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金曜日, 9月 11, 2026

Googleの「来月」は何日あるのか——Gemini 3.5 Pro、4か月目の「coming soon」

「すでに社内での活用が始まっており、来月には皆さまにお届けできる予定です」。Googleが2026年5月19日、Google I/Oに合わせた公式ブログでGemini 3.5 Proをこう予告してから、まもなく4か月が経ちます。カレンダーを何度めくっても、その「来月」はまだ来ていません。

待っている間に、GoogleはFlash系モデルを4本とサイバー特化モデルを2本出し、DeepMindのトップが交代し、株価は二度大きく揺れ、MetaのAI責任者からは「gemini who?」と二度もいじられました。フラッグシップ不在の夏は、単なる製品スケジュールの遅れを超えて、Googleの開発体制そのものが問われる出来事になっています。

先に結論を書きます。2026年9月11日時点で、Gemini 3.5 Proは未リリースです。Google DeepMindの公式モデルページには「3.5 Pro coming soon」の表示が残っており、中止は発表されていません。一方でWall Street Journalは、社内の3.5 Pro候補が「Flashを十分に上回らなかった」ために破棄されたと報じ、Google自身も次世代Gemini 4の事前学習を公表しています。つまり、今の焦点は「3.5 Proはいつ出るか」から「3.5 Proは欠番になるのか」へ移りつつあります。本記事では、確認済みの事実と噂を分けながら、この夏の顛末と今後を整理します。

本記事は2026年9月11日時点の公開情報に基づいています。後半の見通しや確率は筆者の推定であり、精密な予測ではありません。噂・リークに由来する情報は、その旨を明記したうえで扱っています。ベンチマーク値のうちベンダーの自己申告によるものは、その旨を注記しています。

1. 「来月」の長い旅——約束から現在までの時系列

まずは時系列です。Proの席だけがぽっかり空いたまま、その周りが猛スピードで動いていく様子がよくわかります。

日付 出来事 ひとこと
2025年11月18日 Gemini 3 Pro(プレビュー)発表。LMArenaで1501を記録し首位に Googleが最先端に返り咲いた瞬間。現在の「落差」はここから測ることになります
2026年2月19日 Gemini 3.1 Pro 公開 まさかこのモデルが半年以上フラッグシップを務めることになるとは
2026年5月19日 Google I/O。Gemini 3.5 Flashを一般提供し、3.5 Proは「来月」提供と予告 伝説の「来月」発言
2026年6月17日・19日 Gemini共同リードのNoam ShazeerがOpenAIへ、AlphaFoldのJohn JumperがAnthropicへの移籍を相次いで表明 「来月」のはずだった6月に、来たのは退職のお知らせでした
2026年6月22日 Alphabet株が約5%安(CNBC) 人材流出とSpaceX株の急落が重なった複合要因
2026年7月16日 Bloombergが「3.5 Proは予定から数か月遅れ、特にコーディング性能の改善に時間を要している」と報道。Alphabet株は終値で約4.4%安 約2000億ドルの時価総額が一日で消えました
2026年7月21日 Gemini 3.6 Flash、3.5 Flash-Lite、3.5 Flash Cyberを発表。同じ投稿でGemini 4の事前学習開始を公表 「3.5 Proはまだですが、4はもう始めました」
2026年7月22日 Alphabet第2四半期決算。Pichai CEOが次のフロンティアには「はるかに大きな基盤モデル」が必要と発言 ほぼ月次のリリースペースにも言及
2026年8月5日 Demis HassabisがDeepMind CEOから会長職へ。同日、Jeff Deanが退社を発表 製品の遅れが経営体制の変更にまで波及
2026年8月13日 Gemini 3.7 Flash 公開 Flash、3回目の登場
2026年9月2日 Gemini 3.8 Flashと3.8 Flash Cyberを公開。同日、MetaのAlexandr Wangが「gemini who?」と投稿 Flash、4回目。Wang氏の「gemini who?」は2回目
2026年9月11日 DeepMindの公式Proページは「3.5 Pro coming soon」のまま。現行フラッグシップはGemini 3.1 Pro(プレビュー) 「soon」の賞味期限が問われています

報道ベースでは、3.5 Proは6月、7月中旬、8月上旬と目標時期を少なくとも3回通過しています。7月21日にはGoogle DeepMindのLogan Kilpatrick氏が、3.5 Proはパートナーとテスト中で「近いうちに」出したいと述べましたが、それからすでに7週間が過ぎました。

2. なぜ出ないのか——壁の名前は「コーディング」

遅延理由として最も具体的なのは、2026年7月16日のBloomberg報道です。現・元従業員10名への取材にもとづき、Gemini 3.5 Proが特にコーディング能力で社内の期待に届かず、改善に時間をかけているため予定から数か月遅れていると伝えました。Google広報は同報道に対し、3.5 Proや改良版Flashなどをパートナーとテスト中だと答えましたが、新しい提供日は示していません。

Google側もこの弱点を隠してはいません。Pichai CEOは5月の時点でポッドキャストに出演し、エージェント型コーディングでは「少し遅れている」と認め、利用データを生む開発者向け製品が手薄だったことを理由に挙げていました。7月22日の決算説明会でも、改善すべき領域としてコーディングとエージェント型コーディングを名指ししています。

そして9月初めには、Wall Street Journalがさらに踏み込んだ内容を報じました。社内で検討されていた3.5 Proの候補モデルは、Flashシリーズに対して十分な改善を示せなかったため破棄された、というものです。同じ記事は、次期フラッグシップのGemini 4が事前学習の評価では良好な結果を出しているものの、事後学習(ポストトレーニング)の工程がまだ残っているとも伝えています。

要するに「兄より優秀な弟」問題です。GoogleはI/Oの時点で、3.5 Flashが難度の高いコーディング・エージェント系ベンチマークで3.1 Proを上回ると公表していました(Google自身による評価)。弟がここまで育ってしまうと、兄は「Proです」と名乗るだけでは許されません。Flashの数倍の単価を付けるProが、Flashと大差ない性能で出てくれば、価格表の上で自らの存在理由を失ってしまうからです。候補が破棄されたという報道は、この構図を考えると筋が通っています。

3. Proが迷子の間に、Flashは4回おかわりした

Proが足踏みしている間、Flash系は驚くほど順調です。Fortuneが「106日で4本」と表現したとおり、I/Oから9月2日までにFlashの番号は3.5から3.8まで進みました。Pichai CEOが決算で語った「ほぼ月次のリリース」は、少なくともFlashについては有言実行されています。

モデル 公開日 主な内容 提供範囲
Gemini 3.5 Flash 5月19日 Terminal-Bench 2.1で76.2%、MCP Atlasで83.6%などを示し、3.1 Proを上回ると主張(Google自己申告) 一般提供
Gemini 3.6 Flash 7月21日 入力100万トークンあたり1.50ドル、出力7.50ドル。Artificial Analysisの指数測定で3.5 Flashより出力トークンが17%少ないとGoogleが説明 一般提供
Gemini 3.5 Flash-Lite 7月21日 軽量・低コスト版。Google検索にも展開 一般提供
Gemini 3.7 Flash 8月13日 企業向けのエージェント構築用途を前面に出した改良版 一般提供
Gemini 3.8 Flash 9月2日 3.7 Flashと同じ導入価格(入力0.75ドル、出力3.75ドル)。WSJによれば社内コード名は「Skimaki」で、社内コーディングツールJetskiでの比較ではエンジニアがAnthropicのOpusより好んだとされる 一般提供
Gemini 3.5 Flash Cyber/3.8 Flash Cyber 7月21日/9月2日 脆弱性の発見・修正に特化したセキュリティ専用モデル。通常のFlashの後継ではなく別系統 政府機関や信頼できる防御側パートナーに限定

なお、表の「Cyber」2モデルは番号こそFlashを名乗っていますが、誰でも使える製品ではありません。3.8 Flash CyberはFairwind Programを通じて限られた防御側組織に提供されています。AnthropicのMythos Previewなどと同様、サイバー能力の高いモデルを限定提供する流れの一環と見るのが妥当です。

では、今Pro級として使えるモデルは何かというと、2026年2月公開のGemini 3.1 Pro(プレビュー)です。料金はプロンプト20万トークン以下なら入力100万トークンあたり2ドル・出力12ドル、20万トークン超では入力4ドル・出力18ドルに上がり、コンテキスト長は100万トークンです。Flashの導入価格と並べると、単価の差はかなり大きくなります。ただし思考トークンやツール呼び出しの回数によって実際のタスク単価は変わるため、単価表だけで優劣を決めるのは禁物です。

Google自身が公表した3.8 Flashのベンチマーク表では、複数の項目でClaude Opus 5やGPT-5.6 Solと並ぶか上回るとされています。これもベンダーの自己申告値ですが、仮にその通りなら「Flashがフロンティアモデルと張り合っている」わけで、Proの出番はますます狭くなります。

4. 人も株価も揺れた夏

モデルの遅れと並行して、人材の面でも痛手が続きました。6月17日、Gemini共同リードを務めていたNoam ShazeerがOpenAIへの移籍を表明。その2日後の6月19日には、2024年ノーベル化学賞受賞者でAlphaFoldを率いたJohn Jumperが、約9年在籍したGoogle DeepMindを離れAnthropicに加わるとXで発表しました。Bloombergは、JumperがGoogleのAIコーディング開発チームの主要メンバーだったと伝えています。

週明けの6月22日、Alphabet株はCNBCによれば約5%安で引けました。時価総額の目減りは報道により約2500億〜2700億ドルと幅があります。ただしこの日の下落は人材流出だけが原因ではなく、SpaceX株の急落も同時に重なったと報じられている点には注意が必要です。一方、7月16日のBloomberg報道を受けた下落(約4.4%、約2000億ドル)は、ほぼ3.5 Proの遅延報道そのものへの反応でした。どちらも売上や利益が変わったわけではなく、「Googleは最先端から脱落しつつあるのか」という期待値の修正です。

8月5日には経営体制が動きました。Demis HassabisはGoogle DeepMindのCEOを退いて会長職に就き、Alphabetのチーフサイエンティストを兼ねる立場になりました。日常の運営とGeminiモデル開発は、CTOだったKoray KavukcuogluがSVPとして引き継いでいます。同じ日にはチーフサイエンティストのJeff Deanが27年勤めたGoogleを去ることを発表し、Sanjay Ghemawat、Quoc Le、Oriol Vinyalsとともに新会社Discovery Loopを立ち上げました。退職の挨拶に並ぶ名前だけで、機械学習の教科書の目次が作れそうな顔ぶれです。

WSJによれば、新体制のKavukcuoglu氏は社内に対し「もっと速く動く必要がある」と強調しているとのことです。3.7 Flashと3.8 Flashの矢継ぎ早のリリースは、その意思表示とも読めます。

