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日曜日, 7月 26, 2026

【2026年7月版】eVTOL産業の最新地図 ―― Joby型式証明目前、EHangは商用化遅延で予想下方修正

2025年末にまとめた「2026年 電動垂直離着陸機(eVTOL)産業白書」では、大阪・関西万博を経て産業が「勝者と敗者を選別するフェーズ」に入ったこと、そして欧州勢(Volocopter、Lilium、Airbus)が相次いで脱落する一方、米国勢と中国・EHangが2026年の商用化に向けて前進する構図を描いた。それから7カ月が経過した2026年7月末時点で、この大枠の見立ては概ね現実化している。

最大の変化は、業界の重心が「開発競争」から「規制・量産競争」へ移ったことだ。米国ではJoby AviationがFAA型式証明の最終段階に入り、Archer Aviationが追走する。欧州では、破綻したVolocopterが中国資本(万豊グループ/Diamond Aircraft)の傘下に入り、Liliumは特許資産のみがArcherに買い取られるという、白書執筆時点では確定していなかった「淘汰の着地点」が明確になった。

一方で、白書の見立てが楽観に過ぎた部分もある。中国・EHangの商用運航は当初計画どおりには立ち上がっておらず、2026年4月には米SECへの年次報告書(Form 20-F)提出を「売上計上時期の見直し」を理由に延期し、大手証券会社が2026〜2028年の出荷・売上予想を大幅に引き下げる事態となった。「認証を先に取った者が商用化でも先行する」という単純な図式は、少なくとも収益化のスピードという点では成立していない。本稿は、これら2026年1月〜7月の動きをファクトチェックの上でまとめ、白書からの「差分」として整理したものである。

本稿に含まれる「2026年後半に商用運航開始」「2027年に型式証明取得」といった時期の見通しは、各社が公表時点で示した目標であり、確定した事実ではない。eVTOL業界はこれまでも型式証明の目標時期を繰り返し後ろ倒ししてきた実績があるため、実際の進捗は本稿執筆時点(2026年7月26日)の情報を上限として理解されたい。また、認証プロセスの段階呼称(Jobyの「5ステージ」、Archerの「4フェーズ」)は各社が自ら用いている表現であり、FAAの単一の公式区分に対応するものではない。

1. 米国:FAA型式証明「最終コーナー」に入ったJoby、可視化を待たれるArcher

Joby Aviationは2026年3月11日、FAA承認設計に基づく最初の実機「N547JX」の飛行試験を開始したと発表した。これはType Inspection Authorization(TIA)と呼ばれる、FAA試験パイロットが直接評価に入る最終段階を支える機体である。同社は2026年第1四半期の株主レターで「SR3監査を完了した。これは認証プロセスにおける4つの主要レビューのうち3番目で、最終段階に向けて試験データと結果がFAAの期待水準を満たすことを確認する長期先行項目である」と説明している。一部業界メディアは「ステージ4完了」という表現でこの進捗を報じているが、同社自身はこの呼称を用いておらず、本稿では同社の公表表現に従う。いずれにせよ、TIA試験そのものはまだ開始されておらず、FAAパイロットによる「for-credit」飛行試験は2026年後半に見込まれている段階だ。ロイターの取材に応じた専門家は、米国での最初のeVTOL型式証明は2027年より前には出ない可能性が高いとの見方を示している。

事業面での動きは活発だ。2026年4月にはニューヨーク市初となるeVTOLの地点間飛行(JFK空港からマンハッタンの3カ所のヘリポート)を実施。6月30日にはトヨタ自動車との製造アライアンス第一段階の開始を発表し、7月22日にはヴァージン・アトランティック航空との複数年契約を締結して英国での独占航空会社パートナーとした(デルタ航空がヴァージン・アトランティックに49%出資している関係を活用した提携である)。また、コアとなる電動プラットフォームにガスタービンを組み合わせた「タービン・エレクトリックVTOL」の初のトランジション飛行にも成功しており、最大離陸重量での148マイル飛行を記録している。2026年第1四半期末時点の現金・現金同等物・短期投資は25億ドル。

Archer Aviationは、FAAの4フェーズ型式証明プロセスのうちフェーズ3を業界で初めて完了したと2026年5月に発表し、フェーズ4(適合性の実証試験)に進んでいる。ただし技術面では課題が残る。Archerは2024年6月に無操縦(遠隔操縦)でのトランジション飛行には成功しているが、パイロットが搭乗した状態でのトランジション飛行は2026年7月時点でも公開実施していない。同社は2026年前半にパイロット搭乗でのVTOL飛行試験を開始しており、有人トランジションは2026年後半を予定するが、この「未達のマイルストーン」がJobyとの進捗差として市場の関心を集めている。7月20日には防衛企業Anduril Industriesと共同開発した自律VTOLプラットフォームを発表し、商用機「Halo」と防衛派生型「Thunder」を公開するなど、旅客事業以外への事業分散を進めている。2026年第1四半期末の流動性は約18億ドル。

両社に共通する追い風が、FAAが2026年3月9日に発表した「eVTOL統合パイロットプログラム(eIPP)」である。トランプ政権の大統領令に基づき、30件超の応募から8プロジェクト・26州が選定された。型式証明の完全取得前でも、管制官とやり取りしながら実際の国家空域で有償の貨物輸送等を行える点が特徴で、Archer・Joby・BETA Technologies・Wisk・Electra・Elroy Air・Reliable Robotics等が参加する。Jobyは自社の発表で「最大11州で型式証明取得前の早期運航を開始する機会を得た」としている。参加社数で最多となったのはBETA Technologiesで、8プログラム中7つに選定され、2026年7月にはUnited Therapeuticsと共同でバージニア州からメリーランド州への臓器輸送を想定した飛行試験を実施した。

2. 中国:認証では先行、しかし収益化は想定より遅れる

EHangは2026年3月12日の2025年通期決算発表で、「今月中にEH216-Sの商用運航を広州・合肥で開始する」と表明した。運航主体は2025年3月にCAAC(中国民用航空局)から運航者証明(OC)を取得した2社――広東EHang General Aviation(完全子会社)と、合肥市との合弁である合肥合翼航空――で、広州のEHang Future Cityと合肥の駱崗中央公園で有料の遊覧飛行サービスを提供する計画だった。複数の業界メディアは3月に有料運航が開始されたと報じているが、同社自身の2026年第1四半期発表(6月9日)における表現は「公衆向け商用運航に向けた進展を継続中」というもので、本格的な定常運航への移行が完了したとは述べていない。

