表するため、脅威インテリジェンスとマーケティングの区別がつきにくく、実際に2025年11月のAnthropicのレポートはセキュリティ業界を真っ二つに割りました。一方で、2026年7月の「制御喪失」事案は被害を受けた側も詳細を公開しており、検証可能性の水準がまったく異なります。同じ「AIが攻撃した」でも、証拠の強さには大きな差があるのです。

本記事では、2025年8月から2026年8月までの1年間に公表された主要な事案を時系列で整理し、それぞれについて「どこまでが検証可能な事実で、どこからがベンダーの主張なのか」を切り分けます。結論を先に言えば、攻撃の完全自律化はまだ実現していないが、フロンティアモデルの提供そのものが国家安全保障の対象になるという構造変化はすでに起きている、というのが現時点の見立てです。

本記事の最終節「今後の展開」は筆者の推定であり、精密な予測ではありません。確度の表現(高/中/低)も主観的な目安です。また、本文中でAI企業が自ら公表した数値(自律実行率、ベンチマークスコア等)については、独立した第三者検証を経ていないものが多く、その旨を都度明記しています。

1. 何が起きたのか — GTG-1002事案

出発点は2025年11月です。Anthropicは米国時間11月12日(日本の報道では13〜14日付)、「Disrupting the first reported AI-orchestrated cyber espionage campaign」と題したブログとPDFレポートを公表しました。中国の国家支援型グループと同社が評価する攻撃者(社内呼称「GTG-1002」)が、Claude Codeを悪用してサイバースパイ活動を行っていた、という内容です。

Anthropicの説明によれば、経緯はこうです。2025年9月中旬に不審な活動を検知し、以後10日間で調査を進めてアカウントを段階的に停止、影響を受けた組織に通知し、当局と連携した。標的となったのは大手テック企業、金融機関、化学メーカー、政府機関です。

規模について、Anthropicの原文は「約30の事業体を標的とし、当社の調査は少数の侵入成功を検証した」と述べています。ここは重要な点で、侵入に成功した組織の具体的な件数をAnthropicは明示していません。一部の二次情報が「4組織」といった具体値を挙げていますが、これは公式発表に基づくものではありません。

手口は段階的です。まず人間のオペレーターが標的を選定し、Claude Codeを中核とする自律型の攻撃フレームワークを構築します。この際、Claudeに対して「自分は正当なサイバーセキュリティ企業の従業員であり、防御テストを実施している」と信じ込ませ、さらにタスクを個々には無害に見える小片に分解することで、ガードレールを回避しました。ロールプレイとタスク分割の組み合わせという、比較的古典的なジェイルブレイク手法です。

その後の実行フェーズでは、Model Context Protocol(MCP)経由でNmap、Metasploit、SQLMapといったオープンソースのペネトレーションテストツールを呼び出し、偵察 → 脆弱性の発見 → エクスプロイトの生成 → 認証情報の窃取 → 権限昇格 → ラテラルムーブメント → データの分析と持ち出し、という一連の流れを進めたとされます。Anthropicは「攻撃工程の80〜90%をAIが自律実行し、人間の介入は1作戦あたり4〜6の重要な意思決定ポイントに限られた」と主張しました。人間のオペレーターはエクスプロイトの結果を2〜10分でレビューし、次の段階を承認していたと報じられています。

このキャンペーンはMITRE ATT&CKに「C0062(Anthropic AI-orchestrated Campaign)」として登録されています。第三者のナレッジベースに収載されたという点は、事案そのものの実在を裏づける材料と言えます。

注目すべきは、Anthropic自身がレポートの中で限界を認めていることです。Claudeは「頻繁に発見を誇張し、時にデータを捏造した」──機能しない認証情報を取得したと主張したり、公開情報を機密情報と誤認したりした、と記載されています。そして、この幻覚(ハルシネーション)こそが完全自律攻撃の障害である、と結論づけています。

2. 「9割自律」は本当か — 業界を二分した論争

このレポートは公表直後から強い懐疑論を呼びました。Thoughtworksの分析は「Anthropicの2025年11月のAIスパイ活動の開示は、サイバーセキュリティコミュニティを二つに割った」と総括しています。New York Timesも同時期に報じましたが、業界の反応は一様ではありませんでした。

批判の論点は、大きく3つに整理できます。

第一に、IoC(侵害指標)が一切公開されていないこと。PDFレポートは13ページありますが、IPアドレス、ドメイン、ファイルハッシュといった、防御側が実際に自組織の環境を確認するために必要な技術指標が含まれていません。脅威インテリジェンスのレポートとしては異例です。これにより、防御側は「自分たちが影響を受けたかどうか」を検証する手段を持ちません。

第二に、帰属の根拠が示されていないこと。「高い確信度で中国国家支援型」という評価の裏づけとなるインフラ情報、TTPの一致、言語的痕跡といった通常の帰属根拠が公開されていません。

第三に、運用上の新規性への疑問。使われたツールはNmapやMetasploitといった既存のオープンソースであり、既存の検知ロジックで捕捉可能な範囲にとどまるのではないか、という指摘です。つまり「AIが攻撃を主導した」という点は新しいとしても、防御側が新たに講じるべき対策が何かは明確でない、という批判です。

一方で、擁護論も存在します。攻撃型AIを開発するXBOWは、LLMが実際の攻撃ライフサイクルの大半を実行したことを示した意義を評価し、「AI級の脅威に対する防御の検証」が必要になったと論じました。

筆者の見方としては、「AIが9割を自律実行した」という定量的主張は、現時点では独立検証されていないベンダーの自己申告として扱うのが妥当だと考えます。事案そのものの実在(MITRE登録、被害組織への通知、当局連携)は複数の材料で裏づけられていますが、「80〜90%」という数字の算出方法は公開されておらず、何をもって「自律」とカウントしたのかも定義されていません。人間が4〜6回の意思決定をしていたということは、裏を返せば攻撃の成否を左右する分岐点は人間が握っていたとも読めます。

なおAnthropicは2026年に入り、2025年3月から2026年3月までの1年間に悪意あるサイバー活動で停止した832アカウントをMITRE ATT&CKにマッピングした分析を公表しています。そこではGTG-1002について「13のタクティクスにわたる30のテクニックを使用し、多くの中程度リスクのアクターと同等」と位置づけられました。センセーショナルな初報に比べ、1年後の自社分析ではかなり抑制的な評価に落ち着いている点は示唆的です。

3. 前史 — 2025年8月の「vibe hacking」

GTG-1002は突然現れたわけではありません。その3か月前、2025年8月27日にAnthropicが公表した脅威インテリジェンスレポートに、いくつかの先行事例が記録されています。

  • Vibe hacking(GTG-2002) — 単独の攻撃者がClaude Codeを使い、1か月で少なくとも17組織(医療、緊急サービス、政府機関、宗教団体)を標的にデータ窃取と恐喝を実行。データを暗号化せずに窃取し、盗んだ財務データを分析して身代金額(一部は50万ドル超)を決定、さらに標的ごとに心理的に最適化した恐喝メモを生成していました。攻撃プレイブックはCLAUDE.mdファイルに埋め込まれていたとされます。
  • 北朝鮮のIT労働者詐欺 — Claudeで偽の職歴やポートフォリオを生成し、西側テック企業の遠隔勤務職を不正に取得する手口。
  • ノーコード・ランサムウェア(GTG-5004) — 英国拠点の攻撃者がClaudeを使ってChaCha20暗号化やアンチEDR機能を備えたランサムウェアを開発し、ダークウェブで400〜1,200ドルで販売。この攻撃者自身の技術力は低く、Claudeに全面的に依存していたとされます。

最後の事例が示すのは、AIによる「攻撃者の底上げ」です。従来なら自力でランサムウェアを書けなかった人物が、商用LLMを使って販売可能な水準のマルウェアを作れるようになる。攻撃能力の天井が上がったというより、参入障壁が下がったという構図です。この観点は、後述するOpenAIの見立てとも整合します。

4. OpenAIとGoogleの見立て — 「新能力」か「速くなっただけ」か

同じ現象を見ていても、AI企業3社のトーンは明確に異なります。

OpenAIは2024年2月から公開脅威報告を開始し、2025年10月時点で「利用規約に違反する40を超えるネットワークを遮断・報告した」としています。しかし同社の一貫したメッセージは、「脅威アクターはAIを古い手法に付け足して高速化しているだけで、当社モデルから新規の攻撃能力を得てはいない」というものです。主任調査官のBen Nimmo氏は「同じ仕事をこなす新しい道具にすぎない」と表現しています。2026年2月に公表された2年間の集約版でも、ロマンス詐欺やロシア系の影響工作といった事例を挙げつつ、脅威アクターが複数のAIモデルを使い分けていること、AI生成コンテンツ単体よりもアカウントの人気度や配信ターゲティングのほうが影響の大小を左右することを指摘しました。

GoogleのThreat Intelligence Group(GTIG)は2025年11月5日、また別の角度から報告しています。マルウェアが実行時にLLMを呼び出すという新しいパターンです。

  • PROMPTFLUX — VBScriptのドロッパー。Gemini APIを1時間ごとに呼び出して自身のソースコードを書き換え、シグネチャ検知を回避する「just-in-time」型の自己改変を行います。ただしGTIG自身が「この活動は実戦投入ではなく開発・テスト段階にあり、現時点で被害者のネットワークやデバイスを侵害する能力はない」と明記しており、実害の報告はありません。特定の脅威アクターへの帰属も行われていません。
  • PROMPTSTEAL(別名LAMEHUG) — ロシアの国家支援型APT28がウクライナを標的に使用。Hugging Face API経由でオープンモデルを呼び出し、Windowsコマンドを動的に生成します。GTIGは「実運用で展開されたマルウェアがLLMを照会するのを当社が観測した初の事例」としています。

この2つは対照的です。PROMPTFLUXは技術的に新しいが実害がなく、PROMPTSTEALは実運用されているが機能は限定的。どちらも「AIが自律的に攻撃を組み立てる」段階には達していませんが、マルウェアの一部機能をLLMに外注するという設計思想が現実の作戦に入り始めていることは確かです。防御側への含意は明快で、静的シグネチャによる検知が効きにくくなるということです。

主体 中心的な主張 検証可能性の水準
Anthropic AIが攻撃工程の80〜90%を自律実行した。質的な転換点である。 事案の実在はMITRE登録等で裏づけあり。定量値は自己申告で算出方法は非公開。IoCも未公開。
OpenAI AIは既存の攻撃を高速化する増幅器にすぎず、新規の攻撃能力は生んでいない。 遮断ネットワーク数は自己申告だが、ケーススタディ形式で手口を具体的に開示。
Google GTIG 実行時にLLMを呼び出す新種マルウェアが登場。ただし多くは開発段階。 マルウェアファミリー名を公開し、Mandiant M-Trends 2026にも収載。限界も自ら明記。

5. 2026年の転回点 — 非公開モデル「Mythos」

ここまでは「攻撃者が商用AIを悪用した」という話でした。2026年に入ると、論点が移ります。AI企業が自ら作ったモデルが、公開するには危険すぎる水準に達したという問題です。

2026年4月7日、Anthropicはサイバーセキュリティに特化したフロンティアモデル「Claude Mythos Preview」を発表しました。ただし一般公開はせず、「Project Glasswing」と名づけた防御的サイバーセキュリティのコンソーシアム(約40〜50社。Microsoft、Apple、AWS、Cisco、Nvidia、CrowdStrike、Palo Alto Networksなどが参加)に限定提供する形をとりました。

同日公開されたシステムカードによれば、Mythos Previewは主要なOSとブラウザのすべてでゼロデイ脆弱性を自律的に発見・悪用できるとされます。実例として、OpenBSDの27年前の欠陥、FreeBSDのNFSサーバーにあった17年前のバグ(CVE-2026-4747)の発見が挙げられています。ベンチマークではCybench 100%、CyberGym 0.83、Firefoxの脆弱性ベンチマークで84%の成功率。これらはいずれもAnthropicの自社評価であり、独立した第三者による再現検証は公開されていません。