5. 競合は待ってくれない——「gemini who?」2連発

Googleの足踏みを最も楽しそうに眺めているのは、Metaかもしれません。MetaのチーフAIオフィサーであるAlexandr Wangは、7月21日、Muse Spark 1.1がArtificial Analysisの指数でGemini 3.6 Flashを上回ったと話題になったタイミングで、Xに「gemini who? 🏎️💨」とだけ投稿しました。

そして9月2日、Muse Spark 1.3の公開に合わせて再び投稿します。今度は「本当は言いたくないんだけど……gemini who?」。わざわざ前置きを付けてから言うのは、だいたい言いたかった人です。この投稿が引用したArtificial Analysisの発表によれば、パートナー向け限定プレビュー中のMuse Spark 1.3(max)は同社の総合指数で62を記録し、上にいるのはClaude Fable 5.1とClaude Opus 5だけでした。

もちろん、総合指数ひとつの順位で勝ち負けが決まるわけではありません。指数は複数ベンチマークの合成で、測定条件によって数ポイントは簡単に動きますし、Flash系は価格帯がまったく違います。ただ、Anthropic、OpenAI、Metaがそれぞれ最上位クラスのモデルを並べる中で、Googleだけが「最上位の段」に新しいモデルを置けていない、という構図は数字の細部に関係なく揺るぎません。2025年末にGemini 3 Proで首位に立った会社としては、なかなか居心地の悪い眺めです。

6. 噂の交通整理——打率は今のところゼロ割

待たされる時間が長くなるほど、噂は増えます。この夏にGemini 3.5 Proをめぐって流れた主な噂を、現時点での扱いとあわせて整理しておきます。いずれもGoogleは認めていません。

噂の内容 出どころ 2026年9月11日時点の扱い
LMArenaに匿名で出現した 一部のテック系ニュースサイト(8月上旬) 保存された対戦結果やGoogle・LMArenaの声明はなく、未確認
コンテキスト長200万トークン リーク情報を紹介する複数のサイト 公式仕様は存在しない。現行の3.1 Proも3.8 Flashも100万トークン
「今日リリースされる」 リーク系記事(8月)など、複数回 いずれの日付でもリリースされず
上位版「3.5 Pro+」が存在する SDKのコードに文字列が見つかったとする記事(8月) 未確認。製品として告知された事実はない
3.5 Proは「正式に棚上げ」された 調査会社SemiAnalysisの見解として一部サイトが報道(8月10日) Googleは中止を発表しておらず、公式ページは「coming soon」のまま。後述のWSJ報道とは内容が異なる点に注意

ここで区別しておきたいのが、「3.5 Pro計画が正式に棚上げされた」という噂と、WSJが報じた「社内の3.5 Pro候補モデルが破棄された」という話です。後者は大手紙の報道で、複数の報道機関が引用しています。ただし「候補を捨てた」ことと「3.5 Proという製品を出さない」ことは同じではありません。候補を作り直して出す可能性もあるからです。公式にはまだ「coming soon」、報道ベースでは「少なくとも当初の候補はボツ」。これが現時点で言える精一杯の正確さです。

7. 今後の見通し——3.5 Proは出るのか、欠番になるのか

判断材料を並べると、次のようになります。Googleは7月21日の公式ブログで、3.5 Proはパートナーとテスト中で、準備ができ次第広く提供すると書きました。同じ投稿でGemini 4について「これまでで最も野心的な事前学習を開始した」と明かしています。Pichai CEOは翌日の決算で、次世代のフロンティアにははるかに大きな基盤モデルが必要だと語り、Gemini 4が出る時点でのフロンティアで競争したいと述べました。そしてWSJは、3.5 Proの社内候補の破棄と、Gemini 4の事後学習がまだ残っていることを報じています。Gemini 4の公開時期は公式には一切示されていません。

これらを踏まえた筆者の見立てを、3つのシナリオで示します。確率は筆者の主観的な推定であり、精密な予測ではありません。

シナリオ 筆者の推定 根拠と、実現したと判断する条件
A:「Gemini 3.5 Pro」の名前のまま2026年内に公開される 約25% 公式ページの「coming soon」が残り、中止も発表されていない。一方で候補破棄の報道があり、Flashとの差を示せる改良版が年内に間に合うかは不透明。APIに gemini-3.5-pro が載れば実現
B:3.5 Proは実質的な欠番となり、次のProはGemini 4世代で登場する 約55% Flashが月次で改良され、Proの差別化余地が縮んでいる。経営陣の発言もGemini 4に重心が移っている。3.5 Proを出さないままGemini 4のProが公開されれば実現
C:名称を変えた別のPro級モデルが先に出る 約20% Flashの番号がすでに3.8まで進んでおり、「3.5」を名乗ると旧世代に見えるという事情もある。3.5以外の番号や新名称でPro級が出れば実現

Gemini 4自体については、事後学習が残っているという報道からすると、数週間以内に一般公開というのは考えにくいでしょう。年内にプレビューなど何らかの形で姿を見せる可能性はそれなりにあると筆者は見ていますが(五分五分程度)、公式の裏付けはありません。Pichai CEOが自ら「出る時点のフロンティア」を狙うと宣言した以上、中途半端な状態では出しにくいという事情もあります。

今後、状況の変化を見極めるうえで注目したいのは次の点です。

  • Google DeepMindの公式Proページから「3.5 Pro coming soon」の表示が消えるかどうか。消えたうえで3.5 Proが載っていなければ、欠番の可能性が一気に高まります。
  • Gemini APIのモデル一覧や料金ページ、Vertex AIのモデルガーデンに3.5 Proのモデル名と価格が現れるかどうか。
  • Gemini 4のモデルカードやプレビュー提供の告知。
  • 例年10月下旬に行われるAlphabetの第3四半期決算で、Pro系とGemini 4についてどのような説明があるか。

利用者側の実務としては、3.5 Proの登場を前提にした移行計画や調達は、モデル名と価格が確定するまで置かないのが無難です。現時点でPro級の推論が必要なら3.1 Pro、多くの業務用途なら3.8 Flashが現実的な選択肢になります。どちらにしても、モデルを差し替えやすい設計にしておけば、「来月」がいつ来ても慌てずに済みます。

まとめ

Gemini 3.5 Proは、2026年9月11日時点で未リリースです。原因として最も確かな情報は、コーディング性能が社内目標に届かなかったというBloombergの報道と、社内候補がFlashを十分に上回れず破棄されたというWSJの報道です。その間にGoogleはFlashを106日で4本出し、Gemini 4の事前学習を始め、DeepMindの経営体制を入れ替えました。公式ページの「coming soon」はまだ残っていますが、重心はすでにGemini 4へ移っているように見えます。

皮肉なのは、Proを追い詰めたのが競合だけではなく、自社のFlashだったことです。弟が優秀すぎて兄の出番がなくなる、というのは、技術的にはむしろ健全な悩みとも言えます。Googleは2023年のBardで出遅れたと言われながら、2025年末にはGemini 3で首位に返り咲いた会社でもあります。「来月」が来るのが先か、Gemini 4が来るのが先か。そしてAlexandr Wang氏が3回目の「gemini who?」を投稿する日は来るのか。この年末の答え合わせを、少し意地悪く、しかし期待も込めて見守りたいと思います。

Googlebook登場でChromebookはどうなる? 教育・法人・個人それぞれへの影響

2026年5月、GoogleはAndroidを土台にした新しいノートPCのカテゴリ「Googlebook」を発表しました。2011年のChromebook登場以来となる新カテゴリで、ChromeOSとAndroidを一つのプラットフォームにまとめる計画が、いよいよ製品として形になり始めたことを意味します。「Chromebookはなくなるのか」「いま使っている端末はどうなるのか」という疑問が出てくるのは自然なことです。

この問いが重要なのは、プラットフォームの転換と市場の急変が同時に起きているからです。日本ではChromebookがGIGAスクール構想の学習者用端末として大量に使われており、第2期の更新ではChromeOSが約6割を占める見通しです。一方で2026年に入ってからは、AI向け需要によるメモリ価格の高騰で、低価格帯を主戦場とするChromebookの出荷が大きく落ち込んでいます。

先に結論を書くと、Chromebookは突然消えるのではなく、数年がかりでAndroidベースの新しい体験へ移っていく過渡期に入った、というのが本記事の見立てです。既存端末の自動更新期限までのサポートはGoogleが明言しており、使い続けること自体に大きなリスクはありません。ただし新OSへ移行できる機種の条件は未公表で、2026年は価格と供給の面で買い手に不利な年になっています。以下、統合の経緯、既存端末の扱い、市場、教育、法人、そして個人ユーザーへの影響の順に整理します。

本記事は2026年9月10日時点の公開情報に基づいています。Googlebook向けOSの正式名称、価格、日本での発売時期、既存Chromebookの移行条件はまだ公式に発表されておらず、9月15日のメディア向けイベント以降に状況が変わる可能性があります。今後の見通しに関する記述には筆者の推定を含み、精密な予測ではありません。報道や裁判資料に基づく情報は、その旨を明記しています。

1. ChromeOSとAndroidの統合は「構想」から「製品」へ

統合の方針は、数年かけて段階的に明らかにされてきました。主な出来事を時系列で並べると次のようになります。

時期 出来事 情報の性質
2024年6月 GoogleがChromeOSの基盤にAndroidのスタック(Linuxカーネルやフレームワークの一部)を取り込む方針を公表 公式発表
2025年7月 Android部門を率いるSameer Samat氏がTechRadarのインタビューで、ChromeOSとAndroidを単一のプラットフォームに統合すると明言 幹部発言
2025年9月 Snapdragon Summitで同氏が、統合の成果を2026年に示すと再確認 幹部発言
2026年1月 ChromeOS担当VPのJohn Maletis氏が、既存Chromebookのサポート継続と、一部の旧機種は技術仕様上新しいスタックへ移行できないことを説明(9to5Google) 幹部発言
2026年2月 米国の反トラスト訴訟の資料に、ChromeOSを2034年までに段階的に廃止する計画が記載されていると9to5Googleが報道 報道(裁判資料)
2026年5月12日 The Android Show: I/O EditionでGooglebookを発表。Acer、ASUS、Dell、HP、Lenovoの5社が製造し、2026年秋に第1弾を投入 公式発表
2026年9月15日 ニューヨークで招待メディア向けのプレビューイベントを開催予定 公式招待(予定)

GoogleはGooglebookを、Geminiを中核に据えて設計したプレミアムなノートPCと位置付けています。カーソルの動きにGeminiが応答して画面上の内容に応じた提案を出す「Magic Pointer」や、Androidスマートフォンのアプリやファイルとの連携を前面に出しています。OSは開発コード名「Aluminium OS」の名で広く知られていますが、これは正式名称ではなく、名称は年内に明らかにされる見込みです。報道ではAndroid 17をベースとし、従来のChromeOSがコンテナ経由で動かしていたAndroidアプリがネイティブに動作するとされています。プロセッサはIntel、Qualcomm、MediaTekの3社が供給します。