財務面はむしろ厳しい。2026年第1四半期の売上高は2,570万人民元(370万米ドル)で前年同期比ほぼ横ばい、記録的だった前四半期(1億7,760万人民元)からは機体納入の減少により大幅に落ち込んだ。純損失は1億2,640万人民元。粗利率62.5%は維持しており、通期ガイダンス6億人民元も据え置いているが、CFOは第1四半期の売上の約40%が「空中メディア事業」(ドローンショー等)であったと説明しており、有人eVTOL事業が収益の柱になっているわけではない。加えて同社は2026年4月30日、2025年度のForm 20-F提出延期を届け出た。理由は「売上計上時期の見直し」で、2025年に計上した一部売上が後の期にずれる可能性を示唆するものだった(20-F自体は5月15日に提出済み)。この前後にUBSは投資判断をBuyからNeutralに引き下げ、2026〜2028年の出荷・売上予想を50〜70%削減、損益分岐点の到達時期を2029〜2030年へと後ろ倒しした。理由として挙げられたのが、eVTOL商用化の遅れと、広州・合肥の地方政府による認可への強い依存である。長距離型「VT35」は2025年10月発表・同年12月に合肥で公開実証飛行を実施し、CAACとの型式証明基準策定段階にあるが、こちらも商用化には時間を要する。

AutoFlightは、貨物用「V2000CG CarryAll」がCAACの型式証明・生産証明・耐空証明をすべて取得し、洋上石油プラットフォームへの飛行実績も積んでいる。有人用の「V2000EM Prosperity」は2026年5月時点で「コンプライアンス検証フェーズ」にあり、型式証明は未取得である。2025年10月にUAEのFalcon Aviation Servicesと貨物機15機・有人機35機の計50機の契約を結んでいるが、有人機はUAE当局(GCAA)側での認証取得も別途必要になるため、貨物機が先行する形になる。

XPeng傘下で「空飛ぶクルマ」を手がけてきたAeroHTは、2025年10月にドバイで開催したイベントで社名を「ARIDGE」(Air+Bridge)に変更した。地上を走る6輪の母艦から2人乗りeVTOLモジュールを分離させる「陸空母艦(Land Aircraft Carrier)」については、CAACが飛行体(コード名X3-F)の型式証明申請と機体の生産証明申請をいずれも受理しており、審査が進行中である(型式証明の取得は完了していない)。広州の量産工場は2025年9月末に完成し、年産1万機の能力を持つとされる。世界での予約受注は2026年前半時点で7,000件超、うち600機は中東の複数企業グループからの大口契約で、価格は200万人民元(約28万米ドル)を下回る水準とされている。納入開始は2026年、本格量産は2027年という計画が示されている。

政策面では、改正「中華人民共和国民用航空法」が2026年7月1日に施行され、低空経済に関する「発展促進」章が新設されるとともに、高度300メートル以下の空域を分類管理する規則が明確化された。無人航空機の実名登録・識別に関する強制国家標準も2026年5月1日に施行されている。低空経済は「十五五」規画で新興支柱産業の一つに位置づけられ、2026年7月25日に上海で閉幕した「国際低空経済博覧会」には過去最多となる452社が出展し、23件の世界初公開・42件の中国初公開があったと新華社が報じている。なお市場規模については、白書類によって「2023年に5,059.5億人民元、2026年に1兆人民元超え」とする試算と、「2025年時点で既に1.5兆人民元」とする試算が並存しており、算出範囲(無人機物流を含むか等)が異なるため単純比較はできない。

3. 欧州:淘汰の「着地点」が確定 — Volocopterは中国資本傘下、Liliumは特許のみ現存

白書執筆時点(2025年12月)では「投資家探索継続中」としていたVolocopterの行方は決着した。同社の資産は、ダイアモンド・エアクラフト・インダストリーズの中国側親会社である万豊(Wanfeng)グループに約1,000万〜1,100万ユーロ規模で売却された。2022年時点のピーク評価額と比較すると99%を超える下落である。Liliumについては、Mobile Uplift Corporationによる約2億ユーロの救済合意が資金未達で頓挫し、2025年2月の2度目の破産申請以降、再建は実現していない。2025年8月には別の投資家グループ(Ambitious Air Mobility Group)が資産買収による事業再開を模索したが交渉は難航し、最終的に同社が保有していた高電圧システム、バッテリー管理、フライトコントロール、ダクテッドファン推進などに関する特許ポートフォリオ(約300件)は、2025年10月にArcher Aviationが1,800万ユーロで競争入札を制して取得した。バッテリー工場は別のドイツ企業Vaeridionに売却されており、Lilium本体としての再建ではなく資産の切り売りという形で決着している。

英国のVertical Aerospaceは、これまで開発してきた実証機「VX4」を土台に、2025年12月、量産を前提とした新型機「Valo」を発表した。VX4は2026年4月14日に有人でのトランジション飛行に成功し、6月には2機目のVX4プロトタイプも初飛行するなど、実証プログラム自体は着実に進んでいる。しかし本命であるValoについては、当初「2028年に英国CAAとEASAの型式証明取得」としていた目標が、2026年7月13日の発表で「2029年」へとさらに後ろ倒しされた。同社は「新しい航空機クラスを既存の認証フレームワークで型式証明する厳格さを反映したもの」と説明しており、詳細設計審査(CDR)の完了目標は2026年末としている。Valoは認証キャンペーン用に7機が英国で製造される計画である。欧州勢の中では最後まで独立系として生き残っている企業だが、認証スケジュールの遅延という点では他の欧米勢と同じパターンをたどっている。