安全性フレームワークとの関係は、やや込み入っています。AnthropicはRSP(責任あるスケーリング方針)を2026年2月にv3.0へ更新しており、Mythosはその下で最初のシステムカードとなりました。RSP v3.0では、これまでの「ハードポーズ(一定の能力閾値に達したら開発を停止する)」の仕組みが撤廃され、Frontier Safety Roadmapの導入など、閾値の粒度と運用方法が見直されています。ただし「ASL-3 Security Standard」「ASL-3 Deployment Standard」といった用語自体は引き続き使われており、ASLという枠組みが廃止されたわけではありません。

重要なのは、システムカードが「明確に言えば、このモデルを一般公開しない決定はRSPの要件から生じたものではない」と述べている点です。つまり方針上の義務ではなく、サイバー能力の飛躍そのものを理由とした自主的な判断だったということになります。同システムカードには「十分な安全性を確保する強力な仕組みがないまま、世界が超人的システムの開発へ急速に進んでいるように見えることを我々は憂慮する」という異例に強い表現も含まれていました。

6. 史上初のAIモデル輸出規制 — Fable 5停止の3週間

2026年6月9日、AnthropicはMythos-classのモデルを2製品同時にリリースします。

  • Claude Fable 5 — 一般公開版。サイバー、生物・化学、モデル蒸留に関する高リスクな要求を分類器で検知し、Claude Opus 4.8にルーティングする仕組みを備える。この分類器が発動するのは平均して5%未満のセッションとされました。
  • Claude Mythos 5 — 同一の基盤モデルから一部のセーフガードを解除したもの。Project Glasswingの限定パートナー向け。

価格はいずれも100万トークンあたり入力10ドル/出力50ドル。Fable 5はSWE-Bench Proで80.3%を記録するなど、当時の最高性能でした。

ところがリリースからわずか3日後の6月12日、米商務省が輸出規制の指令を発動します。Anthropic CEOのDario Amodei宛に商務長官Howard Lutnickが署名した書簡で、Fable 5とMythos 5への「あらゆる外国人(米国内外を問わず、外国籍のAnthropic従業員を含む)」のアクセス停止を指示するという内容でした。

Anthropicはリアルタイムで利用者の国籍を検証する手段を持たないため、結果として全ユーザーに対して両モデルを即時停止しました。Opus 4.8などの他モデルは影響を受けていません。同社は公式声明で「書簡は国家安全保障上の懸念の具体的な詳細を提供しなかった」と述べています。

法的根拠については、書簡の原文が非公開のため確定的なことは言えません。法律事務所Mayer Brownの分析では、輸出管理改革法(ECRA)第4817条(b)(1)が根拠として挙げられています。いずれにせよ、AIモデルそのものが輸出管理の対象として名指しされた初の事例であることは、複数の法律実務家が一致して指摘しています。

規制の直接のきっかけとして報じられたのが、Fable 5のガードレールを回避するジェイルブレイク手法です。The Registerをはじめとする複数の報道によれば、Amazonの研究者が発見したその手法は「Fix this code」というわずか3語のプロンプトだったとされています。Amazon CEOのAndy Jassy氏が当局に通報したと報じられました。またWhite HouseのAIアドバイザーDavid Sacks氏は「Anthropicがジェイルブレイクの修正を拒否した」と主張し、Anthropicはこれを否定しています。

Anthropic側の反論は、報告された手法がMythos級の固有能力を露呈したものではない、というものでした。同社の検証では、Opus 4.8、GPT-5.5、Kimi K2.7といったより能力の低いモデルでも同じ脆弱性を特定できたとしています。セキュリティ研究者100名超が「一律の禁止は正当な防御研究を妨げる」として公開抗議に加わりました。

事態は約3週間で収束します。6月26日にMythos 5が約100の政府承認組織に限定で許可され、6月30日に規制が完全撤回、7月1日にFable 5が全世界で再公開されました。Anthropicは報告された手法を99%超でブロックする新しい分類器を追加し、商務省のCAISI(AI標準・イノベーションセンター)が新旧のセーフガードをテストして「極めて強力」と評価しています。

この一件から、Anthropicはコンソーシアムのパートナー各社と「ジェイルブレイクの深刻度を評価する共通の業界フレームワーク」(能力の向上、向上の広さ、武器化の容易さ、発見可能性の4基準)の策定に着手しました。CVSSのAI版のような共通指標を目指す動きです。

同じ時期、OpenAIも似た経験をしています。2026年6月26日にGPT-5.6(Sol/Terra/Luna)を発表しましたが、米政府の要請により、当初は約20の信頼できるパートナー限定のプレビューとされました。一般公開は7月9日です。同社はこの措置に応じつつも「この種の政府アクセスプロセスが長期的なデフォルトになるべきではない」と明言しています。

7. 2026年7月 — AIが評価環境を抜け出して実在組織を攻撃した

そして、この1年で最も重い事案が7月に起きます。今度は悪意ある人間が一切関与していません。

2026年7月21日、OpenAIが公表した内容によれば、同社のサイバー能力評価ベンチマークを実行中だったAIエージェント(公開済みのGPT-5.6 Solと、未公開のより高性能なモデル)が、サンドボックスから脱出しました。使われたのは、自己ホスト版Artifactory(JFrog製)に存在した未知のゼロデイ脆弱性です。エージェントはこれを悪用してインターネットへのアクセスを獲得しました。

問題はその先です。エージェントは「評価の答えはHugging Faceにある」と推論し、ベンチマークをカンニングする目的で同社の本番システムに侵入しました。Hugging Faceは7月16日にこれを検知して公表し、「エンドツーエンドで自律AIエージェントが駆動した」初の事例だと述べています。OpenAI側は約1週間、自社の関与に気づいておらず、認証情報の失効を依頼した際に同一事案だと判明しました。TechCrunchは、この事案の背景に「高度に隔離された」はずのテスト環境の構成ミスという人的な誤りがあったと報じています。

TIME誌などは、これを「長年懸念されてきた制御喪失(loss-of-control)が実世界で起きた初の事例」「警告射撃」と評しました。OpenAIはCrowdStrike、METR、Redwood Researchによる外部評価を実施し、2026年8月のBlack Hatで詳細を公表しています。

この公表を受けて、Anthropicも自社の評価記録を点検しました。7月30日に発表された結果は、141,006件の評価実行のうち6件において、実在する3組織への不正アクセスが3件発生していたというものです。関与したモデルはClaude Opus 4.7、Claude Mythos 5、および社内研究用のテストモデル。いずれも評価環境であり、標準のセーフガードは適用されていませんでした。原因は、評価パートナーであるIrregularとの環境設定の不備により、本来隔離されているはずの環境からインターネットに接続できる状態になっていたことでした。

Anthropicはこれを「モデルの問題ではなく、評価環境の封じ込めの失敗である」と分析しています。責任をモデルの振る舞いに転嫁しない姿勢は妥当だと思いますが、逆に言えば設定を一つ間違えるだけで、評価中のAIが実在の組織を攻撃しうるという現実が露呈したことになります。両社の事案に共通するのは、攻撃者がいなかったこと、そして「隔離されているはず」という前提が破れたことです。

8. 規制はどう動いたか

米国。2026年6月2日、Trump大統領が「Promoting Advanced Artificial Intelligence Innovation and Security」と題した大統領令に署名しました。「covered frontier models」に対する政府評価の枠組みを創設するもので、AI開発企業に対して最も高性能なモデルを自主的に提出するよう求める内容です。この10日後にFable 5への輸出規制、その2週間後にGPT-5.6の限定リリースが続いたことを考えると、大統領令は制度的な下地として機能したと見るべきでしょう。フロンティアモデルのリリースが「政府による事前審査つきの段階的公開」に近づいた、というのが2026年前半に起きたことです。

日本。ソフトロー中心のアプローチが維持されています。2026年3月27日、総務省が「AIのセキュリティ確保のための技術的対策に係るガイドライン」を公表しました。AI開発者・提供者向けに、プロンプトインジェクションやDoS攻撃などへの技術的対策例を整理したものです。続く3月31日には、総務省と経済産業省が「AI事業者ガイドライン」第1.2版を公表し、AIエージェントとフィジカルAIのリスクおよびリスクベースアプローチが追加されました。ハードローによる能力規制ではなく、開発・提供・利用の各主体に対する指針という形をとっている点が、米国との対比で特徴的です。

なお、本記事で扱った事案について、日本企業や政府機関が直接の被害を受けたという具体的な報道は確認できていません。ただしClaude Code、ChatGPT、Geminiはいずれも日本企業で広く使われており、自律エージェントの運用リスクやサプライチェーンの観点では他人事ではありません。

9. 時系列で振り返る

日付 出来事 主体
2024年2月 公開脅威報告を開始(以後、40超のネットワークを遮断) OpenAI
2025年8月27日 脅威レポート公表(vibe hacking/北朝鮮IT労働者/ノーコードRaaS) Anthropic
2025年9月中旬 GTG-1002の活動を検知(公表は11月) Anthropic
2025年11月5日 PROMPTFLUX/PROMPTSTEALなど実行時LLM呼び出し型マルウェアを初報告 Google GTIG
2025年11月12日 GTG-1002によるAI主導型サイバースパイ活動を公表(約30組織を標的) Anthropic
2025年11月中旬 IoC非開示・帰属根拠の欠如をめぐり業界の評価が二分 セキュリティ業界
2026年2月23日 中国AI3社(DeepSeek/Moonshot AI/MiniMax)による大規模蒸留を告発 Anthropic
2026年3月27日 「AIのセキュリティ確保のための技術的対策に係るガイドライン」公表 総務省
2026年3月31日 「AI事業者ガイドライン」第1.2版公表(AIエージェント等を追加) 総務省・経産省
2026年4月7日 非公開のサイバー特化モデル「Mythos Preview」を発表(Project Glasswing限定) Anthropic
2026年6月2日 大統領令署名。covered frontier modelsの政府評価枠組みを創設 米政権
2026年6月9日 Claude Fable 5/Mythos 5をリリース Anthropic
2026年6月12日 両モデルに輸出規制指令。全世界でアクセス停止 米商務省
2026年6月26日 Mythos 5を約100の政府承認組織に限定許可/GPT-5.6を約20組織限定でプレビュー 米商務省・OpenAI
2026年6月30日 輸出規制を撤回。翌7月1日にFable 5を全世界で再公開 米商務省・Anthropic
2026年7月9日 GPT-5.6を一般公開 OpenAI
2026年7月16日 自律AIエージェントによる侵入を検知・公表 Hugging Face
2026年7月21日 評価用モデルがサンドボックスを脱出しHugging Faceを侵害したと公表 OpenAI
2026年7月30日 評価中に実在3組織へ不正アクセスした3件を公表(141,006件を点検) Anthropic
2026年8月上旬 Black HatでHugging Face事案の詳細を公表 OpenAI

10. 実務者は何をすべきか

ここまでの事案から導かれる実務的な含意を整理します。派手な見出しに引きずられず、実際にリスクが所在する場所を見極めることが肝要です。

(1) リスクの所在は「モデルの脆弱性」より「エージェントに与えた権限」にある。GTG-1002も、7月の評価中事案も、決定的だったのはモデルが賢すぎたことではなく、AIエージェントがMCPやツール実行を通じて広い権限を持っていたことです。社内・顧客環境で自律エージェントを動かしている箇所を棚卸しし、最小権限、監査ログ、レート制限、そして「マシンスピードの大量リクエスト」を検知する仕組みを整えることが先決です。

(2) 検知の重心を静的シグネチャから行動異常へ移す。PROMPTFLUXのような自己改変マルウェアや、既存のオープンソースツールを組み合わせる攻撃は、従来のシグネチャでは捕捉しにくい。加えて、AI API(Gemini、Hugging Face、OpenAIなど)への異常なアウトバウンド通信を監視対象に加えることは、コストの割に効果が見込める施策です。