価格はGoogleから発表されていません。Bloombergは999ドルを上回る価格帯になると報じており、低価格を武器にしてきたChromebookとは異なり、MacBookや上位のWindows機と競合する位置付けになりそうです。

9月15日のイベントは一般向けのライブ配信ではなく、招待メディアが実機に触れるプレビューです。Googleは同日に製品の発表はないとAndroid Centralに説明しており、各機種の詳細が公になるのはその後になる見込みです。なおAcerは、9月上旬のIFA 2026で自社初のGooglebookを「近日登場」と予告しています。

2. 既存のChromebookはどうなるのか

Googlebook発表当日、Googleはメディアに対し、すべてのChromebookは各端末に設定されたサポート期限まで更新を受け続け、多くのChromebookは新しい体験へ移行できる対象になると説明しました。詳細はローンチが近づいてから示すとしています。

翌日には企業と教育機関向けにGoogle Cloudの公式ブログで方針が示されました。要点は、ChromeOSは今後も10年間の自動更新を受ける、現在の端末群は新しいライセンスなしでGoogle管理コンソールから管理し続けられる、移行の時期が来たら複数の移行経路を用意する、の3つです。企業と教育機関については、今後数年をかけて段階的に進めるとしています。

注意したいのは、移行対象が「多くの」機種であって「すべて」ではない点です。Maletis氏は、技術仕様の違いから全機種が新しいスタックに移れるわけではないと述べています。対象となる条件(プロセッサの世代やメモリ容量など)は、現時点で公表されていません。

長期のタイムラインについては、裁判資料を基にした9to5Googleの報道が現時点での主な手がかりです。それによれば、法人の限られたテスター向けの提供が2026年、本格リリースが2028年、ChromeOSの段階的廃止が2034年とされています。Googleが公式に確認したものではなく、複数の独立した情報源による裏付けもない点には注意が必要です。とはいえ、10年更新の約束を守りながら既存端末の寿命が尽きるのを待つ設計と考えれば、2034年という時期は整合的だと筆者は解釈しています。

今後もChromebookの新機種が出続けるのかについて、Googleは既存のChromebook体験への投資とユーザー支援を続けると述べるにとどまり、はっきりとは示していません。

3. 市場:2025年の回復から2026年の急減速へ

2025年はChromebookにとって回復の年でした。Canalys(現Omdia)によれば、2025年上半期の世界出荷は約1,100万台で前年同期から約1割増えました。日本ではGIGAスクール関連の更新で出荷が前年同期の20倍規模に膨らみ、Lenovoが約31%のシェアで首位に立っています。

2026年に入ると流れが一変します。AIデータセンター向け需要によるメモリとストレージの価格高騰を受け、Omdiaは2026年3月、世界のPC出荷が前年比12%減になるとの見通しを示しました。中でもChrome搭載機は28%減と、プラットフォーム別で最大の落ち込みになると予測しています。教育向けの比率が高く利益率も低いため、部材の割り当てが厳しくなったり、一部のメモリ・ストレージ製品が生産終了になったりした影響を受けやすい、というのがその理由です。同じ見通しでは、500ドル未満のPCも28%減と、価格帯別で最も大きく減るとされています。

実績もこの予測に沿って推移しています。Omdiaは2026年第1四半期について、PCの中でChromebookが最も打撃を受けたカテゴリであり、教育向けの導入が先送りされていると指摘しました。第2四半期の出荷は次の通りです。

ベンダー 2026年Q2出荷 シェア 前年同期比
Lenovo 175.8万台 32.5% −2.8%
Acer 118.3万台 21.8% −3.9%
HP 115.5万台 21.3% −13.0%
ASUS 74.9万台 13.8% +66.2%
Dell 46.5万台 8.6% −47.1%
その他 10.5万台 1.9% −54.5%
合計 541.5万台 100% −8.6%

出典:Omdia PC Horizon Service(出荷ベース、2026年8月発表)

Omdiaは減少の要因として、利益率の低さからベンダーがChromebookの優先度を下げていること、教育向け導入がピークだった前年同期の反動、合意済みの導入計画の遅れを挙げています。Lenovoの減少は日本のGIGAスクール第2期の前半の導入が完了したことが主な理由で、逆にASUSは日本と米国K-12の更新需要を取り込んで大きく伸びました。

ここから読み取れるのは、「安さ」を最大の武器にしてきたChromebookの事業モデルが、部材高騰で最も揺さぶられているという構図です。Omdiaは高価格帯のPCは相対的に底堅いとも分析しており、GoogleがGooglebookをプレミアム機として打ち出したことは、この市場環境と方向性が一致していると筆者はみています。

4. 教育市場:日本のGIGA第2期はChromeOSが6割

MM総研が2025年7月31日に発表した調査(全国1,741市区町村が対象、1,249団体が回答)では、GIGAスクール第2期の学習者用端末でChromeOSが60%を占める見通しとなりました。第1期との比較は次の通りです。

OS 第1期 第2期(見通し) 増減
ChromeOS 42% 60% +18ポイント
iPadOS 29% 31% +2ポイント
Windows 29% 10% −19ポイント

出典:MM総研「小中GIGAスクール第2期におけるICT整備動向調査」(2025年7月31日発表)

第1期でChromeOSを採用した自治体の9割超が第2期も同じOSを選んだ一方、Windowsを採用していた自治体の約6割がOSを切り替えます。端末の平均単価はChromeOSが5.4万円、Windowsが5.5万円、iPadOSが5.7万円で、OS間の価格差は大きくありません。調達台数ベースでは2025年度が72%、2026年度が22%です。

競合側では、MicrosoftがChromebook対抗として投入した教育向けのWindows 11 SEが、2026年10月にサポートを終えます。バージョン24H2が最後の機能更新となり、Microsoftは通常のWindows 11に対応した端末への移行を勧めています。

懸念材料は供給です。Omdiaは、供給制約によって日本のGIGA第2期の後半の導入が遅れる可能性が高いと指摘しています。前半は2024年末から2025年末にかけて大きな混乱なく完了しましたが、2026年度に予定される調達は、ちょうど部材価格の高騰期と重なります。

Android統合との関係でいえば、教育機関は数年がかりの段階移行の対象であり、第2期で導入された端末が直ちに影響を受けることはありません。論点になるのは次の更新です。これまでの更新周期から考えると2030年前後になり、その時点でAndroidベースの新プラットフォームが教育向けに十分成熟しているかどうかが、OS選定を左右すると筆者はみています。管理コンソールでの一元管理、アプリや機能の利用制限、共有端末での運用といった学校現場の要件を、新OSがChromeOSと同じ水準で満たせるかは、まだ実証されていません。

5. 企業・自治体:「ブラウザ中心」で割り切れるか

法人でのChromebookの強みは、端末にデータを残しにくい運用、OSの自動更新、管理コンソールによる一括管理にあります。Googleは、ブラウザを制御点とするゼロトラスト型のアクセス管理をChrome Enterprise Premiumで、Windows向けのレガシーアプリをブラウザ経由で配信する仕組みをCameyoで提供しており、「業務の大半をブラウザで完結させる」運用を後押ししています。

国内の事例として、京都府舞鶴市は2024年末から2025年初めにかけて全職員のPCをChromebookに切り替え、業務基盤をGoogle Workspaceへ移しました。キーマンズネットの取材記事によれば、従来型の構成で5年間の更新費用を見積もったところ約21億円となり、予算枠の約11億円を大きく超えたことが出発点でした。最終的に5年間の総経費は約5億円に収まったとされています。また、同市が職員約1,100人を対象に実施したアンケート(回答は300人)では、1人1日平均82.1分の業務時間削減という結果が出ています。ただしこれは自己申告に基づく数字で、回答者も全職員の3割弱である点は割り引いて読む必要があります。同市自身も、外部要因によるWindowsへの依存は避けられない面があると認めています。

Googlebookについて、Googleは組織向けにChromeOSのセキュリティ設計の中核を引き継ぐとし、ノートPC、スマートフォン、その他のAndroid端末を管理コンソールやサードパーティの管理ツールでまとめて扱えるようにする方針を示しています。一方で、業務用Chromebookを大量に抱える組織にとっては、移行経路の具体像が出るまで次期調達の計画を固めにくい時期が続きます。

6. 個人ユーザーはどうなるのか

企業や教育機関向けに比べると、個人ユーザー向けに示されている情報はまだ多くありません。ここでは、公表済みの事実から言えることと、判断の目安を分けて整理します。

いまChromebookを使っている場合

自動更新の期限までは、これまで通りセキュリティ更新と機能更新が届きます。Googleは2021年以降に投入されたChromebookのプラットフォームに対し、10年間の自動更新を提供しています。ここで誤解しやすいのは、期限の起点が購入日ではなく、その機種のプラットフォームが投入された時期だという点です。自分の端末の期限は、設定の「ChromeOSについて」から詳細情報を開き、更新スケジュールの項目で確認できます。

新しいOSへ移行できるかは機種しだいで、その条件は今後の発表待ちです。移行の対象外になった機種でも、期限まではChromeOSのまま使い続けられます。「新しい体験を試したい」という理由以外で、いま買い替えを急ぐ必要は薄いといえます。期限が迫った古い機種は、統合とは関係なく通常の買い替え判断の対象になります。

これからノートPCを買う場合

2026年は買い手に不利な年です。前述のOmdiaの見通しでは、500ドル未満の低価格PCが最も大きく減るとされ、メーカー各社は販促の縮小や値上げ、構成の見直しを進めています。値上げの分かりやすい例として、Appleは6月25日に、3月に発売したばかりのMacBook Neo(メモリ8GB/ストレージ256GB)の国内価格を99,800円から119,800円に改定しました。Chromebookも同じ部材高騰にさらされています。

手ごろなノートPCとしてChromebookを選ぶこと自体は、引き続き現実的な選択肢です。ただし店頭に並ぶ機種でも、プラットフォームの投入時期によって残りのサポート期間は大きく異なります。購入前に、Googleが公開している自動更新ポリシーの一覧で期限を確認しておくことが重要です。将来の新OSへの移行に期待するなら、新しい世代でメモリに余裕のあるChromebook Plusクラスを選ぶのが無難ですが、移行条件は未発表のため、それで移行が保証されるわけではありません(筆者の見方)。

Googlebookを待つかどうかは、用途と予算しだいです。価格は報道ベースで999ドル超とされ、日本での発売時期や国内価格は発表されていません。Androidアプリをネイティブに使いたい人や、Geminiを中心にした操作に魅力を感じる人には注目の製品ですが、新しいOSの第1世代はアプリの互換性や周辺機器への対応で初期の課題が出やすいものです。国内価格と実機の評価が出そろってから判断しても遅くはないと筆者は考えます。