4. 日本:万博後の「地域実装」フェーズへ着実に移行

SkyDriveは2026年4月20日、JCAB(国土交通省航空局)から日本のeVTOL専業メーカーとして初めて「設計組織承認(ADO)」を取得したと発表した。同年5月8日には、大阪府・大阪市・大阪メトロ・Soracle・丸紅で構成する日本初のeVTOLバーティポート商用化コンソーシアムを発足させ、大阪港バーティポートの商用化に向けた官民ロードマップの議論を開始した。背景には、関西経済連合会が2026年3月25日に公表した「2035年までに大阪湾岸エリアで約100機のeVTOLが飛ぶ」というビジョンがある。さらに7月9日にはHondaJetやBell 429を運航するJapan Biz Aviation(JBZ)と商用運航体制構築に向けたMoUを締結し、7月13日には山口県の実証拠点で瀬戸内海遊覧を想定した実証飛行(最大速度86km/h、高度30m、遠隔・自律操縦)を実施した。7月のファーンボロー国際航空ショーでは、高精度機械加工部品の供給に関してイトーとの供給契約も締結している。累計受注は427機(プレオーダー354機、基本購入契約73機。うちドバイAeroGulf Servicesからの20機を含む)に達し、試作機の累計飛行回数は300回を超えた。商用運航開始の目標は2028年で変わっていない。

Hondaは2025年11月のドバイエアショーで、それまで非公開で進めていたハイブリッド型eVTOLの開発状況を初めて公にした。バッテリー単独ではなく、ガスタービン発電機とバッテリーを組み合わせたハイブリッド推進を採用しているのが特徴で、純電動機の2倍以上となる最大航続距離400kmを目標に掲げる。1/3スケールの実証機で400回超の飛行試験を積み重ね、ホバリングから巡航への遷移制御を検証済みとしており、2026年4月1日には米カリフォルニアの開発拠点で実機大の技術検証機による飛行試験を開始したと同社が公式に発表している(発表日は2026年5月12日)。事業化目標は2030年頃、型式証明取得は2030年代初頭を見込む。

5. バッテリー技術:研究室の記録と量産の距離

白書が指摘した「バッテリーがアキレス腱」という構図は、2026年7月時点でも本質的に変わっていない。eVTOL各社が現在要求するバッテリー性能は概ねエネルギー密度300Wh/kg・サイクル寿命500回程度とされ、自動車用EVバッテリー(250〜300Wh/kg)と大差ない水準にとどまる。

実機での成果として最もよく引用されるのが、EHangが2024年11月13日に発表した全固体電池搭載機の飛行試験である。深圳のInx Energy製(リチウム金属負極・酸化物セラミック電解質、公称エネルギー密度480Wh/kg)を搭載したEH216-Sが48分10秒の連続飛行を記録し、従来比60〜90%の飛行時間延長を確認したとしている。ただしこれは実証機での結果であり、同社が当時掲げた「2025年末までに全固体電池の認証・量産適用」という目標が達成されたことを示す公表は、2026年7月時点で確認できない。

研究レベルでは、清華大学の張強教授らのチームが2025年9月にNature誌へ発表した成果が注目された。フッ素化ポリエーテル系ポリマー電解質とリチウム過剰系マンガン層状酸化物正極、アノードフリー構造を組み合わせた準固体(quasi-solid-state)パウチセルで、重量エネルギー密度604Wh/kg・体積エネルギー密度1,027Wh/Lを達成したものである。ただし、これは「全固体リチウム硫黄電池」ではなく準固体系である点、実験室規模のセルであってパック実装時には数値が下がる点、500サイクル後の容量維持率が72.1%とされる点には注意が必要だ。CATLも2025年5月時点で自社の全固体電池が最大500Wh/kg相当を達成可能としているが、こちらは独立検証を経ていない自社評価である。

業界の大勢としては、2026年型の機体は「半固体電池」を過渡的な選択肢として採用し、本格的な全固体電池の商用量産は2028〜2030年頃という見立てが標準的である。バッテリーがeVTOLの航続距離とペイロードを規定している以上、この時期が実質的に「都市内シャトルから都市間移動へ」の転換点になる。

6. 主要企業ステータス比較(2026年7月26日時点)

企業名 本拠地 認証・許認可の現状 商用化の現状 2026年後半の焦点
Joby Aviation 米国 4大レビュー中3番目のSR3監査完了。TIA用適合機が飛行開始 未商用。eIPPで最大11州の早期運航に参加予定 FAAパイロットによるTIA試験開始、トヨタとの量産体制構築
Archer Aviation 米国 4フェーズ中フェーズ3完了、フェーズ4進行中 未商用。有人トランジション飛行は未公開(無操縦では2024年に達成) 有人トランジション飛行の実施、UAE/米国での早期運航
EHang 中国 EH216-SはTC/PC/AC/OC全取得済み。VT35は基準策定段階 広州・合肥で有料運航を開始したが定常運航への移行は進行中。売上の約40%は空中メディア事業 商用運航の定常化、VT35型式証明、海外展開(タイ等)
AutoFlight 中国 貨物機CarryAllはTC/PC/AC取得済み。旅客機Prosperityは検証段階 貨物機は洋上輸送に実績。旅客機は未商用 Prosperityの型式証明、UAEでの認証取得
ARIDGE(旧XPeng AeroHT) 中国 飛行体の型式証明・生産証明はいずれも申請受理・審査中(取得済みではない) 未商用。予約受注7,000件超、うち中東600機 型式証明取得、先行納入開始
SkyDrive 日本 JCAB設計組織承認(ADO)取得済み。型式証明は申請段階 未商用。累計受注427機、実証飛行を継続中 大阪港バーティポート商用化、量産体制整備
Honda 日本 型式証明取得目標は2030年代初頭。実機大検証機で飛行試験開始 未商用。事業化目標は2030年頃 実機大検証機の試験継続、設計の具体化
Vertical Aerospace 英国 VX4は有人トランジション達成。量産機Valoは型式証明目標を2029年に再延期 未商用 Valoの詳細設計審査(CDR)完了
Volocopter 独(中国資本傘下) 2024年末に破産申請。資産は万豊グループが取得 独立企業としては実質消滅 Diamond Aircraft傘下での技術活用の行方
Lilium 2025年2月に2度目の破産、事業継続を断念 企業としては消滅。特許約300件はArcherが取得 (再建の見込みなし)

7. 2026年後半〜2027年の展望

白書が示した「2026年は完成の年ではなく、長期的な社会実装へのスタートライン」という見立ては、2026年後半に向けてより具体的な形を取りつつある。米国はJoby・Archerともに、型式証明の完全取得より先にeIPPという「型式証明前の限定運航」制度を使って実績づくりを始めており、完全な型式証明の取得は2026年末から2027年以降にずれ込む可能性が高い。中国は認証取得という点では依然として世界最先進だが、EHangの事例が示すとおり、認証と収益化の間には想定以上の距離がある。地方政府の認可、バーティポート整備、運航要員の確保といった実務的な制約が積み上がるためだ。欧州は独立系としてはVertical Aerospaceのみが残り、そのValoも2029年目標への後退に直面している。