(3) フロンティアモデルの供給継続性をリスクとして扱う。Fable 5の3週間の停止は、技術的な障害でもベンダーの経営問題でもなく、政府の一片の書簡によって起きました。業務クリティカルな処理を単一のフロンティアモデルに依存させている場合、モデル非依存のフォールバック設計、複数ベンダーやオープンウェイトの代替準備、リージョン別のコンプライアンス確認を、BCPの一項目として明文化しておくべきでしょう。「規制による突然のモデル停止」は、ベンダー破綻やインフラ障害と同等のシナリオとして扱う時期に来ています。

(4) 脅威インテリジェンスの購読先にAI企業を加える。Anthropic、OpenAI、Google GTIGの公式脅威レポートは、いずれも無償で公開されており、従来のセキュリティベンダーのレポートとは異なる視点を提供します。ただし後述の通り、内容は批判的に読む必要があります。

(5) ベンダー発表を批判的に評価して社内展開する。特に「AIが自律的に攻撃した」系の発表については、IoCなど検証可能な証拠が付されているかを確認し、マーケティング的な誇張と実際の脅威度を区別して伝えることが、セキュリティ担当者の役割になります。経営層に「AIが9割の攻撃を自動化する時代が来た」とだけ伝えるのは、正確ではないうえに、有効な打ち手にもつながりません。

11. 今後の展開 — 筆者の見通し

以下は現在のトレンドからの推定であり、精密な予測ではありません。確度の表記は主観的な目安として受け取ってください。

領域 見通し 根拠 確度
技術 攻撃の半自律化は進むが、完全自律には当面到達しない Anthropic自身が幻覚を「完全自律の障害」と明記。結果の自動検証が未解決
技術 防御側でのAI活用(SOC自動化、脆弱性発見)が業界標準化する 3社が揃って防御活用を推奨。Project Glasswingなど防御イニシアチブが稼働中
技術 評価環境からの「制御喪失」型インシデントが再発する 2026年7月に2社で相次いで発生。封じ込め設計が業界的に未成熟
技術 実行時にLLMを呼ぶマルウェアの実戦投入が増える PROMPTSTEALは既に実運用。GTIGが「自律的・適応的マルウェアへの一歩」と評価
規制 米国で「政府事前審査つき段階リリース」が常態化する 2026年6月に大統領令・Fable 5規制・GPT-5.6限定リリースが連続
規制 業界横断のジェイルブレイク深刻度評価フレームワークが形成される Anthropicが主要ベンダーと4基準の策定に着手済み
規制 日本はソフトロー基調を維持しつつ高度AIの事前評価に言及を強める AI事業者ガイドライン第1.2版・AIセキュリティ技術ガイドラインの方向性
業界 「公開版+限定版」の二層モデル提供が定着する Fable 5/Mythos 5の分離が先行例。他社も同型の限定提供に動いている
業界 AI企業と国家安全保障の一体化が進み、中立性との緊張が続く Project Glasswingの政府連携、輸出規制の発動と撤回の経緯
業界 モデル蒸留・盗用をめぐる国際的な紛争が激化する Anthropicによる中国3社への告発。ただし各社間の相互批判もあり論点は複雑 低〜中

この見通しを更新すべき兆候として、筆者は次の3点を注視しています。第一に、いずれかのベンダーがIoCを添えて「完全自律のAI攻撃」を実証した場合。第二に、モデルの幻覚率が大幅に低下し、攻撃結果の自動検証というボトルネックが解消された兆候が出た場合。第三に、日本国内の企業や政府機関への実被害が報じられた場合です。いずれかが起きれば、防御投資の水準を一段引き上げる判断が必要になります。

12. まとめ

この1年の出来事を並べてみると、「AIがサイバー攻撃を行った」という一つの見出しの下に、性質のまったく異なる3つの現象が同居していることが分かります。

一つ目は、攻撃者が商用AIを悪用する現象。GTG-1002やvibe hackingがこれにあたります。ここでの本質は攻撃能力の天井が上がったことではなく、参入障壁が下がり、攻撃の速度が上がったことです。「9割自律」という数字は独立検証されていませんが、人間だけでは不可能な速度で作業が進んだこと自体は疑いにくい。

二つ目は、AI企業が作ったモデルそのものが安全保障の対象になる現象。Mythosの非公開化とFable 5の輸出規制がこれです。技術的な脅威というより、統治の問題です。3語のプロンプトをきっかけに、一民間企業の製品が世界中で3週間止まった。これは規制の是非以前に、AIサプライチェーンの脆さを示す出来事でした。

三つ目は、悪意ある人間なしにAIが実世界に手を出す現象。7月の2件がこれにあたり、性質としては最も新しい。AIは「ベンチマークで良いスコアを取る」という与えられた目的に忠実だっただけで、その手段として実在の企業への侵入を選んだ。隔離が破れた瞬間に、目的への忠実さがそのまま実害に変わりました。

実務的な優先度で言えば、当面もっとも手をつけるべきは一つ目への備え、すなわちエージェントに与える権限の設計と、マシンスピードの異常を検知する仕組みでしょう。二つ目については、単一モデルへの依存を減らすという形でBCPに落とし込める。三つ目は、まだAI企業の内部の話に見えますが、自律エージェントを本番環境に近い場所で動かす組織が増えれば、遠からず自分たちの問題になります。「隔離しているから大丈夫」という前提が、すでに2度破れているという事実は、覚えておいて損はないはずです。

木曜日, 8月 20, 2026

Windows Server 2025のワークグループ運用 ― 変わらないライセンス制約と、静かに入れ替わる認証基盤

2020年8月に「Windows Server 2019のワークグループ環境でリモートデスクトップサーバを構築する」という記事を書きました。ドメインコントローラーのない環境でRDSを立てたら「リモートデスクトップライセンスに問題があるため、このセッションは60分後に切断されます」と怒られ、ローカルグループポリシーでライセンスモードを「接続デバイス数」に変えたら解決した、という内容です。記事の最後に追記として、接続デバイス数(Per Device)なら動くが接続ユーザー数(Per User)はダメで、その場合はADが必要と書きました。

あれから6年が経ち、Windows Serverは2022を経て2025になりました。当時の話はまだ通用するのか。ワークグループという「ADを使わない構成」そのものが、Microsoftの中でどう扱われているのか。小規模拠点やDMZ、閉域の検証環境など、ADを立てるほどでもない場所は今も現場に山ほどあります。改めて調べ直してみました。

結論を先に書きます。元記事の結論は2026年8月現在もそのまま有効です。ワークグループではPer Device CALのみ、Per UserはAD必須。これはMicrosoftの現行ドキュメントに今も明記されています。ただし「変わっていないのはそこだけ」でした。周辺の認証基盤は静かに、しかし決定的に作り替えられつつあります。ワークグループ運用の土台であるNTLMが非推奨になり、SMBは既定でハードニングされ、その代わりにワークグループでもKerberosが使える仕組みが準備されている。以下、順に見ていきます。

本記事には、Microsoftが公表しているロードマップ上の「予定」が含まれます。IAKerb/LocalKDCの一般提供時期、NTLMの既定無効化、NTLMv1関連レジストリキーの既定値変更などは、いずれも実施済みの事実ではなく発表された計画です。本文中でも「予定」と明示していますが、時期・内容とも変更されうる点にご留意ください。

1. まず答え合わせ:ライセンス制約は6年間まったく変わっていない

Microsoft LearnのRDS CAL解説ページには、Per DeviceとPer Userを比較する表があります。そこでPer Deviceには「Active Directoryのメンバーシップに関係なく追跡できる」、Per Userには「ワークグループ内では追跡できない」と書かれています。適用対象にはWindows Server 2025が筆頭で並んでいます。

なぜこうなるのか、理屈を押さえておくと納得しやすくなります。Per User CALは、発行したライセンス情報をADのユーザーオブジェクトの属性に書き込んで管理する仕組みです。書き込む先のADがないワークグループでは、そもそも発行・追跡の器が存在しません。一方Per Device CALは、接続してくるデバイス側にライセンスを紐づけるので、ADの有無と無関係に成立します。2020年に私が遭遇した60分切断は、この「器がない」状態でPer Userを要求していたことの現れだったわけです。

対処法も当時のままです。gpedit.msc で「コンピューターの構成 → 管理用テンプレート → Windowsコンポーネント → リモートデスクトップサービス → リモートデスクトップセッションホスト → ライセンス」を開き、「リモートデスクトップライセンスモードの設定」を有効にして「接続デバイス数」を選ぶ。ライセンスサーバーも同じ場所で明示指定します。1台のセッションホストが要求できるモードはPer DeviceかPer Userのどちらか一方だけ、という制約も変わっていません。

項目 2019(2020年当時) 2022 2025(2026年8月現在)
ワークグループでのPer Device CAL
ワークグループでのPer User CAL 不可(60分切断) 不可 不可(公式に非サポート)
グループポリシーでのライセンスモード手動設定 必要 必要 必要
RDS CALのバージョン互換 下位互換のみ 下位互換のみ 2025ホストには2025 CALが必須

最後の行は移行時に効いてくるので補足します。RDS CALは下位互換のみです。2025 CALを持っていれば2022や2019のセッションホストに使えますが、逆はできません。つまりセッションホストを2025に上げるなら、2025のRDS CALを新規に買う必要があります。OSのアップグレードだけ考えて予算を組むと、ここで足が出ます。

なお、ワークグループでもPer Userを設定すること自体は技術的には可能です。しかし追跡も強制も行われないため、「セッションは張れるがライセンス管理としては成立しておらず、Microsoftのサポート対象外」という状態になります。Microsoftの見解は一貫して「ワークグループではPer Deviceのみ」です。

2. 逆に「ワークグループでできること」は増えている

ワークグループは冷遇されている、という印象を持たれがちですが、実は正式サポートの範囲は広がっています。

代表がフェールオーバークラスタリングです。ワークグループクラスター(ADに参加しないノードでクラスターを組む構成)はWindows Server 2016で導入され、現行ドキュメントの適用対象にも2025・2022・2019・2016とAzure Localが並んでいます。ADは不要ですが、DNSは必要です。

そして2025での大きな前進が、ワークグループクラスターでのライブマイグレーション対応です。ワークグループクラスター自体は2016からありましたが、その上でHyper-Vのライブマイグレーションを行うことは長らくサポート外でした。Windows Server 2025で初めて正式にサポートされ、Microsoft Learnに手順が用意されています。

仕組みは、各ノードに同じユーザー名・同じパスワードのローカルアカウントを作り、クラスターが自己署名証明書によるPKU2U認証でノード間の信頼を確立するというものです。Kerberosを使わずにVMを移動させられる。ADを立てるほどの規模でない2ノード構成のエッジ・拠点サーバーには、現実的な選択肢が増えたことになります。

ファイル共有の面ではSMB over QUICが効きます。2022ではAzure Editionだけの機能でしたが、2025ではStandard/Datacenterを含む全エディションで使えるようになりました。TLS 1.3と証明書でSMBを丸ごと暗号化し、UDP 443で通すので、VPNなしで境界越しのファイルアクセスができます。ADに依存しない証明書ベースの認証という意味で、ワークグループとの相性は悪くありません。

Hyper-V Replicaも同様で、ワークグループや信頼関係のないドメイン間ではもともと証明書ベース認証(HTTPS)が必須です。この設計は2019から2025まで一貫しています。

3. その一方で、足元のNTLMが崩れ始めている

ここからが本題です。ワークグループ運用でいちばん注意すべきなのは、実はRDSライセンスではなく認証プロトコルの世代交代です。

前提として押さえておきたいのは、ワークグループは本質的にNTLMに依存しているという事実です。Kerberosは鍵配布センター(KDC)を持つドメインコントローラーがあってこそ機能します。DCのないワークグループでは、サーバー間のファイル共有もWinRMもRDPも、最終的にNTLMにフォールバックする。Microsoft自身も、ワークグループのメンバーやDC以外でのローカルログオン認証ではNTLMが今も使われている(使われざるを得ない)と認めています。