状況別の整理

利用者の状況 現時点で分かっていること 判断の目安(筆者の見方)
期限に余裕のあるChromebookを使っている 期限まで更新は継続。新OSへの移行可否は未発表 買い替えを急ぐ必要は薄い。移行条件の発表を待って確認する
期限が近い古いChromebookを使っている 期限後はセキュリティ更新が止まる 統合と関係なく買い替えを検討。Chromebook、Googlebook、Windows機、Macを並べて比較する
安価なノートPCを新しく買いたい メモリ高騰で低価格帯の供給と価格が厳しい 購入前に自動更新期限を確認し、残り期間の長い機種を選ぶ
Googlebookに興味がある 第1弾は2026年秋。価格は999ドル超との報道。日本での予定は未発表 国内価格と第1世代の実機評価が出てから判断する
Windows 10のPCが手元にある Windows 10は2025年10月14日にサポート終了済み 買い替えのほか、ChromeOS Flexでの再活用も選択肢。Googleの認定機種かを先に確認する

AIを中核に置くことの裏側

Googlebookは操作の中心にGeminiを置く設計です。便利さの裏返しとして、画面に表示している情報をAIに渡す場面は確実に増えます。どの処理が端末内で完結し、何がクラウドに送られるのか、そしてユーザーが設定でどこまで制御できるのかは、実機と公式ドキュメントが出た段階で必ず確認しておきたいポイントです。

7. 今後の見通し

ここまでの事実を踏まえ、今後の流れを時期ごとに整理します。根拠の種類を併記しているので、報道や筆者推定の項目は幅を持って読んでください。

時期 見通し 根拠の種類
2026年秋 Googlebookの第1弾が登場。OSの正式名称と、既存Chromebookの移行に関する詳細が明らかになる Googleの公式説明
2026年後半〜2027年 Chromebookの出荷低迷が続き、低価格帯の選択肢は細る Omdiaの予測と筆者推定
2026〜2027年度 GIGA第2期後半の端末導入に遅れが出る自治体が出てくる Omdiaの指摘と筆者推定
2028年 新プラットフォームの本格リリース 裁判資料に基づく報道
2030年前後 GIGA端末の次回更新期。教育向け新OSの成熟度がOS選定の焦点になる 筆者推定
2034年 ChromeOSの段階的廃止 裁判資料に基づく報道

この流れを左右する不確実性は、主に3つあります。

  • Androidベースの新OSが、教育機関や企業の管理要件をChromeOSと同じ水準で満たせるか
  • メモリとストレージの価格高騰がいつ落ち着き、低価格帯の端末が再び作りやすくなるか
  • GoogleがプレミアムなGooglebookと並行して、低価格のChromebookを今後も投入し続けるか

これらの答えしだいで、Chromebookが「教育と法人の定番」として当面残るのか、Googlebookを中心とした新しい系譜に吸収されていくのかが分かれていくはずです。

まとめ

  • ChromeOSとAndroidの統合は、2026年5月のGooglebook発表で製品段階に入った。ただしOSの正式名称、価格、日本での展開、既存機の移行条件はまだ公表されていない。
  • 既存のChromebookは、各端末の自動更新期限までサポートされるとGoogleが明言している。多くの機種が新OSへ移行できる見込みだが、すべてではない。
  • 企業と教育機関は数年がかりの段階移行となる。報道ベースでは本格リリースが2028年、ChromeOSの段階的廃止が2034年とされる。
  • 2026年のChromebookにとって最大の逆風は、統合そのものよりもメモリ価格の高騰である。第2四半期の世界出荷は前年同期比8.6%減となり、Omdiaは2026年3月時点の予測で通年28%減を見込んでいた。
  • 日本のGIGA第2期ではChromeOSが約6割を占め、教育市場での存在感はむしろ強まった。次の焦点は2030年前後の更新期になる。
  • 個人ユーザーは、まず自分の端末の自動更新期限を確認し、期限に余裕があれば使い続けるのが基本。新規購入では残りのサポート期間を重視し、Googlebookは国内価格と実機の評価を見てから判断しても遅くない。

日曜日, 8月 09, 2026

フラッグシップ遅延と創業級幹部の離脱——Google AI戦略、実行力の逆風

前回、GoogleのAI戦略を「Gemini・TPU・Cloudの垂直統合」という切り口で整理してから、わずか1週間で状況は大きく動いた。2026年8月5日、Google DeepMindのCEOを務めてきたデミス・ハサビス氏が会長職へ退き、27年在籍の最高科学責任者ジェフ・ディーン氏を含む4名の幹部・研究者が同日に離脱を発表した。同じ週には、5月のI/Oで「6月提供」と約束されたフラッグシップモデル「Gemini 3.5 Pro」が、8月に入っても一般提供されていないという事実が改めて注目を集めている。

この2つの出来事は無関係ではない。Googleの強みを「モデル・半導体・配荷網を一体で持つ垂直統合」に見出した前回の結論は今も揺らいでいないが、その一角である「モデル」の実行力そのものが、この夏に入って明確に軋み始めている。フラッグシップの遅延、相次ぐ研究者の離脱、そして創業級の経営陣交代——これらが同じ2週間に集中したことは、単なる偶然の悪いニュースの重なりというより、Googleの意思決定構造そのものが変化の途上にあることを示しているように見える。

結論を先に述べると、Googleのクラウド事業は四半期82%成長という記録的な数字を出し続けており、資本市場・ビジネス面での勢いは損なわれていない。問題はもっぱら「フロンティアモデルを最速で作り続けられるか」という一点に集中している。以下、8月5日の再編、Gemini 3.5 Proの遅延の実情、人材流出の全体像、そしてそれらに対する市場・アナリストの受け止めを順に見ていく。

本稿には、独立系予測会社FutureSearchによるGemini 4のリリース時期などの予測値を含みます。これらは同社の確率的見積もりであり、Google公式の発表ではありません。予測である旨を明記した箇所以外は、一次報道・企業発表に基づく事実として記述しています。

1. 2026年8月5日、Google AI組織の歴史的再編

Sundar Pichai氏とDemis Hassabis氏が連名でGoogle公式ブログに投稿した発表によれば、Hassabis氏はGoogle DeepMindのCEOを退き、同社の会長(Chair)およびAlphabet初のChief Scientistに就任した。創薬AI子会社Isomorphic Labsのトップは継続する。Hassabis氏は社員向けメモで「日々の運営責任を引き渡し、大局に集中する時間と余地を得るタイミングだと判断した」と説明している。

日常運営を引き継ぐのは、DeepMindのCTOを13年務めてきたKoray Kavukcuoglu氏で、SVPとしてPichai氏に直接報告する体制になった。Kavukcuoglu氏はWaveNetやDQN(Deep Q-Network)の開発を主導した古参であり、Gemini 4の開発を含むフロンティアAI研究・Geminiアプリ・開発者向けチームを統括する。同氏は「我々の使命は変わらないが、野心的なGeminiロードマップを実現する最も明確な道筋を確保することに全力を注ぐ。今の急速に変化する状況では、明確な意図とスピードをもって動かなければならない」との声明を出している。

同じ発表の中で、Chief Scientistのジェフ・ディーン氏(社員番号約30番、27年在籍)が退社し、AI科学スタートアップ「Discovery Loop」を共同設立することも明らかになった。Google Senior FellowのSanjay Ghemawat氏、DeepMind VPのOriol Vinyals氏、Google Brain共同創設者のQuoc Le氏の3名が同行する。Discovery Loopは公益法人(Public Benefit Corporation)として設立され、機械学習・科学・工学研究の自動化を目標に掲げる。GoogleはDiscovery Loopの出資者かつクラウド提供者になると発表されており、Radical VenturesとKhosla Venturesがシード資金を共同主導している(ラウンドは記事執筆時点で未クローズ、評価額は非開示)。ディーン氏はNew York Timesの取材に対し、「上場企業の外で活動することで、会社の純粋な財務的利益に必ずしも沿わない判断もできるようになる」と述べている。

この発表には、報道機関の間でも興味深い食い違いがある。Pichai氏のメモとX投稿は退社者としてディーン氏とGhemawat氏の2名のみを明示的に挙げたが、Discovery Loopの公式サイトはVinyals氏とLe氏を含む4名を創業メンバーとして掲載している。特にVinyals氏はX上の自己紹介で「Gemini co-lead」を名乗っており、Gemini 4の新責任者が発表されたまさにその日に、Geminiの技術共同リードが同時に離脱したという皮肉な符合が複数メディアで指摘された。Alphabet株はこの発表を受けて4〜5%下落した(報道によって幅がある。CNBCは約4%、Fortune・Yahoo Financeは約5%と伝えている)。

2. フラッグシップの現在地——Gemini 3.5 Proはなぜ遅れているのか

2026年5月19日のGoogle I/Oで、GoogleはGemini 3.5シリーズを発表し、軽量版のGemini 3.5 Flashを即日提供した。フラッグシップのGemini 3.5 Proについては、Pichai氏が「翌月(6月)」の提供を明言していた。しかしこの約束は8月上旬時点でも果たされておらず、Google公式のモデルカタログには依然としてGemini 3.5 Proのエントリが存在しない(Pro級として提供されているのはGemini 3.1 Pro(プレビュー)とGemini 2.5 Pro(安定版)のみ)。

Bloomberg(2026年7月16日、現・元従業員10名の証言に基づく)によれば、遅延の主因はコーディング性能が社内目標に届いていないことだ。Googleは2026年6月下旬に学習データを更新してコーディング能力の改善を試みたが、「結果は期待外れだった」という。この報道を受けてAlphabet株は約4.4%下落している。Google広報はBloombergに対し、「現在3.5 Proと改良版のFlashモデルをパートナーとテスト中」であり、「幅広いモデルを高いコスト効率を維持しながら迅速に出荷している」とコメントしている。

LA Times(7月17日)の報道では、遅延の背景としてGoogle Cloud・DeepMind・Android部門がそれぞれ独自にAIコーディングツールを開発する組織構造の重複が指摘されている。限られた計算資源を複数チームが奪い合う状況になっており、Googleはこれらを「Antigravity」という単一プラットフォームへ統合しようとしている。予測会社FutureSearchのDan Schwarz氏(元Google社員、2014〜2022年在籍)は、この報道を「Googleはベースモデルを白紙に戻して作り直した(scrapped and rebuilt the base model)」ことを示すものと解釈しており、当初の想定より深刻な事態だったとの見方を示している。

7月21日、Googleは軽量モデル3種(Gemini 3.6 Flash、3.5 Flash-Lite、セキュリティ特化のGemini 3.5 Flash Cyber)を投入した一方、フラッグシップのProについては「準備が整い次第、広く展開する」というのみで、具体的な日付は示さなかった。同じ発表の末尾で、Googleは次世代モデル「Gemini 4」の事前学習を既に開始したことを明らかにしている。2日後の7月23日、Q2決算説明会でPichai氏は、フロンティアで競争するには「より大きなベースモデルが必要」であり、コーディングと自律エージェントが次世代の優先課題になると述べた。