日本はSkyDriveが2028年の商用化目標に向けて、認証(ADO取得)・インフラ(大阪港バーティポート)・オペレーター提携(JBZ、東北エアサービス等)の3方向で着実に地歩を固めており、Hondaのハイブリッド路線が2030年前後にもう一つの選択肢を提示する構図になっている。派手さはないが、認証と実運用体制を並行して積み上げるアプローチは、拙速な商用化がむしろ信頼を損なう可能性があるこの分野では合理的な選択と言える。

まとめ

2025年末の白書で描いた「米中が先行し、欧州が淘汰される」という構図は、2026年7月時点でほぼそのまま実現している。変わったのは、淘汰の帰結が明確になった点(Volocopterは中国資本傘下、Liliumは特許のみ現存)と、米中それぞれの「型式証明前でも飛ばす」実務的な工夫(米国のeIPP、中国の運航者証明先行取得モデル)が実際に動き始めた点である。

同時に見えてきたのは、認証を取ることと事業として成立させることが別物だという現実だ。世界で唯一有人eVTOLの全証明を揃えたEHangが、商用化の遅れを理由に大幅な業績予想の下方修正を受けているという事実は、この産業の難所が技術でも規制でもなく「日々飛ばし続けられる運航体制と、それを支える需要」にあることを示している。バッテリー技術という根本的な制約が解消されない限り、この構造は当面大きくは変わらないだろう。

日曜日, 5月 31, 2026

ホンダのeVTOL実機初飛行成功 ——空飛ぶクルマ業界に新たな挑戦者登場

2026年4月1日、ホンダが開発するeVTOL(電動垂直離着陸機)の実機技術実証機「F1」が、米カリフォルニア州サンルイスオビスポで初のホバリング飛行(飛行時間約90秒、機体重量約7,000ポンド=約3.1トン)に成功しました。サブスケール機による400回超の試験を経て、いよいよ実物大での飛行フェーズに突入。ホンダが挑むのは「空飛ぶタクシー」ではなく、航続距離400kmを目指す都市間空路という、他社とは異なる市場です。

1. 初飛行の詳細——何が起きたのか

Honda R&D(本田技術研究所)の先進技術研究所(HGRX)の責任者・小川厚氏(常務執行役員、Honda R&D Innovative Research Excellence COO)は、LinkedInへの投稿でこう伝えました。

「4月1日、カリフォルニア州サンルイスオビスポで、約7,000ポンドの実機技術実証機が約90秒の初飛行に成功した。昨年のドバイエアショーで共有したとおり、ホンダは着実に実機飛行試験フェーズへと前進している。これは2020年に始まった研究開発と、サブスケール機による400回超の飛行試験の上に築かれたものだ。」

Aviation Week(2026年5月28日、Graham Warwick記者)も「約7,000ポンドの無人eVTOL実証機が米国で初ホバリング飛行を完了した」と報じています。

ひとつ注意しておきたいのは、今回飛行したF1実証機の推進構成が純電動だという点です。ホンダはドバイエアショー(2025年11月)で「まず全電動構成で実機の飛行特性を検証し、その後ガスタービン・ハイブリッドシステムを統合する」という2段階アプローチを明らかにしていました。同じ機体にハイブリッドシステムを後から搭載するのか、別の2号機を製作するのかは現時点では未決定とのことです。

なお、今回の飛行は無人・遠隔操縦での実施です。Susumu Mashio(真塩享)eVTOL担当VP兼エグゼクティブチーフエンジニアはドバイで「人命は非常に貴重。パイロットを搭乗させる前に、あらゆることを完璧に仕上げたい」と話していました。まずはホバリング、そして遷移飛行(ホバリングから前進飛行への切り替え)、さらにハイブリッドシステム統合、という段階を着実に踏む設計思想が貫かれています。

公式プレスリリースは出ておらず、経営幹部のSNSと研究センター公式アカウントからの発信にとどまる点は、ホンダが「最初に市場へ出ること」を目標とせず、慎重かつ着実なアプローチを徹底していることの表れとも読めます。

2. Honda eVTOLとはどんな機体か——スペックと設計思想

主要スペック

項目 内容
実証機名称F1(Honda eVTOL技術実証機)
全長・全幅約15m(約49フィート)四方
機体重量約7,000ポンド(約3.1トン)
推進構成(実証機)純電動(リフトローター8基+リアプッシャー2基)
推進構成(製品版目標)ガスタービン・シリーズハイブリッド電動
航続距離(目標)約400km(249マイル)
乗員パイロット1名+乗客4名(計5名)
ターボジェネレーター(製品版)250〜300kW、100kg未満、長さ約79cm×直径約40cm、100% SAF対応
型式証明・商業就航目標2030年代前半(FAA)
開発拠点米カリフォルニア州サンルイスオビスポ(HRI-US)+埼玉県和光

「リフト+クルーズ」構成を選んだ理由

JobyやArcherなどの競合が採用する「ティルトローター」(ローターを傾けて揚力と推進力を兼用)と異なり、ホンダは揚力用8基・推進用2基という機能分離型を選びました。ホンダはティルトローターについて「1つのローターが揚力と推力の両方を担うため、危険な単一故障点を生む」と批判します。分散電動推進(DEP)により、1基が故障しても残りで安全に着陸できる冗長性を確保しています。また、前進翼と後退翼、翼端の垂直安定板を組み合わせた独自の翼配置が、ホバリングから前進飛行への「遷移」時のローター負荷を軽減するとしています。

なぜ「全電動」ではないのか

これがホンダのeVTOL開発における最大の設計判断です。ホンダのグローバルサイトには「今日も、おそらく20年後も、バッテリーだけで長距離を飛ぶことは難しい」と明記されています。現状のリチウムイオン電池のエネルギー密度では、実用的な数百kmの航続距離は得られない——これを開発当初から冷静に認識し、ガスタービンで発電してモーターを駆動するシリーズ・ハイブリッド方式を採用しました。

興味深いのは、2025年5月にVertical Aerospaceがハイブリッド機(航続約1,600km目標)への転換を発表するなど、業界全体がホンダの当初からの判断に追随し始めている点です。

