はじめに
富士山は江戸時代の宝永噴火以来、大規模な噴火を起こしていません。しかし気象庁や中央防災会議は将来の噴火リスクに備え、広域降灰のシミュレーションや対策ガイドラインを公表しています。火山灰は乾燥状態では絶縁体ですが、雨で濡れると導電性を持ち電気設備をショートさせる危険があります。政府の広域降灰ガイドラインによれば、雨を伴う3 mm(0.3 cm)の火山灰が送電用碍子に付着すると絶縁性能が低下しフラッシオーバ(絶縁破壊)が起きて停電を誘発し、数 cmの堆積で火力発電所の吸気フィルターが詰まり出力が低下することが報告されていますbousai.go.jpbousai.go.jp。鉄道はわずかな降灰でも運行停止し、自動車道路は乾燥時10 cm・湿潤時3 cmの灰で通行不能になりますbousai.go.jp。このようなライフラインの脆弱性は、データセンター(DC)やITサービスの継続にも大きな影響を与えます。
国内データセンターの配置状況
集中する立地
政府のデジタル基盤整備調査資料によると、国内のデータセンターの約6割が関東地方に集中し、約2割が関西圏に集中していますcas.go.jp。特に千葉県印西市や茨城南部、埼玉東部、東京湾岸などには大規模なDCクラスターが形成されており、印西市では複数事業者が数十棟規模のハイパースケールDCを建設していますassets.cushmanwakefield.com。
2025 年時点で国内に存在するDCの数は、2024 年3 月時点の調査で219か所と報告されており、アメリカの 5,381 か所や欧州 2,100 か所と比べて遥かに少ないことが分かりますit-trend.jp。民間調査でも、首都圏に6割程度が集中していることが指摘され、政府は災害リスク低減のため東京・大阪以外に第3・第4の中核拠点を整備する方針を示していますit-trend.jp。
地域別のシェア(2023~2024 年)
地域 | データセンターシェア(概算) | 特徴 |
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関東 | 約61 % cas.go.jp | 東京湾岸・千葉印西・埼玉東部・茨城南部に大規模クラスター。政府調査では IX(インターネット交換拠点)も同じ地域に集中しているため、一極障害で全国のトラフィックが滞る懸念cas.go.jp。 |
関西 | 約24 % cas.go.jp | 大阪府北部(彩都・吹田)、京都南部に集積。富士山からの降灰シナリオでは直接的な影響が小さいが、東名阪間の電力・物流ひっ迫の連鎖影響を受ける可能性。 |
中部・名古屋 | 約5 % assets.cushmanwakefield.com | 名古屋周辺に散在。 |
北海道・東北 | 3〜4 % assets.cushmanwakefield.com | 石狩・仙台など。富士山噴火の一次影響は小さく、ディザスタリカバリ(DR)拠点として注目。 |
九州・沖縄 | 約3 % assets.cushmanwakefield.com | 熊本・福岡・沖縄など。 |
その他(中国・四国) | 約2 % assets.cushmanwakefield.com | 地域分散に向けた新規投資が進行中。 |
国内DCの地域偏在は、単一の災害で全国のITサービスに連鎖的な障害を引き起こすリスクを高めます。特に東京東側~千葉印西エリアは、富士山からの西風に乗った火山灰の直撃を受けやすいと想定され、危険度が高いと考えられます。
火山灰がデータセンターにもたらす影響メカニズム
電力系統の脆弱性
・送電・配電線の絶縁低下:雨で湿った火山灰が碍子に付着すると、わずか**0.3 cm(3 mm)**の堆積でも絶縁性能が著しく低下しフラッシオーバを引き起こしますbousai.go.jp。停電が発生すると非常用発電機に切り替わりますが、発電所や配電設備も火山灰の影響を受けるため、供給力が減少します。
・発電所の出力低下:火力発電所は吸気フィルタを通して外気を取り込むため、火山灰の堆積が2 cm程度でフィルタ交換頻度が10日ごとに増加し、出力が20〜30%低下することが報告されていますbousai.go.jp。6 cmの灰が堆積すると運転が困難になり、広域停電が長期化する可能性があります。
データセンター設備への直接影響
データセンターは屋内にあるため建物への直撃を受けにくいものの、火山灰は
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空調・冷却装置のフィルター詰まり:外気取り入れ口や冷却塔の熱交換フィンに火山灰が堆積すると、冷却効率が低下し機器が過熱停止するリスクが高まります。専門機関は、データセンターでは屋根を補強し、火山灰を検知すると外気取り入れを止めて空冷空調機だけを運転する対策が実施されているケースを紹介していますntt-f.co.jp。