3. Gemini 4はいつ来るのか——事前学習開始と第三者予測

Googleが公式に確認しているのは、Gemini 4の事前学習を「これまでで最も野心的な学習run」として開始したという事実のみだ。リリース日、パラメータ規模、ベンチマーク、価格、コンテキスト長など、製品としての仕様は一切公表されていない。業界メディアの一部は2026年11〜12月頃のリリースを見込む向きもあるが、これはGoogleの公式なコミットメントではなく、過去のリリース間隔からの推測にすぎない。

この点について、FutureSearchのSchwarz氏は8月5日の再編を受けて確率的な予測を公表している。同社の見立てでは、Gemini 4の一般提供時期の中央値は2027年5月15日(80%予測区間は2027年通年)であり、「2026年内のリリースは80%区間の外」とされている。根拠として、同氏はフロンティア級の学習runには100日以上を要し、その後の事後学習・安全性評価に数か月、さらに各社の主要リリースには連邦政府による30日間のレビューが付随する点を挙げている。同氏は「2か月前はGoogleがフロンティアから6〜9か月遅れていると述べたが、今は約12か月遅れていると考える」とも記している。あくまで一予測会社による確率的見積もりであり、絶対視すべきではないが、参考情報として付記しておく。

なお同氏は、OpenAIのGPT-6についても「2026年3月24日に事前学習を完了し、Sam Altman氏は"数週間後"のローンチを示唆していたが、4か月半経った今も未提供で、その学習成果はGPT-5.5として点リリースされ、GPT-6自体はより大きな基盤でリスタートされたと報じられている」ことを引き合いに出し、「数週間おきに出る点リリースと、頓挫すればリスタートされる新世代の事前学習runを混同してはいけない」と指摘している。

4. 人材流出の全体像——2026年に去った顔ぶれ

2026年に入ってからのGoogle DeepMind/Google AI部門の主要な離脱は、以下のように整理できる。

氏名 発表時期 移籍先/新会社 元の役割・実績
Noam Shazeer 2026年6月18日 OpenAI Gemini共同リード(VP of Engineering)。Transformer論文「Attention Is All You Need」共著者。2024年にCharacter.AI経由(約27億ドル規模の取引)でGoogle復帰していた
John Jumper 2026年6月19日 Anthropic AlphaFold開発、2024年ノーベル化学賞受賞。9年弱DeepMindに在籍
Jonas Adler/Alexander Pritzel 2026年6月 Anthropic Gemini/AlphaFold関連の上級研究者
Denny Zhou 2026年2月頃(非公表、後にLinkedInの更新で判明) Meta Superintelligence Labs Google Brainの推論研究チーム創設者。8年在籍
David Silver 2026年1月 自ら設立(Ineffable Intelligence) DeepMind最初期メンバー、強化学習チームを主導。AlphaGo・AlphaZero・MuZeroの開発者
Jeff Dean 2026年8月5日 自ら設立(Discovery Loop) Alphabet Chief Scientist。27年在籍、社員番号約30番
Sanjay Ghemawat/Oriol Vinyals/Quoc Le 2026年8月5日 Discovery Loop Google Senior Fellow/DeepMind VP(Gemini co-lead)/Google Brain共同創設者

Silver氏の事例は、Googleの対応パターンを考えるうえで示唆に富む。同氏は2026年1月にDeepMindを離れ、ロンドンで強化学習ベースの超知能開発を掲げるIneffable Intelligenceを設立したが、同年4月27日、同社はSequoia・Lightspeedが共同主導する欧州最大級となる11億ドルのシード資金調達(評価額51億ドル)を発表している。この調達にはNvidiaとともにGoogle自身も出資者として名を連ねた。離脱した研究者の新会社にGoogleが出資し、クラウド顧客として関係を維持するというパターンは、8月のDiscovery Loop(Google自身が投資家兼クラウド提供者)とも共通しており、単純な「人材流出=完全な喪失」という図式には収まらない側面がある。

5. なぜ人は去るのか

複数の報道を総合すると、離脱の背景には主に次のような要因が挙げられている。

  • 報酬とプレIPOのアップサイド:AnthropicとOpenAIはいずれもIPOを視野に入れており、上場済みのAlphabetが構造的に提供しづらいプレIPOエクイティを提示できる。Anthropicは2026年5月末に約965億ドルの評価額でシリーズHラウンド(650億ドル)を完了させており、3か月前の380億ドルから急伸している。
  • 計算資源へのアクセス:CNBC(8月5日)は複数の匿名情報源を引用し、Google CloudがAnthropicを含む外部顧客にTPUを販売する一方で、社内の研究者が自らのプロジェクトに必要な計算能力へのアクセスに不満を募らせていると報じている。
  • 組織の複雑さ:検索・Maps・YouTubeなど広範な製品群にAIを統合する過程で、承認プロセスが多層化し、リリースの機動力を損なっているとの指摘がある。
  • 軍事契約への異論:Googleは2026年4月、Geminiを「あらゆる合法的な政府目的」に開放する機密のペンタゴン契約を締結したと報じられている。これに対し、ロンドン拠点のDeepMindスタッフ約300名が労働組合を結成する動きが2026年5月に報じられており、軍事協力を巡る内部での意見対立が士気に影響しているとの分析もある。

なお、この一連の離脱報道に対し、Googleは8月の再編以前(7月23日付Axios報道)の時点で反論を示していた。2026年上半期のAI人材の離職率は前年同期より低く、AI関連職のオファーの90%超が受諾されていると主張している。ただしこの反論は8月5日の再編発表より前のものであり、Dean氏らの離脱に対する直接のコメントではない点には留意が必要だ。

6. 市場とアナリストの反応

今回の一連の離脱・再編に対する株式市場の反応は、6月と8月の2度にわたって表れている。6月22日、Shazeer氏とJumper氏の連続離脱を受けてAlphabet株は取引時間中に一時7%下落し、1年超で最大級の下落幅を記録した。8月5日の再編発表でも株価は4〜5%下落しており、Cryptonomistは時価総額の減少を約1,900億ドルと試算、FutureSearchのSchwarz氏は自身のブログで「市場の約2,000億ドル規模の下落」に言及している(いずれも二次的な試算であり、幅を持って見るべき数字である点に注意されたい)。

アナリストの受け止めは一様ではない。D.A. DavidsonのGil Luria氏は6月の離脱時点で「GoogleはAIフロンティアにおける人材獲得競争で負けつつあるという懸念が強まっている」とコメントした。一方、JefferiesのBrent Thill氏は8月の再編後、「AI人材獲得競争が激化している」との認識を示しつつも、「IPOを控えたフロンティアラボが優秀な研究者の獲得競争で優位に立ちつつある一方、Googleは依然として深いAI専門性と加速するクラウド成長の恩恵を受けている」と指摘し、離脱を「沈みゆく船からの逃避」ではなく「潤沢な資金にアクセスできる創業者への転身が可能になった労働市場の変化」として捉える見方を示した。同氏は6月時点でも、Googleの約19万4,668人(2026年第1四半期時点、前年比5%増)という従業員基盤と、検索・Cloud・Workspaceにまたがる合計30億ユーザー規模の配荷力、TPUによるコスト優位性を根拠に、Geminiが最高性能のモデルである必要は必ずしもないと論じている。

FutureSearchのSchwarz氏の分析はさらに踏み込んでいる。同氏は、AIラボ157件のモデルリリースと171件の人事異動を統計的に分析したMike Frantzen氏の調査("The masthead is not the moat")を引用し、「著名研究者を多く失ったラボほど、その後より優れたモデルを開発する傾向がある」という逆説的な結果を紹介している。これは、優秀な人材はどの企業も「勝っているラボ」から引き抜こうとするためであり、真の堀(moat)は看板研究者ではなく学習スタックそのものと、報道に名前が出ない中堅層の厚みにあるという解釈だ。この見立てを踏まえ、同氏は「今回の市場の約2,000億ドルの下落は、人材流出そのものというより、モデルのタイムラインに対する懸念だと考える」と結論づけている。同社は今後6か月間で、DeepMindに残る上級研究・エンジニアリング指導者(約15名と推定)のうち中央値で2名(0〜6名の範囲)が追加で離脱すると予測している。

7. クラウドは絶好調という逆説——「勝者に土地を貸す」シナリオ

今回の一連の出来事を語るうえで見落とせないのが、Google Cloud事業そのものは記録的な成長を続けているという対照的な事実だ。Google Cloudの売上は2026年第2四半期に前年同期比82%増となっており、この成長の一部は、他ならぬフロンティアAIラボへのインフラ賃貸によって支えられている。中でも大きいのがAnthropicとの関係で、報道(The Informationの報道をReutersが伝えたところによれば)によると、Anthropicは2027年からの5年間で総額約2,000億ドルをGoogle Cloudに投じることをコミットしたとされ、最大100万基規模のTPUと複数ギガワット級の次世代computeを対象とする契約と伝えられている。Discovery LoopやIneffable IntelligenceがいずれもGoogleからcompute供給を受ける関係にあることも同じ文脈で理解できる。

これをGemini自体の商業的な規模と比較すると、対照はより鮮明になる。Morningstarの推計(FutureSearch経由)によれば、Gemini APIの売上は年換算で約150億ドル程度とされ、消費者向けAIサブスクリプションの規模はさらに小さいとみられる。正確な数字を得るのは難しいものの、この比較は「Geminiの収益規模はGoogleにとってCloud事業ほど大きくはないかもしれない」ことを示唆している。FutureSearchはこの構図から、「2028年より前にAnthropicの年換算Google Cloud支出額がAlphabet自身のGemini収益(API+消費者向けサブスクリプション)を上回るか」という問いを立て、60%の確率を見積もっている。

この見方が示唆するのは、Googleが必ずしも「フロンティアモデルそのもので勝つ」ことに固執する必要はなく、TPUとクラウドインフラを軸に「フロンティアの勝者に土地を貸す」立場としても十分な事業機会を持ちうるという、垂直統合戦略のもう一つの解釈だ。これは前回記事で論じた「モデル・半導体・配荷網の一体運用」という強みの中の、半導体・インフラの側面がむしろ独立した収益源として機能し始めている可能性を意味している。もっとも、これは仮説的なシナリオであり、Gemini自体の競争力低下を正当化するものではない点には留意したい。

まとめ

この2週間の動きを整理すると、Googleは「フロンティアモデルの実行力」という一点で明確な逆風に直面しつつも、「インフラ・配荷・資本力」という土台は揺らいでいないという、ねじれた構図が浮かび上がる。Gemini 3.5 Proの遅延は単なるスケジュールの後ろ倒しではなく、ベースモデルを作り直すレベルの手戻りを伴っていたとみられ、Gemini 4への軸足移動もその帰結として理解できる。人材流出についても、著名研究者の離脱そのものより、彼らが去った先で何を作るか(そしてGoogleがその出資者・クラウド提供者であり続けるか)の方が、中長期的には重要な変数になりそうだ。