3. 開発の軌跡——ステルスモードからの浮上

時期 内容
2020年〜Honda R&D内でeVTOL開発を本格開始(非公開)
2021年新CEO・三部敏宏氏のもとeVTOL開発を公式発表(「Vision 2030」の一環)
2022年〜サンルイスオビスポで1/3スケール実証機による試験飛行開始。計3機のサブスケール機を使い、2年間で400回超の飛行試験を実施。ホバリングから前進飛行への「遷移飛行」の成功や、リフトローター1基故障時の安全着陸も確認
2022年12月FAAがHonda Research Instituteへ電動回転翼機(登録番号N241RX)の証明書を発行(サブスケール機飛行試験の基盤整備)
2025年11月ドバイエアショーで初公開。キャビン実物大モックアップ、1/3スケール実証機、ターボジェネレーター実機を展示。「2026年3月頃に実機初飛行」を予告
2026年4月1日実機(F1)、サンルイスオビスポで初ホバリング飛行成功(約90秒、無人・遠隔操縦)。予告どおりのスケジュールで実現
2030年代前半(目標)FAA型式証明取得・商業就航

4. ホンダの強みと技術的優位性

① HondaJetで培ったFAA認証ノウハウ

ホンダのグローバルサイトが誇るのは「機体とエンジン双方でFAA認証を取得した世界唯一の企業」という点です。HondaJet(HA-420)とGE Honda Aero Engines(GEとの合弁)によるHF120エンジンがその実績です。小川厚氏はThe Air Currentのインタビューで「HondaJetから型式証明取得キャンペーンについて長い経験を積んできた。それが非常に困難であることも知っている」と語っています。スタートアップがFAA認証プロセスを初めて学ぶ中、ホンダは既にそのノウハウを持っています。

② F1モータースポーツ由来の技術

ホンダのグローバルサイトは「F1™のパワーユニット技術を超高回転発電機に応用」「F1™のシミュレーション解析技術・設備を空力開発に活用」と明記しています。eVTOLが必要とするスピード域と気流の乱れは、旅客機よりもF1マシンに近いとも説明しています。ターボジェネレーターは数万回転で動作し、通常の量産ハイブリッド車のそれとは桁違いの出力密度を実現します。

③ モーター・バッテリー・エネルギーマネジメント技術

ホンダは二輪・四輪の電動化で培ったモーター技術、Honda SENSINGに代表される安全技術、そしてロボティクス分野での知見を横断的に活用しています。

5. 競合比較——ホンダはどこに位置するか

eVTOL業界は2025〜2026年に大きな転換点を迎えています。競合各社の現状を俯瞰してみましょう。

企業 機体 推進方式 航続距離(目標) 2026年5月時点の状況
HondaF1(実証機)ハイブリッド(実証機は純電動)約400km実機初飛行成功(26年4月)。型式証明は2030年代前半目標
Joby AviationS4純電動・ティルトローター約150マイル(約240km)2025年に850回超・累計5万マイル超飛行。2026年中の旅客運航・TIA試験段階
Archer AviationMidnight純電動・ティルトローター実用20〜80マイル(最大約160km)UAE・米国で飛行試験継続。2026年商用運航目標でJobyの6〜12ヶ月遅れ
SkyDriveSD-05純電動・マルチローター短距離(5〜15km程度)2026年4月にJCABよりADO(設計機関承認)取得。2028年商業運航目標
EHangEH216-S純電動・自律約30km世界初のeVTOL全規制認証取得(TC・PC・AC・OC)。中国で有料商用運航中
LiliumLilium Jet純電動・ダクテッドファン約155マイル(約250km)破綻 2025年2月に2度目の倒産申請。事業停止
VolocopterVoloCity純電動・マルチローター約22マイル(約35km)2024年12月に倒産申請。暫定手続き下で再建を模索
Wisk(Boeing)Gen 6純電動・自律未公表2025年12月に初飛行。FAA eIPPパイロットプログラム参加

※ 航続距離は各社発表の目標値または最大値。実用運航距離は大幅に異なる場合があります。

「早い者勝ち」vs「正しく作る」——戦略の分岐

Jobyが2025年に前年比2.6倍の850回超の飛行試験を実施し、2026年の旅客運航と型式証明取得の最終段階にある一方、ホンダの就航は2030年代前半とされます。単純比較で数年遅れていますが、ターゲット市場が異なります。

JobyとArcherが主に狙うのは、空港〜都市中心部の短距離(約100km以内)の「都市内エアタクシー」。ホンダが目指す400kmは、東京から大阪、あるいはパリからロンドンに近い距離感です。純電動機が「都市内タクシー」で競う一方、ホンダは「都市間リージョナル輸送」という別の土俵で勝負しようとしています。

6. eVTOL業界の「淘汰の時代」——業界全体の動向

破綻が相次いだ欧州勢

2025年は業界の分岐点となりました。ドイツのLilium Aerospaceは2025年2月21日に2度目の倒産申請に追い込まれました(1度目は2024年10月)。Mobile Uplift Corporation連合による約2億ユーロの出資が不履行となり、約1,000人が職を失います。同じくドイツのVolocopterも2024年12月に倒産申請し、2025年以降の再建を目指して暫定倒産手続き下で操業を続けています。欧州では政府支援の不足が致命的となり、米国・中国に水をあけられた格好です。

米国——FAA主導のeIPP

米国では2026年3月、FAA・運輸省がトランプ大統領令に基づく「eVTOL統合パイロットプログラム(eIPP)」で30件超の応募から26州にまたがる8件を選定。Joby・Archer・Wisk等が参加し、型式証明取得前の機体でも実空域での運航データ取得が許可されます。運航開始は2026年夏(契約署名後90日以内)が見込まれています。

中国——EHangが世界初の全認証を達成

中国のEHangは2023年10月に中国民用航空局(CAAC)から世界初のeVTOL型式証明(TC)を取得。さらに2025年3月30日には運航者証明(OC)も取得し、世界で唯一eVTOLの「全規制認証セット」を揃えた企業となりました。広州・合肥で有料の観光フライトを提供していますが、航続約30kmという制約から用途は短距離・低空に限定されています。