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非常用発電機の吸気障害:非常用発電機や無停電電源装置も外気を必要とするため、吸気フィルタの目詰まりが起こると稼働時間が短くなります。火山灰が長期に降り続く場合はフィルタ交換や洗浄が必要で、予備の在庫がないと発電機が停止する恐れがありますntt-f.co.jp。
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屋上に積もる荷重:火山灰は水を含むと高密度になり、積雪のように屋根に荷重を与えます。建屋の構造が脆弱だと、30 cm程度の灰で木造家屋が倒壊する恐れがありbousai.go.jp、データセンターでも屋根強度の確認が必須です。
物流と人員確保
降灰は交通インフラを麻痺させます。政府ガイドラインは、乾燥状態で10 cm・雨天で3 cmの火山灰で道路の通行が不可能になると示していますbousai.go.jp。鉄道も微量の降灰で停止し、地下鉄は換気設備への灰侵入で運行を制限しますbousai.go.jp。その結果、燃料や予備フィルタ、飲料水などの補給が滞り、保守要員の現地入りも困難となります。通信回線も、基地局アンテナへの灰堆積と停電によりサービスエリアが縮小し、輻輳が発生しますbousai.go.jp。
被害予測:富士山噴火が引き起こすITサービスへの影響
時系列シナリオ
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噴火直後〜24 時間:西風に乗った火山灰が首都圏に達し、鉄道・航空が停止。自動車も低速化。データセンターは外気を遮断し非常用発電機で稼働を継続するが、利用企業やエンドユーザーは在宅避難を余儀なくされ、通信トラフィックが急増する。基地局の輻輳や灰付着による減衰が生じ、アクセス品質が低下するbousai.go.jp。
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1〜4日目:降灰が続き厚さが数 mm〜数 cmに達すると、送電網でフラッシオーバが発生し広域停電が始まるbousai.go.jp。火力発電所の出力低下により電力供給はさらに逼迫するbousai.go.jp。非常用発電機や空調のフィルタが目詰まりし、交換部材や燃料を補給できないデータセンターではダウンタイムの発生が避けられない。東京のインターネット交換拠点や大手クラウドのリージョンが停止すれば、トラフィックは大阪や海外リージョンへ迂回するが、関東に集中的に配置されたIXが停止すると全国のトラフィック伝送が困難になると政府資料は警告しているcas.go.jp。
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5日目以降:道路や鉄道の除灰が進むが、灰が乾湿を繰り返し再飛散するため復旧は遅れる。データセンターの屋内設備の清掃とフィルタ交換には専門技術者が必要で、部材調達が平常化するまで部分的な復旧に留まる可能性が高い。
ITサービスへの具体的な影響
国内サービスの停止リスク
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クラウドサービス/基幹システムの停止:AWS、Google Cloud、Azure など主要クラウドサービスは東京・大阪リージョンの冗長構成を採用しているが、大手顧客の多くは東京リージョンにプライマリを置いている。関東のDCが広範に停止すると、多数のシステムが大阪や海外リージョンへのフェイルオーバを強いられ、パフォーマンス低下や追加コストが発生する。オンプレミスのコロケーションや金融機関の勘定系などは、東西フェイルオーバが未整備である場合に一時停止する可能性が高い。
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金融機関やECの決済処理:決済ネットワークや証券取引システムはミリ秒単位の遅延に敏感である。関東のデータセンター停止が連鎖すると、決済処理が滞り、店舗やオンライン決済が一時的に利用できなくなる。NTTデータなどが警告しているように、金融機関のBCPには富士山降灰への具体的な準備が必須とされている。
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メディア・SNSへの影響:ユーザー数の多いSNSや動画配信サービスもKantoリージョンを中心に運用している場合が多く、一時的にサービス提供が不安定になる。バックボーン回線が関東で寸断されるため、アクセスの迂回が難しくなる。
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データ保護・DRの課題:2011 年の東日本大震災以降、多くの企業が遠隔地バックアップを導入しているが、依然として東京圏単独のDR構成が残っている。降灰による物流停止はバックアップ媒体の輸送も止め、データ復旧が遅れる。