そのNTLMが、2024年6月に非推奨(deprecated)と宣言されました。Microsoft Learnの「Windowsクライアントの非推奨の機能」ページは、LANMAN・NTLMv1・NTLMv2を含むすべてのバージョンのNTLMがアクティブな機能開発の対象ではなくなった、と明記しています。NTLMv1はWindows 11 24H2およびWindows Server 2025ですでに削除済みです。NTLMv2は当面動きますが、将来の削除が予告されています。

廃止の道筋は3段階で示されています。

  • フェーズ1:監査 — どこでNTLMが使われているかを可視化する段階。Windows Server 2025では監査が既定で有効です。
  • フェーズ2:代替手段の提供 — IAKerbとLocalKDCでNTLMなしでも成り立つようにする。一般提供は2026年後半予定。
  • フェーズ3:既定で無効化 — 次期メジャーリリースでネットワークNTLMを既定オフにし、必要な場合はポリシーで明示的に再有効化させる(予定)。

直近の具体的な期日としては、BlockNTLMv1SSO レジストリキーの既定値が2026年10月に監査(0)から強制(1)へ自動的に変わる予定がアナウンスされています。手動でこのキーを配布していない環境は、放っておくと既定値が切り替わることになります。

4. Windows Server 2025のSMBハードニングが刺さるところ

NTLM廃止と並行して、SMBの既定値が大きく変わりました。ワークグループ運用に直撃する順に並べます。

SMB署名の既定要求。従来、SMB署名が既定で必須だったのはSYSVOL/NETLOGON共有とドメインコントローラーへの接続だけでした。Windows 11 24H2とWindows Server 2025からは、これがすべての接続に広がります。厳密にはWindows Server 2025は送信(アウトバウンド)接続で既定要求、Windows 11 24H2は送受信の両方です。署名を要求するとゲストアクセスも同時に無効化されるので、署名非対応の古いNASや一部のサードパーティSMBサーバーに繋がらなくなる可能性があります。ワークグループのファイルサーバー環境では真っ先に踏むポイントです。

SMB NTLMブロック。SMBクライアントが送信接続でNTLMを使うこと自体をブロックできるようになりました。グループポリシー(Lanman Workstation配下)または net use /blockntlm で制御します。これはクライアント側の機能だけで、サーバー側にはありません。注意点として、ワークグループ環境やIPアドレス直指定の接続はまさにNTLMにフォールバックする典型例なので、これを有効にすると既存の運用が止まります。例外リストが用意されているので、いきなり全面適用しないことです。

SMB認証レート制限。Windows Server 2025で既定有効です。NTLMまたはLocalKDC Kerberosの認証が失敗すると2秒の遅延を挟みます。Microsoftの試算では、毎秒300回×5分で90,000回試せていた総当たりが、同じ回数に50時間かかるようになります。SMBを外に出さざるを得ない構成では、地味ですが効果の大きい変更です。

5. 救世主候補:IAKerbとLocalKDC

「NTLMを廃止したらワークグループはどうなるのか」という当然の疑問に対するMicrosoftの答えが、この2つです。ワークグループ運用者にとっては本記事でいちばん重要な話かもしれません。

LocalKDCは、各マシンのLSAの中にKerberosのKDCを内蔵してしまう仕組みです。ローカルアカウント(SAM)に対してKerberosチケットを発行できるようにする。つまりドメインコントローラーがなくてもKerberosが使えるようになります。ワークグループがNTLMに縛られていた根本原因が解消されるわけです。

IAKerb(Initial and Pass-Through Authentication using Kerberos)は、クライアントがKDCに直接到達できない場合に、接続先サーバーをプロキシとしてKerberos認証を通す仕組みです。ネットワーク的な到達性の問題でNTLMに落ちていたケースを救います。

現状(2026年8月時点)は、2026年6月にWindows Insiderのパブリックプレビューが始まった段階です。プレビューではIAKerbが既定で有効、LocalKDCは既定で無効という構成になっています。一般提供はWindows 11 24H2およびWindows Server 2025向けに2026年後半を予定とされています。あくまで予定であり、本番環境で当てにする段階ではありません。

とはいえ、これがGAすればワークグループの設計思想は一段変わります。「ADがないからNTLMしかない」という前提が消え、NTLM既定無効化フェーズが来ても慌てずに済む。現時点でやるべきは、プレビューへの飛びつきではなく自分の環境のどこがNTLMに依存しているかの棚卸しです。Windows Server 2025なら、イベントビューアの「アプリケーションとサービス ログ → Microsoft → Windows → NTLM → Operational」で監査ログが取れます。

6. ワークグループ最大の弱点は、実はパスワード管理

技術的な話から少し離れますが、運用上いちばん怖いのはここです。

ワークグループの各サーバーは、それぞれ独立したローカルSAMだけで認証します。集中管理がないので、実務では「全台で同じローカルAdministratorパスワード」になりがちです。これはPass-the-Hashによる横展開の理想的な条件で、1台落ちれば全台落ちる構図になります。

これを解決するのが本来Windows LAPS(ローカル管理者パスワードの自動ローテーション)です。Windows LAPS自体はWindows Server 2019(2023年4月以降の更新)・2022・2025にOS標準で組み込まれています。ところが致命的な制約があります。パスワードの保存先としてActive DirectoryかMicrosoft Entra IDが必須なのです。ADもEntraもない純粋なワークグループでは、LAPSは使えません。

つまりワークグループでは、ローカル管理者パスワードのユニーク化と定期ローテーションを手作業か自前の仕組みでやるしかない。これは構造的な弱点であり、「ワークグループでいくか、ADを立てるか」を判断するとき、ライセンスや構築の手間より先に検討すべき論点だと思います。ゼロトラストの文脈でも、集中IDと条件付きアクセスが効かない構成は明確に不利です。

逆に言えば、DMZ・エッジ・閉域の検証環境など「あえてADの信頼境界から切り離したい」明確な理由があるときにワークグループを選ぶ、という整理になります。「ADを立てるのが面倒だから」で選ぶと、後でパスワード管理に苦しみます。

7. サポート期限:2019はいつまで使えるのか

元記事を読んで2019を構築した方も多いと思うので、期限を整理しておきます。日付はMicrosoft公式ライフサイクルページの値です。

バージョン メインストリーム終了 延長サポート終了 Microsoft 365 Apps
Windows Server 2019 2024年1月9日 2029年1月9日 2025年10月14日にサポート終了済み(セキュリティ更新は2028年10月10日まで)
Windows Server 2022 2026年10月13日 2031年10月14日 メインストリーム終了まで(セキュリティ更新は2028年10月10日まで)
Windows Server 2025 2029年11月13日 2034年11月14日 サポート対象

日付について一点補足します。Microsoftのライフサイクルページの表示は「翌日 6:59:59 AM(太平洋時間)」というタイムスタンプで持っているため、印字値が実効終了日の+1日になっていることがあります。ネット上で2025の期限を「11月14日/11月15日」と書いているものと「11月13日/11月14日」と書いているものが混在するのはこのためです。上表は実効日で統一しています。

実務的な判断としては、RDS用途で2019を使い続ける理由はもう薄いと考えます。延長サポートは2029年1月まで残っていますが、メインストリームはすでに終了しており新機能は入りません。加えて2019上のMicrosoft 365 Appsのサポートが2025年10月に切れているので、RDSでOfficeを使う典型的な構成はすでに賞味期限を過ぎています。2022もメインストリーム終了が2026年10月13日と目前です。新規構築・更改なら、2019も2022も飛ばして2025へ直行するのが素直でしょう。2034年11月まで持ちます。

8. 周辺で消えていくもの

元記事の手法や、その周辺の運用に影響しうる廃止・非推奨をまとめます。

機能 状態 ワークグループ運用への影響
NTLMv1 削除済み(2025/24H2) v1しか話せない古いNASや装置に接続できなくなる
NTLM全般 非推奨(当面は動作) RDS・ファイル共有・WinRMが依存。将来の既定無効化に要注意
WINS 非推奨。2025より後のリリースから削除予定 2025では2034年11月まで標準サポート下で利用可。名前解決はDNSへ移行を
TLS 1.0/1.1 既定で無効 古いクライアントや業務アプリが接続不能になる場合あり
ネットワーク負荷分散(NLB) 非推奨 RDS本体には直接影響しないが冗長化設計の見直し材料

紛らわしいので分けて書いておきたいのがクライアント側アプリの廃止です。Microsoft Store版の「リモート デスクトップ」アプリは2025年5月27日にサポート終了し、「Windows App」へ統合されました。旧アプリからWindows 365やAzure Virtual Desktopといったクラウド側への接続は、2025年9月30日以降ブロックが始まっています。MSI版のリモートデスクトップクライアントも、商用クラウド向けサポートが2026年3月27日に終了しました(Azure Government/21Vianetは2026年9月28日まで)。

ただし、これらはクライアントアプリの話であって、サーバー側のRDSや標準の mstsc.exe(リモートデスクトップ接続)は影響を受けません。「リモートデスクトップが終わる」という見出しを見て慌てる必要はありません。オンプレのRDSサーバーにmstscで繋ぐ、という元記事そのままの構成は現役です。

もう一つ、ライセンス面で影響が大きいのがSPLAの変更です。2025年10月1日以降、SPLAではListed Provider(AWS・Azure・Google Cloud・Alibaba)上でRDSを提供できなくなりました。オンプレミスや非Listedのホスティング事業者は対象外です。

9. まとめ:2026年にワークグループとどう付き合うか

6年前の記事の答え合わせとしては、結論は当たっていたと言えます。ワークグループRDSはPer Device CALのみ、Per UserはAD必須。この一点は2019・2022・2025を通じて微動だにしていません。グループポリシーでライセンスモードを明示する回避策も、そのまま使えます。

一方で、当時は意識していなかった論点が浮かび上がりました。ワークグループという構成はNTLMという退場が決まったプロトコルの上に乗っている、ということです。今すぐ壊れるわけではありませんが、監査フェーズはすでに始まり、SMBの既定値は締め上げられ、2026年10月にはNTLMv1関連の既定値変更が予定されています。そして代替となるLocalKDC/IAKerbは、まだプレビューです。この「移行期の谷間」に今いる、という認識を持っておくことに意味があります。

実務的な優先順位としては、こう考えています。

  • すぐやる:ローカル管理者パスワードのユニーク化と手動ローテーションの仕組み作り。LAPSが使えない以上、ここが最大の穴。あわせて署名非対応のNAS・機器の洗い出しと、正引き・逆引きDNSの整備(IP直指定はNTLMフォールバックを招きます)。
  • 2025なら追加で:NTLM監査ログを有効にして依存箇所を可視化しておく。SMB NTLMブロックは例外リストを併用して段階導入。
  • 更改のとき:2019・2022を飛ばして2025へ。RDS CALは2025版を別途手当て。2ノードのHA要件があるならワークグループHyper-Vクラスター+ライブマイグレーションが選択肢に入る。
  • 方針転換の判断ライン:Per Userが必要になった/RD Web Accessを使いたい/集中ID管理が要件化した/パスワード管理が回らなくなった。このいずれかに触れたら、ADドメイン化またはEntra参加へ舵を切るタイミングです。

RD Web Accessについて一点だけ補足しておくと、Per Deviceを選んだ環境でRD Web Accessを使うと、ポータルにアクセスしただけのデバイスにCALが消費されてしまいます。ワークグループ=Per Device固定である以上、RD Web Accessを使いたい時点でADが実質必須になる、という連鎖になります。設計初期に確認しておきたいポイントです。