日本——大阪万博を契機に加速

2025年に開催された大阪・関西万博では、Joby S4(ANA塗装)が2025年9月〜10月に41回の公開飛行を実施(Joby公式発表)。SkyDriveも2025年8月にSD-05の実証飛行を行いました。万博後の2026年5月現在、SkyDriveは大阪府・市・大阪メトロ・Soracle・丸紅らとOsakako Vertiport商業運航コンソーシアムを形成し、2028年の商業就航を目指しています。また、東京都は2026年度に沿岸・河川エリアでのeVTOLデモ飛行を予定しています。

7. ホンダeVTOLのリスクと課題

① ハイブリッド認証の前例がない

FAAはこれまでハイブリッド電動eVTOLの型式証明を付与した経験がありません。小川氏は「FAAはハイブリッドの認証経験がない。実際的なアプローチを協議中だ」と述べています。純電動機に比べてシステムの複雑度が増し、認証に要する時間・コストも未知数です。

② 実機へのハイブリッド統合はこれから

今回の初飛行は「純電動」構成。本来の差別化要素であるガスタービン・ハイブリッドシステムの実機搭載・統合はこれからです。同じF1機体に後付けするか、2号機を製作するかも未決定。ここで新たな技術的課題が生じる可能性は排除できません。

③ 後発のタイミング

JobyとArcherが2026年の商用運航を目指す中、ホンダの就航は2030年代前半で数年の差があります。先行企業が市場・ブランド・規制当局との関係を固める間に、ホンダは認証プロセスを進めなければなりません。

④ 「誰が使うのか」という根本的な問い

eVTOL業界が共通して抱える課題として、「都市渋滞の解決策になるのか」「運賃は誰が払えるのか」という問いがあります。ホンダ自身、Mashio氏が「顧客にどんな本質的な価値を提供できるかを決める必要がある」と述べており、ビジネスモデルは現在も検討中です。

8. 日本市場とホンダの可能性

ホンダは現時点で、日本市場への展開時期を明示していません。まず米国でFAA認証を進めるアプローチを採っています。ただし、日本は世界でも先進的なeVTOL市場として浮上しつつあります。

  • SkyDrive:スズキの工場で製造し、2028年商業運航目標。JCABと認証計画合意済み
  • ANA × Joby:合弁JVを設立し、日本全国に100機超の展開を目指す
  • JAL × Archer(Soracle):Midnightを最大100機発注。大阪・関西で運航予定
  • 大阪・関西万博後継地:関経連が2035年に大阪湾周辺で100機規模の商業運航を目指す

ホンダが日本でeVTOLを運航する場合、航続400kmというスペックは東京〜大阪や、主要都市から地方拠点を結ぶ「地域間」ルートに適します。HondaJetで国内の顧客基盤を持つ強みも活かせる可能性があります。ただし、JCABへの型式証明申請は現時点では未発表であり、日本上空を飛ぶのはまだ先の話です。

9. 今後5〜10年の見通しと注目マイルストーン

2026〜2027年:遷移飛行の成功が最初の試金石

今回の「ホバリング成功」は大きな一歩ですが、eVTOLの真の技術的難関は「ホバリングから前進飛行への遷移(Transition)」です。この段階で揚力用ローターから翼の揚力へとシームレスに切り替える必要があります。サブスケール機ではすでに遷移飛行を達成していますが、実機での遷移成功が次の重要マイルストーンです。

2027〜2028年:ハイブリッドシステムの実機統合

ホンダの最大の差別化要素であるガスタービン・ハイブリッドを、実機に統合して飛行させる段階。ここではターボジェネレーターとモーター・バッテリーのエネルギーマネジメントが試されます。この段階でのパフォーマンスデータが、「本当に400kmを目指せるか」の答えを示します。

2028〜2030年:FAAとの認証基準の確立

ハイブリッド電動eVTOLに対する認証基準をFAAと合意する段階。これが後ろ倒しになるリスクが最も高い関門です。

2030年代前半:商業就航

FAA型式証明取得と商業就航。ホンダの目標値ですが、航空業界では計画より遅延するケースがほとんどです。HondaJet自体も開発から認証まで10年以上を要しました。「2035年前後」を現実的な目標と見る専門家もいます。

まとめ:ホンダのeVTOLを評価するための3つの視点

  1. 競合ではなく「別市場」:Joby・Archerの都市内短距離タクシーとホンダの都市間400kmは市場が異なる。どちらが勝つかより、両方の市場が成立するかが問われる
  2. 認証の実績は本物:HondaJetでのFAA機体・エンジン双方の認証実績は、スタートアップとの明確な差別化。遅れているのではなく「丁寧に進んでいる」
  3. ハイブリッドへの統合が最大の関門:純電動での初飛行成功は「第1章の終わり」。ガスタービン・ハイブリッドの実機統合が成功して初めて、ホンダのeVTOLの真価が問われる

主要参考ソース:Aviation Week(Graham Warwick, 2026年5月28日)、Urban Air Mobility News(2026年5月29日)、小川厚氏LinkedIn投稿(2026年5月)、Joby Aviation公式プレスリリース(2025年12月15日)、AeroTime(2025年11月21日)、SkyDrive公式プレスリリース(2026年4月20日)、The Air Current(Honda R&D Ogawa interview)、FlightGlobal(2025年12月)。

土曜日, 12月 27, 2025

2026年 電動垂直離着陸機(eVTOL)産業白書

 

エグゼクティブサマリー

2025年は、世界のeVTOL(Electric Vertical Take-Off and Landing:電動垂直離着陸機)産業にとって、期待と現実が交錯する歴史的な分水嶺となった。2025年大阪・関西万博での実証飛行や、欧米における認証プロセスの進展を経て、明確な勝者と敗者を選別するフェーズへと突入した。

米国勢(Joby Aviation、Archer Aviation)は、FAAとの緊密な連携と製造パートナーシップの確立により、2026年の商用運航開始を現実的な視野に捉えている。中国のEHangは、CAACSから世界初の運航者証明(OC)を取得し、試験的商用運航を開始した。

対照的に、欧州勢は厳しい状況に直面している。ドイツのVolocopterは2024年12月26日に破産申請を行い、2025年3月には全従業員が解雇された。Liliumも2025年2月に2度目の破産申請を行い、事業停止に追い込まれた。さらに、AirbusがCityAirbus NextGenプログラムの一時停止を発表したことは、バッテリー技術の成熟度に関する根本的な課題を浮き彫りにした。