広域災害とITサービスの相互作用
大量のデータセンター停止は、単に特定企業の障害に留まらず、社会全体のデジタル依存度を暴露します。オンライン行政手続き、リモートワーク、物流マネジメント、医療システムなど幅広いサービスが影響を受けるため、国民生活そのものが混乱する可能性があります。
対策と提言
データセンター事業者向け
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外気取入れの制御とフィルタ在庫の確保:複数段階のフィルタ(粗塵プリフィルタ+本フィルタ)と正圧化を採用し、プレフィルタを大量に備蓄する。火山灰検知センサーにより外気弁を閉じる設計を導入し、空冷空調機の運転モードへ切り替えるntt-f.co.jp。
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屋根・構造補強と排灰計画:灰荷重に耐える屋根補強や排水システムを備え、灰の仮置き場と除去手順を事前に決める。雨水と灰が混じると腐食が進むため、除灰は早期に行う必要があるntt-f.co.jp。
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非常用電源と燃料・水の調達多重化:施設内で72~120 時間連続運転できる燃料と工業用水を備蓄し、東西別ルートからの燃料・水供給契約を締結する。フィルタや発電機消耗品の西日本側倉庫への分散保管を行う。
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人員の籠城準備と遠隔監視:交通遮断に備えてスタッフが施設内で48〜72 時間滞在できる装備(食料・睡眠・衛生・PPE)を整え、遠隔からの運用ができるよう監視制御システムを強化する。
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広域DR/マルチサイト化:東京・大阪間でアクティブ/アクティブ構成を標準とし、北海道・東北などへのウォーム/コールドサイトを設置する。DNSやAnycastを活用して自動的に最寄りの健全リージョンへトラフィックを誘導し、バックホールの帯域と逆方向通信(東→西)の増強を図る。
ITサービス利用企業・自治体向け
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BCPの更新:自社システムがどのデータセンターに配置されているかを把握し、富士山降灰シナリオを想定した事業継続計画(BCP)を改訂する。特にオンプレミス機器の多い金融・自治体系システムでは、災害時に大阪や北海道のクラウド/コロケーション環境へ切り替える訓練が必要。
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通信インフラの多重化:光回線、モバイル、衛星回線など複数経路の通信を確保し、冗長ルートを検証する。ユーザー側の拠点もUPSや小型発電機を備え、インターネット接続の維持に努める。
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データの分散保管とクラウド活用:バックアップデータは地理的に離れた複数拠点に保管し、外部クラウドサービスを活用する。クラウド利用時も東京・大阪両リージョンでリソースを予約し、災害時の切替手順を整備する。
行政・社会全体への提言
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デジタル田園都市構想の加速:政府が推進するデータセンターの地方分散計画を加速させ、富士山噴火など特定地域に依存したリスクを低減する。5 年程度で10 数か所の地方拠点を整備する計画が進んでいるit-trend.jp。
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広域交通・物流の優先確保:大動脈道路や緊急輸送路を灰除去の優先対象とし、ライフラインの復旧を迅速に行う体制を整備する。燃料や医薬品、IT機器の輸送を担う民間企業との連携を深める。
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国民への情報提供:噴火時には道路閉鎖や停電などの予測情報を発信し、企業や住民が適切に避難・備蓄準備できるようにする。ITサービス利用者には、システム停止時の代替手段(電話窓口、代替サイトなど)を周知する。
おわりに
富士山噴火シナリオは単なる地学的懸念ではなく、デジタル社会の根幹を支えるデータセンターとITサービスに直接的な影響をもたらす現実的なリスクです。国内DCの約6割が首都圏に集中し、物流・電力・通信が同時に制約される状況では、単一災害でも全国的なサービス停止を引き起こしかねません。技術的対策と運用対策、そして地域分散とマルチサイト設計に投資することが、企業と社会のレジリエンスを高める鍵となります。