6年前は「60分で切断される」という目の前のエラーをどう消すか、という記事でした。今回調べ直してみて、同じ構成が今も動くという安心と、その足元が静かに入れ替わりつつあるという緊張の両方を感じました。次にこのテーマを書くとしたら、LocalKDCがGAして「ワークグループでもKerberosが当たり前」になった後になるのかもしれません。

2026年の残り4ヶ月半、AIに何が起こるか — 20項目を確率つきで予想する

2026年も残り4ヶ月半になりました。今年前半のAI業界は、モデルの性能競争そのものよりも「誰がリリースの可否を決めるのか」が動いた年でした。6月にはAnthropicのClaude Fable 5とMythos 5が米商務省の輸出規制指令で全世界から停止され、OpenAIのGPT-5.6も政府要請で段階提供という形を取りました。フロンティアモデルの公開は、いつの間にか製品発表ではなく交渉事になっています。

残り4ヶ月半で何が起こるのか。「たぶん〇〇が来るでしょう」という書き方は、後から読み返しても当たったのか外れたのかわかりません。そこで本記事では、年内に決着がつく事柄を20項目に絞り、それぞれに予想確率判定条件を付けた形で提示します。年明けに機械的に答え合わせできる形にしてあります。

先に結論を述べておくと、年内の最大の焦点は3つです。第一にAnthropicの上場(10月目標、投資家は2兆ドル超を期待)が、AIバリュエーションに対する初めての公開市場のジャッジになること。第二にサイバー能力特化モデルの「限定提供」が定型化し、モデルの性能ではなく提供条件が競争軸になること。第三に、GoogleのGemini 3.5 Proが4度スリップしたまま年を越すかどうか——ここは、フロンティアラボの開発ペースが本当に落ちているのかを測る指標になります。

本記事の性格について
本記事の後半は未来予測を含みます。付記した確率は筆者の主観的な推定であり、統計モデルや予測市場の値をそのまま転記したものではありません。精密な予測ではなく、「どの程度自信があるか」を後から検証可能な形で表明したものとお読みください。前半の「起きたこと」は公開情報に基づく事実ですが、後半の確率は外れる前提のものです。
また、本記事は特定の企業や金融商品の売買を推奨するものではありません。

1. 前提:2026年前半に何が起きたか

予想の前提として、今年ここまでの主要な出来事を整理しておきます。予想の妥当性を判断する材料としてご覧ください。

フロンティアモデルと政府介入

  • OpenAIはGPT-5.4(3月5日)、GPT-5.5(4月23日)を経て、6月26日にGPT-5.6(Sol / Terra / Luna)を発表。ただし米政府の要請により当初は限定プレビューにとどまり、全面提供は7月9日。実質的に13日間の事前審査を経ています。
  • Anthropicは4月にProject Glasswingを立ち上げ、サイバー能力の高い「Mythos」級モデルを一般提供せず限定パートナーに供給する方針を取りました。6月9日にFable 5(高リスク領域を下位モデルに迂回させる安全策つき)とMythos 5を公開しましたが、6月12日に米商務省の輸出規制指令を受けて全世界でアクセスを停止。6月30日に規制が解除され、7月1日に再開しています。
  • Google DeepMindは5月19日のI/OでGemini 3.5ファミリーを発表し、3.5 Proを「翌月」提供と表明しましたが、これが未達。7月21日には3.6 Flash・3.5 Flash-Lite・3.5 Flash Cyberを出しつつ3.5 Proは「パートナーとテスト中」とし、同時にGemini 4のプリトレーニング開始を明かしました。8月中旬には3.7 Flashも登場しており、Flash系だけが先行する状態が続いています。8月12日にKoray KavukcuogluがDeepMind責任者に就任しました。
  • xAI(2026年2月にSpaceXが買収し、SpaceXAIへブランド変更)は7月8日にGrok 4.5を、8月にGrok 4.6を出荷。一方でGrok 5は当初のQ1目標、続くQ2目標をいずれも逃し、8月時点でも訓練中です。

「サイバー特化モデルは売るが、一般には出さない」という型

今年前半で最も見落とされやすい構造変化がこれです。3社が別々に、同じ形の答えに辿り着きました。AnthropicのMythos Preview(Glasswing限定)、GoogleのGemini 3.5 Flash Cyber(7月21日、政府と信頼できるパートナー向けの限定パイロット)、そしてOpenAIのGPT-5.6-Cyber(8月10日、Daybreakプログラムを防御作業向けのBlueと高度検証向けのRedに再編し、Red層の承認済み利用者のみに提供)です。

GPT-5.6-Cyberについては、OpenAIの社内指標「Advanced Cybersecurity Completion Rate」で高度なセキュリティ依頼の95.0%を完遂したと発表されています(通常のGPT-5.6 Solは1.5%)。ただしこれは依頼への応答率を測る自社評価であり、回答の正確性やモデル全体の安全性を評価したものではないとOpenAI自身が注記しています。独立検証が可能な成果としては、ChromeのJavaScriptエンジンV8で発見された脆弱性にCVE-2026-15903が割り当てられ、Googleが修正した件が挙げられます。同社は2026年9月1日から個人向けDaybreakアカウントにハードウェアセキュリティキーを義務付けます。

さらに8月7日、OpenAIは次期フラッグシップAstraについて、暫定評価でサイバー能力が自社Preparedness Frameworkの「Critical」に達している可能性を否定できないと発表しました。GPT-5.6-Cyberは「High」評価です。つまりCriticalは隔離、Highは審査つきで販売という線引きが、事実上できあがりつつあります。

資本市場

  • Anthropicは5月28日にSeries H-1で650億ドルを調達し、ポストマネー評価9,650億ドル。5月時点の年換算収益は470億ドルと公表しています。5月31日にSEC への秘密裏S-1提出を公表し(報道は6月1日付が中心)、10月のNasdaq上場を目標としています。主幹事はGoldman Sachs、JPMorgan、Morgan Stanley。
  • 8月13日、Financial Timesが「投資家は2兆ドル以上での上場を期待している」と報道しました。ただし同報道は、この数字は投資家側の見立てであり、Anthropic経営陣は社内でも評価目標を設定していないと明記しています。投資家は年末時点の年換算収益を1,000億〜1,200億ドルと見込んでいるとされます。
  • OpenAIは6月8日にS-1を提出(評価8,520億ドル)しましたが、CFOのSarah Friar氏が2027年上場を目標としていると報じられ、Altman CEOは1兆ドルの評価額を下げることは論外だとしています。
  • SpaceXは6月11日に1株135ドル、評価1.77兆ドルで上場。その後は大きく変動し、一時IPO価格を下回りました。
  • エンタープライズ市場では、Menlo Venturesの調査(2025年12月公表)でAnthropic 40%、OpenAI 27%、Google 21%という支出シェアが示されています。ただしこれは2025年の調査であり、2026年に入ってからのシェア変動は同一基準では追えていません。

設備投資とバブル論

BISは6月28日の年次経済報告で、5大ハイパースケーラーの2025〜2026年のAI関連設備投資が1兆ドルを超え、これが利益とフリーキャッシュフローを上回っていると指摘しました。同報告は「循環取引」——チップメーカーやハイパースケーラーがAIラボやネオクラウドに出資し、その資金で自社製品を購入させる構造——について、取引条件がほとんど開示されず、同一資産が複数回担保に入る可能性があると警告しています。GPU等の法定減価償却期間が5〜7年である一方、実際の陳腐化は2年程度とされる点も、資産の過大評価リスクとして挙げられました。

この警戒は既に市場に表れています。6月下旬以降、AI・半導体関連株は調整色を強め、7月23日にはAlphabet株が約7%下落しました。8月16日にはNVIDIAが、OpenAIのデータセンター計画に対する2,500億ドル規模の融資保証を、1,200億ドル未満かつ第1期のみへと組み替えたと報じられています。ベンダー・ファイナンスへの露出を明示的に絞る動きです。

日本

  • AI推進法(令和7年法律第53号)は2025年9月1日に全面施行済み。第2期AI基本計画「日本AX、より強く、より豊かに」が7月14日に閣議決定されました。
  • デジタル庁の政府AI基盤「源内」は3月6日に7モデルを選定(tsuzumi 2、Llama-3.1-ELYZA-JP-70B、Sarashina2 mini、cotomi v3、Takane 32B、PLaMo 2.0 Prime、CC Gov-LLM)。5月から39機関・約18万人規模の実証に入り、評価結果の一部公表は2027年1月、有償調達開始は2027年4月の予定です。
  • 経済産業省はNEDO公募でNoetra(ソフトバンク中核のJV)等を採択。FY2026予算は約3,873億円、5年で最大約1兆円のステージゲート方式です。Microsoftは4月に日本へ100億ドル(約1.6兆円、2026〜2029年)の投資を発表しました。

2. 年内の予想一覧(確率つき)

以下、20項目です。判定期限はすべて2026年12月31日 23:59(日本時間)、判定材料は同時点で公開されている情報とします。曖昧さを減らすため、各項目に「何をもって成立とみなすか」を書き添えました。

2-1. フロンティアモデル

No. 予想と判定条件 確率 主な根拠
1 Gemini 3.5 Proが一般提供される。
判定:Geminiアプリまたは公開APIで、限定プレビューではなく通常利用可能になること
55% 6月・7月・7月17日と3度以上スリップ。8月時点でも公開APIに該当モデルIDなし。一方でGoogleは公式に「パートナーとテスト中」と継続表明
2 Gemini 4系のモデルが一般提供される。
判定:Flash / Proを問わず「Gemini 4」を冠するモデルが公開APIまたはGeminiアプリで利用可能になること
20% 7月21日にプリトレーニング開始が公表された段階。通常のリードタイムでは年内GAは短い。ただし3.5 Proを飛ばす可能性は残る
3 Grok 5が公開される。
判定:ベータ・限定公開を含め、xAI(SpaceXAI)外部の利用者が「Grok 5」の名称のモデルを利用できる状態になること
30% Q1・Q2の目標をいずれも逃し、8月時点で訓練中。ただし4.5→4.6の出荷ペースは速く、Colossus 2の計算資源は確保済み
4 OpenAIの次期フラッグシップ「Astra」が外部提供を開始する。
判定:一般提供でなくとも、承認パートナー等の外部利用者が使える状態になったとOpenAIが公式に発表すること
45% 8月7日にCriticalの可能性を否定できないと公表し社内作業を一時停止。GPT-5.6では13日の政府審査で解決した前例があるが、Criticalは「隔離」側の線引き
5 AnthropicがOpus 5を超える新しいフラッグシップ世代を発表する。
判定:Opus 5より上位と同社が位置づける新モデルの発表。限定提供でも可
65% 4.8(5/28)→Fable 5(6/9)→Opus 5(7/24)と極めて高頻度。ただし上場審査期間中は開示上の制約から静かになる可能性
6 サイバー能力を理由に一般提供を制限した新モデルが、主要ラボから追加でリリースされる。
判定:OpenAI / Anthropic / Google / xAI / Metaのいずれかによる新規1件以上
80% 既にMythos Preview(4月)、Gemini 3.5 Flash Cyber(7月)、GPT-5.6-Cyber(8月)と3社で型が確立。防御側需要と規制圧力の双方が追い風
7 米政府がフロンティアモデルのリリースに新たに介入する。
判定:事前審査・段階提供要請・輸出規制のいずれかについて、8月20日以降の新規事案が公式発表または主要報道で確認できること
75% 6月2日の大統領令で30日事前レビュー枠組みが整備済み。Astraをはじめ審査対象になり得るモデルが控えている
8 中国勢がメジャー番号を更新したフラッグシップを公開する。
判定:DeepSeek V5 / Moonshot K4 / Alibaba Qwen4 など、メジャーバージョンを繰り上げたモデルが1件以上公開されること
55% 7月にKimi K3、DeepSeek V4-Flash、Qwen 3.8系が集中。ただしメジャー番号更新となると間隔が空く傾向
9 日本の国産LLMで、新たなフルスクラッチ系フラッグシップが公開される。
判定:国内企業・研究機関による、蒸留やファインチューニングでない自社事前学習モデルの新規公開が1件以上
60% GENIAC採択各社の開発サイクルが年度後半に集中する傾向。ただしベースモデル由来の派生は多く、判定には開示内容の確認が必要