第1章 序論:eVTOL産業の進化と2025年の位置づけ

1.1 ハイプ・サイクルからの脱却

過去10年間にわたり、eVTOL産業は過度な期待(Hype)と巨額のベンチャーキャピタル投資によって牽引されてきた。2020年から2021年にかけてのSPAC(特別買収目的会社)ブームにより、Joby Aviation、Archer Aviation、Lilium、Vertical Aerospaceといった企業が相次いで上場を果たし、市場には数十億ドルの資金が流入した。

しかし、2025年を迎えた時点で、この産業は「幻滅期」を経て「啓蒙活動期」へと移行しつつある。物理的な製品(航空機)の完成度が問われる段階に入り、実際の飛行データ、認証進捗、そして製造能力が企業価値を決定づける唯一の指標となった。

1.2 2025年の地政学的シフト

2025年はまた、eVTOL開発の中心地が欧州から米国および中国へと決定的にシフトした年でもあった。米国はFAA(連邦航空局)による柔軟かつ実用的な認証アプローチと、国防総省(DoD)によるAFWERXプログラムを通じた軍事利用の模索が、民間開発を強力に下支えした。

中国は、国家戦略としての「低空経済(Low-Altitude Economy)」推進により、CAACSが世界に先駆けて無操縦航空機の型式証明および運航者証明を交付するなど、商用実装において他国を圧倒するスピードを見せている。

第2章 2025年大阪・関西万博:産業界のストレステスト

2025年大阪・関西万博は、eVTOL産業にとって技術のショーケースであると同時に、実運用における課題を洗い出す過酷なストレステストの場となった。

2.1 参加企業の明暗と運用実績

Joby Aviation:安定した運用能力の実証

Joby Aviationは、万博会場および富士スピードウェイにおいて、期間中に41回以上の有人デモンストレーション飛行を成功させた。同社は2025年だけで850回以上の飛行を実施し、累計50,000マイル(約8万キロ)以上の飛行実績を達成した。これは前年比2.6倍の増加であり、FAA型式証明の最終段階であるTIA(Type Inspection Authorization)飛行試験に向けた重要なデータ蓄積となった。

Jobyの成功の背景には、筆頭株主であり戦略的パートナーであるトヨタ自動車の存在がある。2025年5月には、トヨタから2億5,000万ドルの戦略的投資の第1弾を受領し、製造提携の強化を進めている。

SkyDrive:着実な実証飛行の完遂

日本のスタートアップであるSkyDriveは、2025年4月9日のメディアデーで初の公開デモ飛行を実施し、7月31日から8月24日までの夏季期間に万博会場のEXPOバーティポートで連続的な実証飛行を完遂した。SD-05機体は無人・遠隔操縦方式で、高度4メートル、飛行時間3分程度のデモンストレーションを安全に実施した。

さらに9月には、大阪メトロが運営する「大阪港バーティポート」での追加飛行を実施。これは都市部の住宅地近接エリアでの飛行という点で、社会受容性向上に向けた重要な一歩となった。同社は2028年の商用運航開始を目指している。

LIFT Aircraft:インシデントと教訓

米国のLIFT Aircraftは、1人乗りマルチコプター「HEXA」による飛行展示を行ったが、2025年4月26日のデモ飛行中にモーター取り付け部のカバー2枚が脱落するインシデントが発生した。幸い、HEXAは18個のローターを持つ分散電気推進システムの冗長性により安全に着陸し、人的被害はなかった。

【重要な修正点】調査の結果、原因は部品サプライヤーが「設計仕様と異なる材質」の部品を誤って納入したことにあると判明した。LIFTはこの部品を交換し、受入検査・品質管理プロセスの監査と改善を実施。7月9日から11日に安全確認試験を完了し、7月12日から飛行を再開した。

Vertical Aerospace:実機飛行の見送り

英国のVertical Aerospaceは、丸紅と提携して「VX4」の飛行を目指していたが、英国での飛行試験状況を考慮し、万博での実機飛行は見送りとなった。代わりに8月以降、「Advanced Air Mobility Station」でVX4のキャビン体験展示が行われた。

第3章 欧州eVTOL産業の崩壊と再編

2025年、欧州のeVTOL産業は壊滅的な打撃を受けた。これは単なる個別の経営失敗ではなく、欧州独自の規制環境、投資文化、そして技術選択が複合的に絡み合った構造的な敗北であった。

3.1 Volocopterの破産

【重要な修正点】Volocopterは2024年12月26日にカールスルーエ地方裁判所に破産申請を行った(レポート原案では「2025年12月26日」と記載されていたが、正確には2024年12月26日である)。2025年2月末までに再建計画を策定する予定であったが、投資家確保に難航。2025年3月3日には約450名の全従業員に解雇通知が出され、正式な破産手続きに移行した。

  • パリ五輪での蹉跌:2024年パリ五輪での商用運航を至上命題としていたが、認証が間に合わず、投資家の失望を招いた。

  • 技術的限界:マルチコプター型は航続距離と速度において物理的な限界があり、投資家はより市場規模の大きい都市間移動市場への選好を強めた。

  • 資金調達の困難:業界最低水準の資金消費率を維持していたにもかかわらず、追加資金の確保に失敗した。

3.2 Liliumの破綻

【重要な修正点】Liliumは2024年10月に最初の破産申請を行い、2024年12月24日にMobile Uplift Corporation(MUC)による2億ユーロ以上の救済合意が発表された。しかし、約束された資金(特にスロバキアの投資家からの1.5億ユーロ)が実現せず、2025年2月21日に2度目の破産申請を行い、事業停止となった。

Liliumの独自のダクトファン推進方式は、巡航時の効率は高いものの、離着陸(ホバリング)時のエネルギー消費が極めて激しく、現状のバッテリー技術との乖離が開発タイムラインの破綻を招いた。

3.3 Airbusの戦略的撤退

【重要な修正点】Airbus Helicoptersは2025年1月27日に「CityAirbus NextGen」プログラムの一時停止を発表した。Bruno Even CEOは、バッテリー技術が目標とするミッション(80-100kmの航続距離)を達成するには「成熟度が不十分」であると説明した。

2024年11月に初飛行を成功させたCityAirbus NextGenの飛行試験は2025年中は継続されるが、その後プログラムは一時停止される。Airbusは、バッテリー技術の進化を待つ「賢明な待機」を選択したと言える。