今後の観測点としては、(1)Gemini 3.5 Proが実際にいつ、どの程度の性能で一般提供されるか、(2)Kavukcuoglu体制下でGemini 4の開発ペースが実際に上がるか、(3)今後半年でDeepMindの上級研究者がどの程度追加で離脱するか、(4)AnthropicをはじめとするCloud顧客からの収益がGemini自体の収益規模を上回っていくか、の4点を挙げておきたい。前回記事で示した「垂直統合の強みと、収益基盤の緊張」という構図に、今回は「フロンティア実行力の遅れ」という新たな軸が加わった形になる。

土曜日, 8月 01, 2026

Gemini・TPU・Cloudの垂直統合と、規制・資本市場からの逆風——Google AI戦略の現在地

検索広告で世界の情報流通を握ってきたGoogleは、この1年で「AIエージェントの会社」への転身を急いでいる。Google I/O 2026では自律的にタスクをこなすエージェント群を前面に押し出し、自社設計半導体TPUへの投資は前年の2倍を優に超える規模に膨らんだ。一方でクラウド市場ではAWS・Azureに次ぐ3番手の立場が続き、収益面では新興のAnthropicがOpenAIを追い抜くという番狂わせも起きている。垂直統合という看板戦略は、規模がそのまま強さにつながっているのだろうか。

この問いを掘り下げる価値があるのは、Googleが賭けている金額の桁が変わってきているからだ。2026年の設備投資(capex)ガイダンスは年内に3度引き上げられ、上限は2,050億ドルに達した。これは自己資金だけでは賄いきれず、Alphabetは創業以来初めてとなる大型の株式による資金調達にも踏み切っている。同時に、EUの規制当局やドイツの裁判所からは検索とAIの一体化そのものに疑問符が突きつけられ、パブリッシャーからの訴訟も相次ぐ。投資の規模と逆風の大きさが、ともに過去最大になっているタイミングだ。

結論を先に示すと、Googleの強みは「フロンティアモデル(Gemini)×自社半導体(TPU)×圧倒的な配荷網(検索・Android・Cloud)」を一体で持つ点にあり、これは他社が容易には模倣できない構造的優位である。しかしその裏側では、検索広告という既存の収益基盤とAIエージェント化が互いを侵食し合う緊張、資本市場からの投資対効果への懐疑、そして規制・司法からの圧力という3つの逆風が同時に強まっている。以下、具体的な数字とともに見ていく。

本稿の一部(各社の投資競争の帰趨、規制対応のペースなど)には筆者の推定を含みます。精密な予測ではなく、公開情報から読み取れる方向性としてご参照ください。

1. Google I/O 2026とその後の展開

2026年5月19〜20日のGoogle I/Oでは、あらゆる入力から動画などを生成できる「Gemini Omni」と、フロンティア級の知能と行動力を統合した「Gemini 3.5 Flash」が発表され、エージェント開発基盤「Google Antigravity 2.0」を通じて「書くのを助けるAI」から「行動するAIエージェント」への転換が明確に打ち出された。個別の機能も具体的に固まっている。

  • Gemini Spark:24時間365日バックグラウンドで動く「パーソナルAIエージェント」。ユーザーの指示のもとで代理行動を取り、重要な操作の前には確認を挟む設計で、まずGoogle AI Ultra(月額100ドルの新プラン)加入者向けにベータ提供された。
  • Daily Brief:夜間にメール・カレンダー・タスクを解析し、朝に優先度付きのダイジェストを届ける機能。
  • Universal Cart:検索・Gemini・YouTube・Gmailを横断する「インテリジェントな買い物かご」。価格追跡や在庫復活通知などをバックグラウンドで行い、2026年夏より順次展開されている。

Gemini appの月間アクティブユーザーは9億人超(1年前の4億人から倍増以上)、Search AI Modeは月間10億人超に到達したとGoogleは発表している。I/O後も動きは止まっておらず、2026年7月21日には後継モデル「Gemini 3.6 Flash」「Gemini 3.5 Flash-Lite」が投入された(フラッグシップの3.5 Proは「パートナーとテスト中」の段階)。DeepMindは次世代の「Gemini 4」についても、最も野心的な事前学習をすでに開始したと明らかにしており、モデル刷新のサイクルはむしろ短くなっている。

2. インフラ投資と技術的優位性

Googleの最大の武器は自社設計半導体TPUによる垂直統合である。第7世代TPU「Ironwood」は2026年4月22日(Google Cloud Next)に一般提供が始まり、1チップ当たり192GBのHBM3E(帯域7.37TB/s)、4,614 FP8 TFLOPSの性能を持ち、9,216チップのポッド構成で42.5 FP8エクサFLOPS・1.77PBの共有メモリを実現する。前世代TPU v5pの約10倍、TPU v6e(Trillium)比でも4倍以上の性能向上に相当し、FP8をネイティブサポートした初めての世代でもある。これらの数値はGoogle自身の発表であり、第三者による独立再現はまだ行われていない点には留意したい。

この投資を支える資本支出ガイダンスは、2026年に入ってから3段階で引き上げられてきた。

発表時期 2026年capexガイダンス
2026年2月(Q4 2025決算) 1,750億〜1,850億ドル
2026年4月(Q1 2026決算) 1,800億〜1,900億ドル
2026年7月22日(Q2 2026決算) 1,950億〜2,050億ドル

2025年の実績capexは914億ドル(正確には914.47億ドル)であり、2026年ガイダンスの上限(2,050億ドル)は前年の2倍を優に超える。2027年についても「さらに大幅増」とCFOアナット・アシュケナジは述べている。この資金需要を賄うため、Alphabetは2026年6月1〜2日に総額800億ドル(最終的に847.5億ドルにアップサイズ)の株式による資金調達を発表した。内訳は300億ドルの引受公募、400億ドルのATM(随時売出)プログラム、そしてバークシャー・ハサウェイによる100億ドルの相対出資である。自己資金・借入(年内だけで850億ドル超の債券発行)に加えて初めて大規模なエクイティ調達に踏み出した点は、投資規模の大きさを象徴している。

Google Cloudの受注残高(Remaining Performance Obligations)は2026年第2四半期に5,140億ドルへ拡大し、クラウド収益は前年同期比82%増の248億ドルに達した。これは同じ四半期のAWS(37%成長)、Microsoft Azure(43%成長)を上回るペースだが、他社との2026年capex比較では、Amazonが2026年7月30日の決算で2,000億ドルから2,200億ドルへ引き上げ、Microsoftは7月29日の決算で従来通り約1,900億ドルを据え置き、Metaも7月29日に1,300億〜1,450億ドルへガイダンスを引き上げた(当初の1,150億〜1,350億ドルから拡大)。4社合計では前年比7割前後の増加になる見込みで、Googleは業界最大級の投資競争のただ中にある。

半導体の調達先も一社依存からの脱却が進んでいる。次世代TPU v8は訓練用(コードネームSunfish)をBroadcom、推論用(コードネームZebrafish)をMediaTekが担当する形で設計を分割し、Marvellをネットワーキング用ASICのパートナーに、Intel Foundry Servicesを2028年以降の予備製造委託先に加える「4社体制」を構築中だ。あわせてHBM(広帯域メモリ)はSamsungが約6割、SK Hynixが約4割を供給しており、TPUの生産量を実質的に左右する制約要因になっているとの分析もある。

3. モデル性能とエコシステムへの浸透

Gemini 3 Deep Thinkは2025年の国際数学オリンピック(IMO)、国際物理学オリンピック、国際化学オリンピックの理論・記述問題で金メダル級の成績を達成しており、IMOについては国際数学オリンピック機構の協力のもとで検証されている。あわせてHumanity's Last Examで48.4%、ARC-AGI-2で84.6%(ARC Prize Foundationが検証)、Codeforcesの競技プログラミングでEloレーティング3455を記録した。ただし第三者ベンチマークを見る限り、単純な優劣で語れる状況ではない。Gemini 3系は推論・科学分野や100万トークン級の長文コンテキスト処理で強みを見せる一方、実際のソフトウェア課題を解く「SWE-bench Verified」ではClaudeが僅差で先行する結果が複数のベンチマークサイトで報告されており、分野ごとに一長一短というのが実態に近い。

配荷網の広さもGoogleの強みだ。GeminiはAndroid・検索・Workspace・YouTube・Gmail・スマートアイウェアなど広範なエコシステムに統合されている。さらに2026年1月12日、AppleがSiriの刷新にGoogleのカスタムGeminiモデル(推定1.2兆パラメータ規模)を採用する複数年契約を締結したと発表された。Appleは年額約10億ドルを支払うとされ、Gemini搭載の新Siriは2026年内に約14億台のiPhoneに展開される見通しだ(Appleは処理をPrivate Cloud Compute内で完結させ、Googleにユーザーデータを渡さない設計としている)。スマートフォン全体での「デフォルトAI」の地位を、Googleは自社製品の外側でも固めつつある。

4. 市場シェアの現状

複数の指標で見ると、Geminiは急速に存在感を拡大している。Sensor TowerのState of AI 2026レポート(2026年6月16日発表)によれば、アプリのユニークユーザーに基づく世界シェア(True Audience)でChatGPTが46.4%(2026年3月に初めて50%を下回った)、Geminiが27.7%(月間利用者6.62億人)、Claudeが10.3%(月間利用者2.45億人)となった。Webトラフィックベース(Similarweb、2026年4月)ではChatGPT 54.7%、Gemini 27.4%であり、Geminiは2025年1月の5.4%から急伸している。

一方、利用時間(エンゲージメント)で見るとChatGPT・DeepSeek・Geminiの3者が合計で市場のほぼ90%を占め、単純なアプリシェア指標だけでは競争の全体像を測れない。それを象徴するのが収益面での逆転劇だ。Anthropicの年間換算収益(ARR)は2026年4月にOpenAIを上回り、2026年5月時点で約470億ドル(OpenAIは約250億ドル)に達したとされる。アプリのユーザー数ではまだChatGPT・Geminiに大きく水をあけられているAnthropicが、収益では先頭に立っているという事実は、AI市場の競争軸がユーザー数だけではないことを示している。

5. 規制・訴訟という逆風

EUはデジタル市場法(DMA)に基づき、Androidの主要機能(起動ワード、画面内容やセンサー情報などのコンテキスト、画面操作などのアクション、オンデバイスモデルなどのリソース)についてGemini以外のAIアシスタントにも同等のアクセスを認めるよう求めていた。この件は2026年1月27日の手続き開始、4月の予備的見解公表を経て、2026年7月16日に欧州委員会が拘束力のある仕様決定を採択し、GoogleはAndroid 18リリース(2027年8月1日を予定)までに大半の措置を実装するよう義務付けられた。同時に、検索データを競合の検索エンジンやAIチャットボット提供者に公平な条件で共有することも義務付けられている。