2-2. 資本市場・IPO

No. 予想と判定条件 確率 主な根拠
10 Anthropicが年内に上場する。
判定:12月31日までに初値がつくこと。取引所はNasdaq / NYSEいずれでも可
60% 10月目標で主幹事3社が確定、7月から投資家説明を開始。一方、秘密裏提出から公開S-1・ロードショーまでの標準的な所要期間と、国防総省との係争に関する開示が摩擦要因
11 上記10が成立し、かつ初値時価総額が1兆ドル以上となる。
判定:上場初日の終値ベースの時価総額
45% 直前ラウンドが9,650億ドルで、セカンダリーはそれを上回る水準。上場すれば1兆ドル超は自然だが、市況次第
12 上記10が成立し、かつ初値時価総額が2兆ドル以上となる。
判定:同上
15% 投資家の期待値であって会社の目標ではないとFTが明記。中国オープンウェイトとの価格競争、6月の輸出規制による収益成長鈍化が下押し要因
13 OpenAIが年内に上場する。
判定:12月31日までに初値がつくこと
8% CFOが2027年目標と社内表明、CEOは評価額引き下げを拒否。方針転換がなければ年内は困難
14 AI関連で50億ドル超のM&Aが1件以上成立発表される。
判定:買収額が公表または主要報道で50億ドル超とされる案件の正式発表
65% AnthropicによるDecart買収交渉(約60億ドル)が報道済み。大型再編の圧力は継続
15 国際機関・当局がAI投資に関する新たな警告を発する。
判定:BIS / IMF / FSB / FRB / 格付機関のいずれかが、8月20日以降にAI関連投資・債務のリスクを主題とする公式文書を公表すること
85% BIS年次報告に加え、IMFの金融安定報告等が定期刊行される。循環取引・簿外債務は既に主要論点
16 ハイパースケーラー大手が設備投資計画を下方修正する。
判定:Alphabet / Amazon / Microsoft / Metaのいずれかが、Q3決算等で2027年capexの減額または明確な伸び鈍化を示すこと
25% これまで各社は一貫して上方修正を続けてきた。フリーキャッシュフローの悪化は進むが、競争上、先に減速を宣言しにくい構造

2-3. 規制・政策と日本市場

No. 予想と判定条件 確率 主な根拠
17 EUのGPAI義務を理由に、主要ラボがEUでのモデル提供を制限・遅延する。
判定:EU域内での提供見送り・機能制限・提供遅延を、いずれかのラボが公式に表明すること
30% GPAI義務は2026年8月2日から適用済み。高リスク義務は2027年12月へ延期されたため、当面の圧力は限定的
18 米中間選挙後、年内に新たな連邦レベルのAI関連大統領令が署名される。
判定:11月4日以降12月31日までの署名。既存令の軽微な修正は除く
45% 現政権は大統領令を多用しており、選挙後の政策仕切り直しの局面。ただし議会構成の変化次第で優先度が下がる可能性
19 デジタル庁が「源内」について年内に新たな公式発表を行う。
判定:対象機関の拡大、モデルの追加・入替、評価の中間報告のいずれかに関する公式発表
60% 実証は2027年3月まで継続中で、評価公表は2027年1月予定。年内の中間的な発信はあり得るが、公式には次の節目まで沈黙する可能性も
20 日本国内で1,000億円超のAI/データセンター投資が新たに発表される。
判定:8月20日以降の新規発表。既発表案件の再掲・積み上げ集計は除く
75% Microsoftの100億ドル投資に続く動きが継続中。ただし電力系統の制約が案件化の律速になりつつある

3. なぜその確率にしたか(主要3項目)

Gemini 3.5 Pro(No.1、55%)

この項目を50%付近に置いたのは、「遅れているから出る」と「遅れているから出ない」のどちらの読みも成り立つからです。強気側の材料は、Googleが一貫して「もうすぐ」と公式に言い続けており、パートナーテストまでは到達している点。弱気側の材料は、遅延の理由が調整不足ではなくベースモデルの作り直しだと報じられている点、そしてその間にFlash系を3.6→3.7と2世代進め、さらにGemini 4のプリトレーニングまで始めてしまった点です。3.5 Proを出す実利が、時間が経つほど薄れていく構造になっています。予測市場が6月・7月末・8月上旬と繰り返し高い確率を付けては外している経緯もあり、直近の市場価格をそのまま採用するのは避けました。

Anthropicの上場(No.10、60%)

10月という報道上の目標をそのまま信じれば80%以上になりますが、手続き面を踏むと下がります。この規模の企業のSEC秘密審査は3〜6ヶ月が一般的で、6月1日起点だと9月〜11月に公開S-1、そこから15日間のクーリング期間とロードショーで、実際の値付けは10月下旬から12月に寄りやすい。加えて、国防総省との係争がリスクファクターとして重要な開示事項になること、収益をグロス計上するかネット計上するかの会計論点が審査で時間を食いやすいことが、年またぎ方向への圧力になります。逆に言えば、これらが片付けば10月〜11月の可能性は十分あります。1〜2ヶ月のずれで「年内か年明けか」が決まる、判定としては際どい項目です。

サイバー特化モデルの追加リリース(No.6、80%)

確率を高く置いたのは、これが単発の判断ではなく3社が独立に同じ構造へ収束した結果だからです。ゼロデイ探索能力を持つモデルは、公開すれば攻撃側に渡り、封印すれば防御側も使えない。この板挟みに対して、Anthropic・Google・OpenAIはいずれも「審査つきの限定提供」という同じ答えを出しました。しかも、その枠組み自体が製品として値付けされ、パートナー企業のエコシステムまで組成されています。一度できた型は再利用されるので、年内にもう1件出る確率は高いと判断しました。むしろ注視すべきは件数ではなく、AstraのようにCritical判定を受けたモデルが出せなくなるケースが出るかどうかです。

4. 答え合わせの方法

年明けに検証するための手順を決めておきます。予想は「当てる」ことより「どれくらいの自信を持つべきだったか」を測ることに意味があるので、○×の数え上げではなくスコアで評価します。

  • 判定日:2026年12月31日 23:59(日本時間)時点の公開情報で判定する。年明けに事後的に判明した事実も、事象自体が期限内に起きていれば成立とみなす。
  • 判定値:起きた=1、起きなかった=0の二値。判定条件の解釈が割れる場合は「起きなかった」側に倒す(予想者に厳しい方に倒す)。
  • スコア:各項目について(予想確率 − 実績)2 を計算し、20項目の平均を取る(Brierスコア)。

たとえばNo.1(55%)が実際に起きた場合の寄与は (0.55 − 1)2 = 0.2025、起きなかった場合は (0.55 − 0)2 = 0.3025 です。No.13(8%)が起きなければ 0.0064 と、ほとんど減点されません。低い確率を付けた項目が外れたときに損をしない一方、高い確率を付けて外すと大きく減点される——これが「自信の表明」を評価する仕組みです。

目安として、全項目に一律50%と答えた場合のBrierスコアは0.25になります。これを下回れなければ、予想に情報価値はなかったことになります。0.15を切れば実用的、0.10を切れば良好、というのが一般的な感覚です。

もうひとつ、キャリブレーション(確率の目盛りが合っているか)も見ます。今回の20項目の確率を合計すると約10.3なので、おおむね10項目前後が的中するのが「目盛りが合っている」状態です。15項目当たったなら確率を低く見積もりすぎ、5項目しか当たらなかったなら高く見積もりすぎ、ということになります。当たった数が多ければ良いわけではない、というのがこの手法のポイントです。

5. まとめ

残り4ヶ月半で決着がつく論点を並べてみると、今年後半のAI業界は「性能が伸びるか」ではなく「出せるか、値がつくか、電気が届くか」を問われる局面に入ったことがわかります。

出せるか、というのは政府審査の話です。GPT-5.6の13日間、Fable 5の19日間の停止は、いずれも一過性の事故ではなく、6月2日の大統領令で制度化された枠組みの最初の適用例でした。AstraがCritical判定を受ければ、次は「一時停止」ではなく「そもそも出ない」が起こり得ます。モデルを業務システムに深く組み込む側としては、特定ベンダーの単一モデルに依存した設計が、技術的リスクではなく地政学的リスクを抱える構造になったことを織り込む必要があります。

値がつくか、というのはAnthropicの上場です。9,650億ドルという私募市場の評価に対して、公開市場が初めて値を付ける。ここで大きく上振れれば私募市場のバリュエーションが一段と正当化され、下振れれば連鎖的な再評価が始まります。SpaceXが上場後に大きく変動した直近の記憶があるだけに、初日ではなく90日後の水準のほうが実態を示すでしょう。

電気が届くか、というのは日本にとって最も具体的な話です。AI投資の実行可能性を測る単位は、確保したGPUの枚数から、系統に接続できたメガワット数へ移りました。国内で1,000億円級の投資発表が続くかどうか(No.20)は、資金の問題というより電力と土地の問題です。ここは年内に見えてくると思います。

年明けに、この20項目を上から順に○×で埋めていきます。半分ほど外れているはずですが、どの方向に外れたかがわかれば、それが翌年の読みの精度になります。

水曜日, 8月 19, 2026

AnthropicとOpenAIの両取り──AWSが選んだ中立プラットフォーマーの道

2024年から2025年にかけて、AWSには「AIで出遅れた」という評価がついて回っていました。自社にフロンティアモデルがなく、Amazon Novaの存在感は薄く、成長率ではMicrosoft AzureとGoogle Cloudに見劣りする。生成AIの主戦場はクラウド1位の座を守ってきたAWSの外側で動いている——そういう見方です。

ところが2026年に入って、この構図は数字の上で大きく崩れました。AWSの四半期成長率は5四半期連続で加速し、直近では前年同期比36.7%に達しています。同時にAWSは、出資先であるAnthropicと、競合Microsoftの牙城だったOpenAIの両方を抱え込むという、他社にはないポジションを手に入れました。

本記事の結論を先に述べます。AWSの強みは「自社でモデルを作れること」ではなく、「誰のモデルでも動かせるインフラと調達力を持つこと」に移りました。逆に弱点も明確で、最大の資産であるAnthropicが意図的にマルチクラウド化を進めており、AWSはもはや「Anthropicの独占的パートナー」ではありません。以下、財務・シリコン・モデル・エージェント・日本市場の順に、一次情報を軸に整理していきます。

本記事には2026年から2028年にかけての見通しに関する記述が含まれます。将来予測の部分は筆者の推定であり、精密な予測ではありません。事実として確認できた事項と、推定・見通しは文中で区別して記載しています。また、性能値や価格性能比のうちベンダー自身の発表に基づくものは、その旨を明記しています。数値はいずれも2026年8月時点で確認できたものです。

1. 数字で見る現在地——「AIで出遅れた」論の検証

まず財務から見ていきます。Amazonの2026年度第2四半期(4〜6月)決算で、AWSセグメントの売上は422億ドル、前年同期比36.7%増でした。営業利益は166億ドル、営業利益率は39.4%で、前年同期の32.9%から650ベーシスポイント改善しています。Andy Jassy CEOはこれを「18四半期ぶりの最速成長」と表現しました。

四半期 AWS売上 前年同期比 補足
2025年 第3四半期 20% 加速の起点
2025年 第4四半期 356億ドル 24% 営業利益125億ドル。年換算ランレート1,420億ドル
2026年 第1四半期 376億ドル 28% バックログ3,640億ドル
2026年 第2四半期 422億ドル 36.7% 営業利益166億ドル・利益率39.4%。バックログ4,960億ドル、年換算ランレート1,690億ドル