第4章 北米市場の躍進:実用化へのラストマイル

4.1 FAA eVTOL統合パイロットプログラム(eIPP)

2025年9月、米国運輸省とFAAはeVTOL Integration Pilot Program(eIPP)を発表した。これは、FAA型式証明の完全取得前でも、成熟したeVTOL機体が特定市場で運航を開始できるようにする大規模な官民連携プロジェクトである。2028年ロサンゼルス五輪に向けた本格運航を見据えている。

4.2 Joby Aviation:垂直統合とトヨタ方式の融合

Joby Aviationは、FAA型式証明プロセスにおいて業界をリードしている。2025年末時点で、TIA(Type Inspection Authorization)飛行試験の開始に向けた最終段階にある。

  • 飛行実績:2025年だけで850回以上の飛行、9,000マイル以上をカバーし、4,900以上のテストポイントを完了

  • 製造能力拡張:2025年12月、米国内の製造能力を倍増する計画を発表。2027年までに月産4機以上の体制構築を目指す

  • 商業展開:Delta航空、Uberとの提携により、2026年の旅客輸送開始を目指す。Blade Urban Air Mobilityを買収し、運航基盤を強化

4.3 Archer Aviation:多角的市場戦略

Archer Aviationは「Midnight」機体を用い、United航空との提携を軸に展開。シカゴのオヘア国際空港と市内を結ぶルートを2026年に開設予定。また、UAEでの早期運航にも注力しており、米国での認証遅延リスクをヘッジしている。

第5章 中国市場の独走:EHangの実装力

5.1 世界初の運航者証明と商用運航の実態

【重要な修正点】EHangの無操縦航空機「EH216-S」は、CAACSから型式証明(TC)、生産証明(PC)、耐空証明(AC)を取得済みであった。2025年3月28日、CAACSは民間有人無操縦航空機として世界初の運航者証明(OC)を、EHangの完全子会社および提携オペレーターに交付した。

2025年第2四半期以降、広州と合肥で試験的商用運航を開始し、700回以上の安全な飛行を完遂。2025年内に一般向け商用サービスの開始を目指している。

5.2 財務実績と将来展望

【重要な修正点】レポート原案では「2025年第2四半期に売上高1億4,720万人民元(前年同期比916%増)」と記載されていたが、実際の2025年Q2売上高は1億4,720万人民元で、前年同期比44.2%増、前四半期比464.0%増である。

EHangは2025年通期の売上高ガイダンスを約5億人民元(約100億円)に設定。第3四半期には次世代機「VT35」(リフト・プラス・クルーズ型、航続距離約200km)の初号機を納入し、都市間移動市場への参入を本格化している。

第6章 日本市場のロードマップ

日本政府は、2025年万博を契機に、2027-2028年頃の本格的な商用運航を目指すロードマップを推進している。

6.1 SkyDriveの進捗

SkyDriveは、スズキとの製造連携により量産体制を整えつつある。2024年3月にスズキの工場で生産を開始し、2028年の商用サービス開始を計画している。大阪メトロとの提携による森之宮エリアでの商用運航、JR九州との提携による別府湾上の遊覧飛行など、具体的な事業計画が進行中である。

6.2 東京都のeVTOL実装プロジェクト

東京都は「eVTOL実装プロジェクト(フェーズ1)」においてSkyDriveとJoby Aviationを選定。ウォーターフロントエリア等での実証から実装への移行を進めている。

第7章 技術トレンドと課題

7.1 バッテリー技術の課題

現在のeVTOL産業が抱える最大のアキレス腱はバッテリーである。現行のリチウムイオン電池(エネルギー密度250-300 Wh/kg)では、ペイロードと航続距離のトレードオフが厳しく、Airbusが指摘したように「経済的なミッション」の達成が困難な状況にある。

全固体電池(400-500 Wh/kg)の実用化が期待されており、中国の東風汽車やSamsungなどが2026年の投入を目指している。EHangもGotion High-Techとの戦略的パートナーシップにより、高エネルギー密度円筒形電池システムの共同開発を進めている。

7.2 チケット価格の現実

初期のチケット価格は、多くのメディアが報じてきた「タクシー並み」にはならない。現在の技術と運用規模では、プレミアムサービスとしての位置づけとなり、大衆化には自動操縦(パイロット人件費の削減)、バッテリー寿命の延長、機体量産による規模の経済の実現が必要となる。

第8章 2026年の展望と結論

8.1 2026年の予測シナリオ

  • 米国:JobyとArcherがFAA型式証明を取得し、eIPPの下で限定的な旅客輸送を開始する可能性が高い

  • 中国:EHangが一般向け商用運航を本格化し、VT35による都市間移動市場に参入

  • 欧州:残存するスタートアップの資産売却・買収が進む再編期

  • 日本:万博後の実装フェーズに移行し、複数都市でのインフラ整備が具体化

  • 中東:UAEが世界で最も早く「エアタクシーが空を飛ぶ日常」を実現する都市となる可能性

8.2 結論

2026年は、eVTOL産業にとって「真実の瞬間」となる。多くの企業が消え去り、あるいは吸収された。しかし、この過酷な淘汰プロセスを生き残ったJoby、Archer、EHang、そして日本のSkyDriveといった企業は、航空史における新たな章を開こうとしている。

投資家や産業界は、2026年を「完成の年」ではなく、「長期的な社会実装へのスタートライン」として捉えるべきである。Airbusの「一時停止」判断が賢明な待機であったのか、それともイノベーションの波に乗り遅れた失策であったのか、その答えもまた、2026年からの数年間の市場の審判によって明らかになるだろう。

付録:主要企業のステータス比較表(2025年末時点)

企業名

本拠地

機体タイプ

認証状況

2026年展望

Joby Aviation

米国

Tilt-prop

FAA TIA段階へ

型式証明取得、商用運航開始

Archer Aviation

米国

Tilt-prop

FAA認証進行中

UAE/米国での商用運航

EHang

中国

Multicopter

CAAC全証明取得

一般向け商用運航本格化

SkyDrive

日本

Multicopter

JCAB/FAA申請中

型式証明取得へ向け前進

Volocopter

ドイツ

Multicopter

破産(全員解雇)

投資家探索継続中

Lilium

ドイツ

Ducted Fan

2度目の破産(事業停止)

再建可能性極めて低い

Airbus

欧州

Multicopter

プログラム一時停止

バッテリー技術の進化待ち