パブリッシャー側からの圧力も強まっている。欧州出版者評議会(EPC)は2026年2月10日、AI OverviewsとAI Modeに関する独占禁止法上の申立てをEUに提出し、パブリッシャーの合意やオプトアウト、公正な対価なしでのコンテンツ利用を問題視した。米国ではPenske Media(Rolling Stone、Billboard、Variety等の親会社)が2025年9月、AI OverviewsによるトラフィックとAdセンス収益の損失を主張してGoogleを提訴(アフィリエイト収益がピーク比3分の1超減少と主張)しており、Cheggによる同種の訴訟も先行して起こされている。

法的責任の所在を巡る判断も出始めた。ドイツでは2026年5月28日、ミュンヘン地方裁判所がAI Overviewsによる2つの出版社に関する誤った説明について、Googleに対する仮差止めを認めた。同裁判所は、AI Overviewsが従来の検索結果と異なり「独立した新規かつ実質的な言明」を生成しているとして、検索エンジンに認められてきた責任限定の判例は適用されないと判断している。さらに2026年7月14日には、ドイツの複数のメディア規制当局がGoogle AI OverviewsとPerplexity AIを「コンテンツの発行者」として扱う判断を下し、EUのプラットフォーム責任免除が及ばないとした。世界で初めてメディア法をAI生成の検索結果に正式適用した事例とされる。背景には、AI Overviewsがパブリッシャーのクリックスルー率を58%押し下げているという推計(2026年2月時点、30万キーワードを分析したAhrefsの調査)がある。

6. 資本市場は懐疑的

2026年第2四半期決算は売上高1,198億ドル(前年比24%増)、Cloud成長82%という好内容だったにもかかわらず、capexガイダンスの引き上げ(上限で150億ドル増額)への懸念から株価は5%下落した。同四半期のフリーキャッシュフローは59億ドルの赤字(営業キャッシュフロー391億ドルに対しcapexが449億ドル)となり、2004年の株式上場以来初めてのマイナスを記録、自社株買いも一時停止されている。増収増益でも株価が売られるという反応は、投資家がキャッシュフローの視界不良をどれだけ重く見ているかを物語る。

供給制約も無視できない。TPU・データセンター供給網の制約は2027年まで続くとされ、成長は需要ではなく供給能力によって頭打ちになっているとCFOアナット・アシュケナジも認めている。前述のチップ調達先の多様化(Broadcom・MediaTek・Marvell・Intel)は、この制約への対応という文脈で捉えると理解しやすい。

7. 強み・弱みの整理

観点 強み 弱み
技術基盤 自社設計TPU(Ironwood)による垂直統合でNVIDIA依存を回避し、コスト・電力効率で優位 TPUエコシステムはCUDAほど汎用性・外部開発者コミュニティが成熟していない。Broadcom一社依存からの脱却も途上
モデル性能 Gemini 3 Deep Thinkが国際科学オリンピックで金メダル級、多くのベンチマークで首位級 優位は短期間で他社に追随されやすく、モデル改廃サイクルも速い(3.5→3.6→4のペース)
配荷力 検索・Android・Workspace・YouTube・Chrome等の巨大基盤にGeminiを標準搭載。Apple Siri採用でさらに拡大 検索広告への依存度が高く、AI機能の展開が既存の広告モデルを侵食するリスク(カニバリゼーション)
クラウド事業 Google Cloud売上が82%成長、受注残高5,140億ドルと勢い最大 AWS(約28〜30%)・Azure(約21〜25%)に対し依然シェアで劣後(Google Cloudは約13〜14%)
資本力 潤沢なキャッシュフローと2,050億ドル規模のcapexで長期投資が可能。847.5億ドルの株式調達も実行 capex急拡大と初のマイナスFCFが投資家の懸念を招き、株価が下落(Q2決算後5%安、自社株買い停止)
収益化 「Gemini Enterprise」で法人需要を統合、月間処理トークン数が前年比約7倍(3.2京トークン/月)に急増 Gemini単体の直接課金(サブスクリプション)収益は小さく、有料転換率もClaude(利用者の約13%が課金)等に比べ低いとの指摘がある。ただしGoogleは広告改善・Cloud契約・Workspaceバンドルでの間接的な収益化を主戦略としており、単純な「収益化の失敗」とは言い切れない面もある
規制・信頼性 独自のResponsible AI原則とガバナンス体制を長年運用 EUのDMA最終決定(Android開放義務)、複数訴訟・独禁法申立て、ドイツでの法的責任判断など規制圧力が強まる

まとめ

Googleの最大の強みは「モデル・インフラ・配荷」の垂直統合にあり、TPUによるコスト構造の優位性と、検索・Android・Cloudという複数の巨大チャネルを同時に活かせる点に現れている。一方で最大の弱みは、検索広告という既存の収益基盤とAI Overviews/エージェント化との間の構造的な緊張、急増する資本支出と初のマイナスフリーキャッシュフローに対する資本市場の懐疑、そして2026年後半から本格化するEUのAndroid開放義務への対応である。今後の成否は、TPU供給の拡大ペース(Broadcom・MediaTek・Marvell・Intelへの分散を含む)、Cloud事業のシェア拡大速度、そして各国の規制当局・裁判所との関係構築にかかっていると言えそうだ。

月曜日, 6月 29, 2026

Amazon EVS(Amazon Elastic VMware Service)完全解説

Amazon EVS(Amazon Elastic VMware Service)完全解説

VMware on AWS後継の本命か?競合との徹底比較 ― インフラエンジニア向け技術解説(2026年6月時点)

⚡ TL;DR
Amazon EVSは2025年8月5日にGAした、VCF(VMware Cloud Foundation)を顧客自身のVPC内・EC2ベアメタル上でセルフマネージドで動かすAWSネイティブサービス。東京リージョン(ap-northeast-1)はGAから対応。最小4ホスト・最大32ホスト(2026年5月に16→32に拡張)、BYOLのVCFライセンスが必須。VMC on AWS「再販終了」後の実質的な移行先だが、パッチ・アップグレード・障害ホスト交換は顧客責任という点がVMCとの最大の違い。東京4ホスト最小構成でのAWS側コストはオンデマンドで約$40,600/月(VCFライセンス別途)。

1. Amazon EVSとは

Amazon Elastic VMware Service(Amazon EVS)は、AWSがVMware Cloud Foundation(VCF)を顧客のAmazon VPC内に自動デプロイし、EC2ベアメタルインスタンス(i4i.metal等)上でそのまま動かすためのAWSネイティブサービスだ。AWSがインフラプロビジョニングとハードウェア管理を担い、顧客はESXi・vCenter・NSX・SDDC Managerへのフルルート権限を持ちながらVMwareワークロードを運用できる。

沿革を整理すると、AWS × VMware(現Broadcom)の協業は2016年に始まり、フルマネージドの「VMware Cloud on AWS(VMC)」として展開されてきた。しかし2024年2月のBroadcomによるVMware買収後のライセンス改定、2024年4月30日のAWSによるVMC再販終了を経て、2024年末のre:Invent 2024でAWSがEVSを発表。2025年6月9日にパブリックプレビュー(東京含む5リージョン)、同年8月5日に一般提供(GA)を開始した。GA対応リージョンは米国東部(バージニア北部・オハイオ)、米国西部(オレゴン)、アジアパシフィック(東京)、欧州(フランクフルト・アイルランド)の6リージョン。その後2025年11月にムンバイ・シドニー・カナダ中部・パリに拡張されている。

AWSによるVMware移行戦略の位置づけ
EVSはAWSが「プリミティブなサービス(ビルディングブロック)」と位置づけており、顧客がVMwareワークロードをそのままAWSで動かす最速経路として提供される。AWSには他にAWS Transform(エージェント型AI移行)、Application Migration Service(MGN)、コンテナ化(ECS/EKS)など複数の移行経路があるが、EVSは「再プラットフォーム・リファクタリング不要」の選択肢だ。

2. アーキテクチャと技術仕様

SDDC構成(Consolidated Architecture)

EVSはVCFの「Consolidated(統合)アーキテクチャ」を採用する。これは管理コンポーネントとワークロードVMを単一クラスタ上に同居させるモデルで、自動デプロイされる管理コンポーネントは以下の通りだ。

  • vCenter Server(1台)
  • SDDC Manager(1台)
  • NSX Manager(3台クラスタ構成)
  • NSX Edge(2台、Active/Standby)
  • Cloud Builder(デプロイ完了後に自動削除)

これらの管理VMはvSphereリソースプールで分離されるが、ワークロードVMと同一ESXiホスト上で動作する。VCFのSeparated Architecture(管理ドメインとワークロードドメインを物理分離)はEVSでは現時点で非対応。

ネットワーク構成

EVSのネットワークは2層構造だ。外側はAmazon VPC(アンダーレイ)、内側はNSXオーバーレイ(T0/T1ゲートウェイ)。T0ゲートウェイがVPC Route Server Endpointとの間でeBGPピアリングを確立し、NSXオーバーレイのCIDRをVPCルートテーブルにアドバタイズする仕組み。EVS環境ごとに2つのVPC Route Server Endpointが必須。

構成上の制約として、T0ゲートウェイは1環境あたり1台のみシングルAZ構成のみ(マルチAZ非対応)という点は設計で重要な検討事項となる。オンプレミスとの接続はTransit Gateway経由のDirect Connect(Transit VIF)またはSite-to-Site VPN(TGWアタッチメント)が必要で、Direct Connect Private VIFやVGWベースVPN、VPCピアリングは非対応。

ストレージ

プライマリストレージはvSAN(ローカルNVMeインスタンスストア)。i4i.metalでは1ホストあたり約20.5 TiB rawのvSANキャパシティが使用可能(vSAN圧縮・重複排除有効時の実効容量はワークロード依存)。インスタンスストアはEphemeralであるため、VCFコマンドを経ずにEC2インスタンスを停止・終了するとデータを失う。外部ストレージとしてAmazon FSx for NetApp ONTAP(NFS/iSCSI)やPure Cloud Block Storeが対応している。

デプロイ所要時間はAWSコンソールのガイド付きワークフローまたはCLI/CloudFormationから約3時間で完了する。

⚠️ 注意:VMCから移行時に失われる機能
VMC on AWSで利用できた vDefend Advanced Threat ProtectionVMware Live Cyber Recovery はEVSでは現時点で非対応。vSphere HA/DRSはセルフマネージドでの構成が必要。EDRS(Elastic DRS)もEVSでは使用不可。

3. 最小構成・最大構成(東京リージョン)