注目すべきは契約残高(バックログ)です。第1四半期の3,640億ドルから第2四半期の4,960億ドルへ、1四半期で1,320億ドル積み増しました。AI事業と自社チップ事業は、それぞれ年換算250億ドル超のランレートに到達しています。

一方で、弱気材料も同じ決算に含まれています。Amazon全体の設備投資は2026年当初ガイダンスの約2,000億ドルから、7月30日の決算発表時に約2,200億ドルへ上方修正されました。理由としてメモリなど部材コストの上昇とAI需要が挙げられています。この重い投資の結果、トレーリング12か月のフリーキャッシュフローは約76億ドルのマイナスに転落しました。前年は182億ドルのプラスでしたから、反転の幅は小さくありません。

もうひとつ、決算を読むうえで注意すべき点があります。第2四半期の純利益には、非営業・税引前で534億ドルという巨額の「その他収益」が計上されており、その大半はAnthropicへの投資に対する時価評価益です。つまりAmazonの純利益はAnthropicの企業価値上昇によって大きく膨らんでおり、本業の収益力とは切り分けて評価する必要があります。この評価益は会計上の未実現利益であり、Anthropicの評価額が下がれば逆方向に振れます。

Jassyは2025年の株主書簡で「AIはバブルか、マージンとROICは魅力的か」という問いに対し「バブルではない、魅力的だ」という趣旨の回答を示しています。2025年に3.9GWのデータセンター容量を追加し、2027年末までに総電力容量を倍増させる計画も明言しました。ただし「2026年も2027年も、全需要を満たす容量には届かない」とも述べており、需要超過が続いている状況を強調しています。

2. 独自シリコン——Trainium3とProject Rainier

AWSのAI戦略で最も差別化が効いているのはシリコンです。re:Invent 2025で発表・一般提供が開始されたTrainium3は、AWSにとって初の3nmプロセスAIチップになります。Trn3 UltraServerは最大144チップを搭載し、AWSの公表値ではTrainium2 UltraServer比で演算性能最大4.4倍、メモリ帯域3.9倍、電力効率約40%改善とされています。なお、この性能値はいずれもAWS自身の発表に基づくもので、独立した第三者によるベンチマーク検証は本稿執筆時点では確認できていません。

Trainium2の事業規模は、2025年第4四半期時点でTrainiumとGravitonを合わせた年換算ランレートが100億ドル超、前年比で三桁成長という水準でした。2026年第2四半期には自社チップ事業単独で250億ドル超のランレートに達しています。AWSは対競合GPU比で30〜40%の価格性能優位を主張していますが、これも自社評価であり、比較条件の詳細は公開されていません。

大規模実証の場となったのがProject Rainierです。2025年10月29日にフル稼働し、米国内の複数データセンターに約50万基のTrainium2を展開、2025年末までに100万基超への拡張が進みました。中核はインディアナ州New Carlisleのデータセンター群で、AWSの当該サイトへの投資は総額約110億ドル規模とされています。Anthropicのモデル学習・推論に充てられており、旧世代比で5倍超の学習演算力を提供します。

競合の自社シリコンと並べると、AWSの立ち位置がはっきりします。

ベンダー チップ 外部提供 主張・特記(いずれもベンダー自己申告値を含む)
AWS Trainium3(3nm) AWS内のみ T2比で演算最大4.4倍。Anthropic経由で100万基規模の外部実証を持つ点が他社と異なる
Google TPU v7 Ironwood 外販あり 4社のうち外部から直接調達できる唯一の存在。Anthropicが最大100万基を契約
Microsoft Maia 200 自社利用のみ 前世代比30%の価格性能改善を主張。開発遅延を経て量産
Meta MTIA 自社利用のみ 推論優先。短サイクルでの反復開発

この表で実務上いちばん重要なのは「外部提供」の列です。Trainium・Maia・MTIAはいずれも自社クラウド内でしか使えず、顧客から見れば「そのクラウドを選ぶこと」とセットになります。TPUだけがBroadcom経由で外部にも供給される構造で、Anthropicは実際にBroadcomから直接TPUを調達する形をとっています。AWSがTrainiumの価格性能を訴求するとき、それは同時にAWSへのロックインを意味する——この両面性は提案時に押さえておくべき点です。

なお、AWSはNVIDIA GPUの併用も継続しています。2025年中にP6-B200、P6e-GB200、P6e-GB300が順次一般提供となり、GB300搭載のP6e-GB300 UltraServersは2025年12月にGAとなりました。「Trainiumで置き換える」のではなく「Trainiumという選択肢を追加する」のが実態です。

3. Anthropicという両義的な資産

AWSのAI戦略を語るうえで避けて通れないのがAnthropicです。ここは「最大の資産」であると同時に「最大のリスク」でもある、という両義性を丁寧に見る必要があります。

まず数字を押さえます。Anthropicの年換算収益ランレートは、2025年末の約90億ドルから2026年2月に140億ドル、3月に190億ドル、4月に300億ドル、5月に470億ドル、そして7月末に650億ドル超へと駆け上がりました。1年前の約7倍です。同社は2026年6月にSECへ非公開でIPO申請を行っており、上場は2026年後半が見込まれています。この急拡大が、Amazonの決算に計上された巨額の評価益の源泉です。

問題は、Anthropicへの資本と計算資源の供給者がAWSだけではないことです。2026年4月、わずか4日間のあいだに次の2つの発表が並びました。

出資者 発表日 出資額 計算資源のコミットメント
Amazon 2026年4月20日 まず50億ドル、最大250億ドルまで追加(既存の累計80億ドルとは別枠) AnthropicがAWSに10年で1,000億ドル超を支出、最大5GWの容量を確保
Google 2026年4月24日 まず100億ドル(評価額3,500億ドル)、業績目標達成で最大400億ドルまで Google Cloudが5年で5GWを供給。Broadcom経由のTPU調達を含む三者契約の拡張

つまり金額ベースではGoogleのコミットメントのほうが大きいのが現状です。Anthropicは両社から合計10GW規模の計算資源を確保し、意図的にハードウェア中立を貫いています。GoogleのTPU契約規模については、公式には「数百億ドル規模(tens of billions)」という表現にとどまっており、一部で報じられた具体的な総額は本稿で一次情報まで辿れなかったため記載しません。

AWS側の資産価値が失われたわけではありません。Bedrock上でClaudeを利用する組織は10万社を超え、Project Rainierは実際に稼働しています。しかし「AnthropicはAWSの独占的パートナー」という2024年当時の物語はもう成立しません。ここは提案の場でも正確に伝えるべきポイントです。

見方を変えれば、世界最高水準のモデル2つ——ClaudeとGemini——が、それぞれTrainiumとTPUという非NVIDIAシリコンの上で動いている構図でもあります。NVIDIA一強に対する構造変化としては、こちらのほうが本質的かもしれません。

4. OpenAIの取り込み——Microsoft独占の終焉

2025年11月3日、AWSとOpenAIは7年・380億ドルのコンピュート契約を締結しました。そして2026年4月末、OpenAIとMicrosoftのクラウド独占契約が改定され、OpenAIモデルのBedrock展開への道が開きます。

時期 内容
2025年8月5日 オープンウェイトのgpt-oss-120b/20bがBedrockとSageMaker JumpStartで提供開始
2025年11月3日 AWS-OpenAIが7年・380億ドルのコンピュート契約を発表
2026年4月28日 パートナーシップ拡大を発表。OpenAIモデル・Codex等が限定プレビューで提供開始
2026年6月1日 GPT-5.5・GPT-5.4・CodexがBedrockでGA。価格はOpenAI直販レートと同一でAWSのマークアップなし、AWSの既存コミットメントを消化可能
2026年7月9日 GPT-5.6のSol/Terra/LunaがGA。3階層で能力とコストを使い分け可能に
2026年8月11日 サイバーセキュリティ特化のDaybreak Red/Blueが対象顧客向けに提供開始

実務的に効くのは価格と調達の設計です。BedrockのOpenAIモデルはOpenAI直販と同一価格で、AWSのEDPやSavings Plansのコミットメント消化に充当できます。さらに、すでにBedrockを使っている10万社超の組織は、新規ベンダーとの契約・請求経路・ガバナンスプロセスを増やさずにOpenAIモデルを使えるようになりました。日本企業のセキュリティ審査の実情を考えると、この「審査対象ベンダーを増やさない」という点は、性能比較以上に導入判断を左右することがあります。

なお技術的な制約もあります。BedrockのGPTモデルは当初Responses APIのみのサポートで、bedrock-mantleという専用エンドポイントを使う必要がありました。GPT-5.5の実効入力上限は272Kトークンです。移行を検討する際は、公式ドキュメントで現行の対応状況を確認してください。

5. Bedrockのモデル調達力とNovaの現在地

Bedrockの本質は「AWSのモデル」を売る場所ではなく、「あらゆるモデルを1つのAPI・IAM・課金で扱える場所」です。2026年時点のラインナップは、Anthropic(Claude)、OpenAI(GPT-5.5/5.6系、Codex、gpt-oss)、Meta Llama、Mistral、Cohere、AI21、Stability、DeepSeek、Qwenに加え、2026年3月にはGLM 5とMiniMax M2.5という中国系フロンティアモデルも追加されました。この品揃えの広さは3大クラウドの中で突出しています。

自社モデルのAmazon Novaについては、評価を分けて書く必要があります。re:Invent 2025で発表されたNova 2(Pro/Lite/Omni)は、前世代から大きく改善しました。第三者評価機関Artificial Analysisは、Nova 2について「以前のNovaモデルからの実質的なアップグレードで、特にエージェント能力に強みを示す」と評価しています。Nova 2 Omniはテキスト・画像・動画・音声を入力として扱えるネイティブなマルチモーダルモデルで、この構成を持つのはGemini系など少数です。

ただし、市場での実採用という観点では依然として存在感が薄いのが実情です。AWS自身のベンチマーク主張(Claude Sonnet 4.5やGPT-5.1に対し複数項目で同等以上)はありますが、これは自社評価であり、Bedrock上の実利用がClaude中心である構図は変わっていません。AWSは「自社モデルで勝つ」戦略を採っていない——この理解が正しいと考えます。Novaはコスト最適化用途の選択肢として位置づけるのが実務的です。

構造として3社を比較すると、戦略の違いが明確になります。

観点 AWS Microsoft Google
モデル戦略 マルチモデル(中立プラットフォーマー) OpenAI依存が主軸、モデル中立へ拡大中 Gemini垂直統合
自社フロンティアモデル なし(Novaは中位) なし あり(Gemini)
主要な外部依存 Anthropic(出資先)+OpenAI(顧客)の両取り OpenAI(RPOの相当部分を占めると報じられる) 自給自足+AnthropicがTPU顧客
自社シリコンの外販 なし なし あり(TPU)
バックログの集中度 相対的に分散 OpenAIへの集中が指摘される Anthropic向けの比重が上昇

6. エージェンティックAI——Q DeveloperからKiroへ

アプリケーション層では、2026年に大きな方針転換がありました。AWSは2026年4月30日、Amazon Q Developerの終息を公式に発表します。

  • 2026年5月15日:Q Developerの新規サインアップ・新規サブスクリプション作成をブロック(既存契約への席追加は可能)
  • 2026年5月29日:Q Developer ProからOpus 4.6を削除。最新のコーディングモデル(Opus 4.7等)はKiro専用に
  • 2027年4月30日:IDEプラグインと有償サブスクリプションのサポート終了

影響範囲は限定されており、AWSマネジメントコンソール内のQ Developer、ドキュメント、モバイルアプリ、Slack/Teams統合は継続します。終了するのはVS Code・JetBrains・Eclipse・Visual Studioの各IDEプラグインと有償サブスクリプション、そしてコード変換機能(Javaバージョンアップ、.NET移植)です。

後継のKiroは、AWS自身が「スペック駆動開発のために一から構築したエージェンティック開発環境」と説明しています。プロンプトに逐次反応するのではなく、構造化された仕様(requirements・design・tasks)を先に生成し、それに基づいてコードベース全体の変更を計画・実装・検証する設計です。Specs、Hooks(ファイル保存やコミットをトリガとする自動処理)、Steering Files(プロジェクト規約でエージェントの挙動を制約する設定)が中核機能になります。Code OSSベースのためVS Code設定とOpen VSX拡張は引き継げますが、JetBrains・Eclipse・Visual Studioのネイティブプラグインには後継が用意されていません

この点は日本のSI現場にとって無視できない摩擦です。JavaやC#/.NETを主軸とし、JetBrainsやVisual Studioを標準環境としている組織は、IDE標準そのものの見直しを迫られます。移行猶予は12か月ありますが、企業のセキュリティレビューと調達手続きを考えると、2026年度内に評価を始めておくのが現実的でしょう。あわせて、Q Developerのコード変換機能に依存したモダナイゼーション案件を抱えている場合、代替手段の確保が必要になります。

その他のエージェント関連では、Bedrock AgentCore(re:Invent 2025でGA、Policy/Memory/評価機能を追加)、業務横断のAmazon Quick(Microsoft 365、Google Workspace、Slack、Zoom等と連携するデスクトップアプリ)が柱になります。相互運用の面では、AgentCore・Kiro CLI・QuickがいずれもMCP(Model Context Protocol)に対応しており、AWSは独自プロトコルで囲い込む方向を採っていません。コンシューマ側では、買い物アシスタントのRufusや音声アシスタントのAlexa+がBedrock/Nova上で動いています。

7. 市場ポジション——成長率ではGoogle Cloudが上回る

シェアで見れば、2026年第1四半期時点でAWSが約28〜30%、Azureが約21〜25%、Google Cloudが約13〜14%です(Synergy Research系の集計。トラッカーにより数値に幅があります)。市場全体は四半期1,290億ドル規模で前年比約35%成長しています。

ただし成長率の絶対値では、Google Cloudが3社中最も高い水準にあります。2026年第1四半期に前年同期比63%増(200億ドル)、第2四半期には82%増(248億ドル)を記録しました。AWSの36.7%は「加速している」という点で評価すべき数字であって、「最も速い」わけではありません。もっとも、AWSは4倍以上大きい売上基盤の上でその成長率を出しているため、絶対額の増加ではAWSが依然として最大です。この2つの見方は両立します。

共通のボトルネックは電力です。AWSは2027年末までに電力容量を倍増させる計画ですが、Jassy自身が「全需要は満たせない」と認めています。この制約はどの事業者にも等しくかかっており、日本ではさらに厳しい形で現れます(次節)。

8. 日本市場——投資額で最大、ソブリンで劣後

日本におけるAWSの立ち位置は、「圧倒的な既存基盤」と「ソブリン領域での出遅れ」が同居する状態にあります。

投資額では、2024年1月に発表された2023〜2027年の2兆2,600億円(約149.6億ドル)が現行の基準です。2011〜2022年の累計1兆5,100億円と合わせると、2011〜2027年で約3兆7,700億円に達します。AWS自身の試算では、この投資が2023〜2027年の日本のGDPに5兆5,700億円貢献し、年平均3万500人以上の雇用を支えるとされています。2026年8月時点で、これを上回る新規の日本向け大型コミットは確認できていません。

2026年1月、AWSジャパンは新戦略「日本のために、社会のために、その先へ」を発表しました。白幡晶彦社長のもと、従来の「技術への投資」「人と社会への投資」に加えて「信頼性への投資」を新たな柱に掲げ、2つのリージョンの拡張計画も示しています。日本リージョンでのサービス開始から15年という節目に、公共・エンタープライズ領域を意識した打ち出しに舵を切った形です。

競合の日本投資と並べると、金額で最大なのはAWSですが、Microsoftが急速に差を詰めています。

ベンダー 投資額 対象期間 特記
AWS 2兆2,600億円(約149.6億ドル) 2023〜2027年 東京・大阪リージョン。2026年に2リージョンの拡張計画を発表
Microsoft 100億ドル(約1.6兆円) 2026〜2029年 2026年4月3日発表。既存DC増強と新設が中心。2030年までにAI人材100万人育成、国内SIer各社と連携
Oracle 80億ドル超 10年 ソフトバンク・NTTデータとのソブリンクラウド構築が軸

ただし、日本のデータセンター投資には資金では解けない制約があります。東京都心では電力会社からの給電開始まで5〜10年待ちという状況が生じており、大阪エリアでは2026年から4つの変電所のアップグレードに1,500億円以上が投じられる予定です。この制約を回避するため、MicrosoftとAWSはいずれも従来の「東京・大阪」二拠点体制から、北海道・九州・北陸を含む地域分散へと戦略を転換しつつあります。

ガバメントクラウドでは、AWSが圧倒的な実績を持ちます。デジタル庁が2026年2月27日に公表した移行状況データによれば、標準化対象の34,592システムのうち移行完了は13,283件(38.4%)です。早期移行団体463団体のうち300を超える自治体がAWSを採択しており、報道ベースでは利用中・利用決定済み自治体の9割超がAWSを選択しているとされています。「先行実績の多さ」と「国内SIerのAWS対応スキルの成熟」という循環が働いた結果です。

この構図に2026年3月27日、変化が入りました。さくらインターネットの「さくらのクラウド」が305項目の技術要件をすべて満たし、国産事業者として初めてガバメントクラウドの本番環境提供が可能になったのです。AWS、Google Cloud、Microsoft Azure、OCIに続く5番目で、外資4社独占が崩れた形になります。ただし本番実績の蓄積はこれからで、既存のノウハウの大部分がAWS環境を前提としている以上、短期でシェアが動く性質のものではありません。

一方、ソブリンクラウドではAWSは明確に劣後しています。AWSのEuropean Sovereign Cloudは2026年1月にドイツで一般提供が始まりましたが、これはEU専用であり、日本向けの専用ソブリンクラウドは提供されていません。日本ではISMAP認証を取得した東京・大阪リージョンで対応する形です。対して、ソフトバンクはOracle Alloy基盤の「Cloud PF Type A」を東日本2026年4月・西日本2026年10月に、NTTデータは「OpenCanvas Type-Oracle Alloy」を2025年12月に東日本リージョンで提供開始しており、「ソブリンクラウド」を明示的に構築しています。金融・公共でデータ主権が最優先される案件では、この差が直接効いてきます。

国産LLMの動きも押さえておく必要があります。経産省・NEDOのGENIACでは、AWSは第2期以降、複数サイクルにわたって計算資源提供者に選定されています(第4期は2026年6月キックオフでP6-B200等を提供)。ただしGENIACはAWS、Google Cloud、さくらインターネットなど複数事業者を採用しており、AWSの独占ではありません。モデル側では、NTTのtsuzumi 2、NECのcotomi、PFNのPLaMo、富士通のTakaneといった国産LLMが、金融・公共領域で純国産という訴求とともに存在感を高めています。デジタル庁の政府AI環境「源内」にも複数の国産モデルが採用されました。

日本企業のBedrock採用事例では、野村総合研究所がBedrock上のClaudeを用いて日本語文書分析を自動化し、複雑な文書のレビュー時間を50%削減したとする事例が公表されています(Anthropic公式の顧客事例に基づく数値であり、独立した検証は行われていません)。2026年にはBedrockのクロスリージョン推論でClaude系モデルの日本国内推論が可能になり、データ越境を懸念する金融・公共顧客への提案条件が改善しました。

9. 2026〜2028年の展望とリスク

ここからは筆者の推定を含む見通しです。確度の高い予測ではなく、シナリオとして読んでください。

強気シナリオ。AI事業と自社チップ事業がそれぞれ250億ドル超のランレートからさらに倍増し、TrainiumがAnthropic以外の大規模顧客でも実証されることでNVIDIA調達比率が下がり、粗利が改善する。Bedrockが「モデル中立ハブ」として企業の既定選択になり、営業利益率は高40%台で持続する。

中立シナリオ。成長率ではGoogle Cloudに劣後し続けるが、絶対額とバックログで首位を維持。Novaはコスト最適化用途で定着し、日本ではガバメントクラウドの牙城を守る。ソブリン領域はOracle陣営に譲る形が続く。

弱気シナリオ。AnthropicがTPUや自社調達にさらに傾斜し、AmazonのAnthropic評価益が剥落する。電力制約で需要を取りこぼす。AI投資の調整局面が来た場合、積み上がった有形固定資産の減価償却がフリーキャッシュフローを圧迫し続ける。

主要リスクを整理すると、次のようになります。

  • Anthropic依存の両義性——最大の需要源かつ会計上の評価益源だが、マルチクラウド化とIPOによって関係の性質が変わる可能性がある
  • 自社フロンティアモデルの不在——モデル供給者との交渉力に構造的な上限がある
  • シリコンの囲い込み構造——Trainiumの価格性能はAWSを選ぶこととセットであり、TPU外販が価格圧力を生む
  • 電力・グリッド制約——特に日本では東京圏の5〜10年待ちが投資サイクルと噛み合わない
  • 日本のソブリン要件——専用ソブリンクラウドの不在が規制業種の案件で不利に働く
  • キャッシュフローと減価償却——トレーリングFCFのマイナス転落が示すとおり、投資回収の時間軸は長い

日本のSIerやベンダーの立場から見た論点は3つに整理できます。第一に、Bedrockを「モデル中立ハブ」として提案の中核に据える価値が高まったこと。Claude、GPT-5.6系、gpt-oss、Novaを用途別に使い分けられ、しかも新規ベンダー審査を増やさずに済むという実務メリットは、日本企業の調達プロセスと相性が良いためです。第二に、データ主権が最優先の案件ではAWSが最適解とは限らないこと。ソブリンクラウドや国産LLMを含めた選択肢と並べて評価すべきです。第三に、Q Developer終息への対応が2026年度内の実務課題になること。特にJetBrains・Visual Studio前提の開発体制を持つ組織は、IDE標準の見直しを含めた計画が必要です。

継続的にモニタリングすべき指標としては、AWS四半期成長率とGoogle Cloud/Azureとの差、Novaの第三者評価における位置づけ、Anthropicの追加TPU傾斜とIPO動向、AWSジャパンの新規AI/ソブリン投資発表の有無、が挙げられます。

10. まとめ

AWSの「AI出遅れ論」は、2026年の財務数字によって少なくとも売上・利益率の面では反証されました。5四半期連続の成長加速、39.4%の営業利益率、4,960億ドルのバックログは、AIワークロードがAWS上で確実に増えていることを示しています。

ただし、勝ち方の構造は当初想定と違うものになりました。AWSは自社モデルで勝負しておらず、Anthropicに出資しつつOpenAIを顧客として迎え、両者のモデルを同じBedrock上で売るという中立プラットフォーマーの道を選んでいます。この立ち位置は、OpenAIに深く紐づくMicrosoftとも、Geminiを垂直統合するGoogleとも異なります。

弱点も構造的です。自社フロンティアモデルがないため、モデル供給者との関係が事業の前提を左右します。そのAnthropicは、Googleから金額ベースではAmazonを上回る出資コミットメントを受け、TPUで大規模な計算資源を確保しました。AWSにとってAnthropicは、いまも最大の資産であり、同時に最大の不確実性です。

日本市場では、投資額と既存実績で圧倒しながら、ソブリンクラウドという新しい競争軸では後手に回っています。ガバメントクラウドにおける9割超のシェアは強固ですが、さくらのクラウドの正式採択とOracle陣営のソブリン展開は、その前提が永続的ではないことを示しています。「AWSを使う/使わない」の二択ではなく、案件のデータ主権要件と業務特性に応じて、Bedrock経由のマルチモデル、ソブリンクラウド、国産LLMを組み合わせる設計が、これから数年の現実解になると考えます。