項目 i4i.metal(GA当初) i7i.metal-24xl(追加) 東京リージョン対応
vCPU数 128 vCPU(64物理コア×HT) 96 vCPU(48物理コア×HT) 両タイプ対応
メモリ 1,024 GiB 768 GiB
ローカルNVMe 30 TB(vSAN: 約20.5 TiB raw/host) 約22.5 TiB raw/host
ネットワーク 75 Gbps 200 Gbps超
CPU世代 第3世代 Intel Xeon (Ice Lake) 3.5 GHz 第5世代 Intel Xeon Scalable (Emerald Rapids)
最小ホスト数 4ホスト固定(環境作成時) 4ホスト固定(環境作成時) 4ホスト〜(キャパシティ予約推奨)
最大ホスト数 32ホスト(※1) 32ホスト(※1) クォータ引き上げリクエスト必要
VCFライセンス要件 最低256コア(4ホスト×64物理コア) 4ホスト×コア数分 BYOL必須(Broadcom購入)

(※1)2026年5月19日付けAWS What's NewにてGA当初の上限16から32へ倍増。サービスクォータ引き上げリクエストが必要。

その他の前提条件

  • AWSサポートプラン:Business Support以上が必須(環境作成失敗条件)。なお2027年1月以降、Business Supportは廃止予定でBusiness Support+($29/月〜)が実質最低基準に移行する。
  • VPC:最小/22のCIDRブロック、Route Server Endpoint×2(それぞれ専用ピア)が必要。IPv6は現時点で非対応。
  • 対応VCFバージョン:5.2.1、5.2.2(2026年6月時点)。VCF 9は現時点で非対応。
  • デプロイ所要時間:約3時間(コンソールまたはCLI/CloudFormation)。

4. 最小構成で動くワークロードVM数の比較

インフラエンジニアがサービス選定で最も気にするポイントの一つが「最小構成でどれだけのVMを動かせるか」だ。各サービスの最小構成におけるワークロードVM稼働数の推計を以下の前提で比較する。

推計前提条件
標準VM:2 vCPU / 8 GiB RAM / 100 GiB diskの小中規模汎用VM想定。管理コンポーネント消費分(VCF: 約24 vCPU・200 GiB、Nutanix CVM: ノードあたり12 vCPU・32 GiB等)を控除。vSphere HAの1ノード分フェイルオーバー予約(25%相当)を控除。CPUオーバーコミット比は2:1適用。VDI(1 vCPU/4 GiB)は約2倍、DBサーバー(8 vCPU/32 GiB)は約1/4が目安。
サービス 最小ノード数・仕様 総vCPU / 総RAM 推計ワークロードVM数 制約要因・特記
Amazon EVS 4 × i4i.metal
128 vCPU / 1,024 GiB
512 vCPU
4,096 GiB
200〜400 VM 最小4ノードのため他サービスより容量大。HAで1ノード分(1,024 GiB)確保。RAM制約が支配的。vSAN容量は十分(FTT=1で約50 TiB usable)。
Azure VMware Solution 3 × AV36
36コア / 576 GiB
216 vCPU
1,728 GiB
70〜150 VM Microsoft管理コンポーネントが46 GHz CPU・171 GiB RAMを予約(3ノード中の約50%に相当)。RAM・CPUともに制約。HA1ノード分を除くと実効容量は小さい。
Google GCVE 3 × ve1-standard-72
72 vCPU / 768 GiB
216 vCPU
2,304 GiB
100〜200 VM AVS AV36よりメモリ1ノードあたり192 GiB多い(768 vs 576 GiB)。フルマネージドのためHA予約がGoogle任せで透明度低め。
Oracle OCVS 3 × BM.DenseIO.E4.128
128 OCPU / 2,048 GiB
384 OCPU
6,144 GiB
200〜500 VM 最大RAMを誇る構成。旧DenseIO2.52(52 OCPU/768 GiB)では80〜170 VM程度。標準shapeはOCI Block Storageを使いvSAN不要。東京リージョン(ap-tokyo-1)はOCVSの対応状況を個別確認要。
NC2 on AWS
(Nutanix)
3 × i4i.metal
128 vCPU / 1,024 GiB
384 vCPU
3,072 GiB
150〜300 VM CVM(Controller VM)がノードあたり12 vCPU・32 GiB消費。最小3ノード。最大28ノード(7 placement group対応リージョン)。ハイパーバイザはAHV(ESXiではない)。

※ 推計値。実際のVM数はVMサイズ・CPUオーバーコミット率・ワークロード特性・vSAN利用可能容量によって大きく変動する。VDI(1 vCPU/4 GiB)なら約2倍、DBサーバー(8 vCPU/32 GiB)なら約1/4が目安。

📌 重要な注意点:最小ノード数の差
EVSは最小4ノード、他のサービスは最小3ノードという構造差がある。EVSの「200〜400 VM」はこの1ノード多い構成に起因する部分が大きい。同じ3ノードに換算すると3×i4i.metalで約150〜300 VM相当になり、NC2(AHV)と同程度の容量になる点に注意。

5. VMware Cloud on AWS(VMC)との比較

比較項目 Amazon EVS VMware Cloud on AWS(VMC)
サービスモデル セルフマネージド(AWSネイティブサービス) フルマネージド(Broadcom運営)
デプロイ先 顧客自身のVPC内 Broadcom管理SDDC(顧客VPC外)
vCenter/ESXi管理権限 フルルート権限あり(VIB導入等の自由度高い) Broadcomが管理、顧客は限定アクセス
パッチ・アップグレード責任 顧客(またはパートナー)責任 Broadcom責任
障害ホスト交換 顧客責任(AWSに連絡し交換手続き) Broadcom責任
ライセンスモデル BYOL必須(VCFポータビリティ) Broadcom直販サブスクリプション(ライセンス込み)
最小ホスト数 4ホスト 2ホスト〜(i3.metal)
EDRS(弾力的リソーシング) 非対応(セルフ管理必要) 対応
vDefend ATP 現時点で非対応 対応
AWSからの販売 AWSが提供(AWSアカウント直結) 2024年4月30日にAWS再販終了・Broadcom直販のみ

VMC→EVS移行パス:VMware HCXを使ってVMC on AWS→EVSへのvMotion/Bulk/RAV移行が公式サポートされている。VMC GovCloudのEOLなども背景にあり、VMC利用中で将来不透明感を感じている組織にとってEVSは最も自然な移行先だ。EVSデプロイ時にHCXのプライベート接続方式(Direct Connect または Public Internet)を一度選択すると変更不可な点に注意。

6. NC2 on AWS(Nutanix)との比較

NC2 on AWSとEVSは「AWSベアメタル上でオンプレの仮想化環境をそのままクラウドに持ち込む」という方向性は共通しているが、ハイパーバイザと用途が根本的に異なる。

比較項目 Amazon EVS NC2 on AWS(Nutanix)
ハイパーバイザ VMware ESXi Nutanix AHV(VMware非依存)
管理ツール vCenter / SDDC Manager / NSX Prism Central / Prism Element
ストレージ vSAN(ローカルNVMe)+外部(FSx等) Nutanix DSF(CVM管理)+EBSストレージ拡張可
最小ノード 4ノード 3ノード(2ノードは非対応)
最大ノード 32ノード/環境 28ノード/クラスタ(7 placement group対応リージョン)
利用可能インスタンス i4i.metal、i7i.metal-24xl i3.metal、i3en.metal、i4i.metal、i7ie/i7i.metal-24xl/48xl、z1d.metal等
VMware移行ツール HCX(vMotion/Bulk/RAV) Nutanix Move(ESXi→AHV変換が必要)
クラスタHibernate 非対応 対応(S3退避でコスト最適化可)
位置づけ VMware継続(スキル・ライセンス・ツール維持) VMware脱却(AHVへのハイパーバイザ変換)

判断軸:VMwareからの移行時にESXi・vCenter・NSXのスキルとライセンスを維持したければEVS。Nutanixをオンプレで採用中・採用予定であればNC2。VMwareから完全脱却してコスト削減を狙うならNC2(ただしNutanix Moveでのハイパーバイザ変換工数が発生)。

7. 競合サービス比較(AVS / GCVE / OCVS)

比較項目 Amazon EVS Azure VMware Solution(AVS) Google Cloud VMware Engine(GCVE) Oracle Cloud VMware Solution(OCVS)
管理モデル セルフマネージド マネージド寄り(Microsoft管理) フルマネージド(Google管理) 顧客フルアクセス型(EVSに最も近い)
最小ノード 4ノード 3ノード 1ノード(PoC)/ 3ノード(本番) 1ノード(dev)/ 3ノード(本番)
最大ノード/クラスタ 32ノード/環境 96ノード/プライベートクラウド(最大12クラスタ×最大16ノード) 64ノード(全クラスタ合計) 64ノード/クラスタ(最大15クラスタ)
マルチAZ 非対応(シングルAZのみ) Stretched Cluster対応(マルチAZ) Stretched Cluster対応(マルチゾーン) フォルトドメイン単位(シングルAD)
VCFライセンス BYOL必須 2025年11月以降新規ノードはBYOL基本 Google包含(ライセンス込み) Oracle包含またはBYOL(移行フェーズ依存)
HCX 対応(HCX Advanced/Enterprise) HCX Advanced 包含 HCX 包含 HCX 包含
東京/日本リージョン ap-northeast-1(東京)対応済み Japan East(東日本)対応 asia-northeast1(東京)対応 ap-tokyo-1(東京)対応状況は要確認
デプロイ時間 約3時間 約3〜4時間 約30〜60分(高速プロビジョニング) 約2〜4時間

各サービスの特徴整理

  • AVS(Azure):Azureエコシステム(Azure NetApp Files、Azure Elastic SAN等)との統合が強み。Stretched Clusterでマルチ可用性ゾーンに対応できる点がEVSと異なる大きな差別化。マネージド寄りのため運用負荷は低め。
  • GCVE(Google):フルマネージドで運用負荷が最も低い。1ノードから試せる柔軟性と30〜60分の高速プロビジョニングが評価される。ve2世代(128 vCPU/2TB RAM)への世代交代が進行中。
  • OCVS(Oracle):ESXiルートアクセスでEVSに最も近い運用モデル。OCI Block Storage(外部ストレージ)との組み合わせで「コンピュートとストレージの独立スケーリング」が可能という独自性を持つ。46以上のグローバルリージョンで最大のカバレッジ。

8. コスト・ライセンス(東京リージョン試算)

AWS側料金の構成(3要素)

  1. EC2インスタンス料金(i4i.metal):オンデマンド・1年/3年 Savings Plan(ISP)・予約で割引選択可
  2. EVSコントロールプレーン:$0.92/usage-hour(ホスト数×時間)
  3. VPC Route Server Endpoint:$0.20/endpoint-hour(2 endpoint必須、標準料金の73%割引適用後)

東京リージョン(4×i4i.metal、730時間/月)試算

料金タイプ EC2(i4i.metal×4) EVSコントロールプレーン Route Server(×2) 合計/月(AWS課金のみ)
オンデマンド $12.883/hr × 4 × 730h
$37,618
$0.92 × 4 × 730h
$2,686
$0.20 × 2 × 730h
$292
約 $40,600 /月
3年 ISP(推計) $17,377 $2,686 $292 約 $20,355 /月

※ EC2 i4i.metalの東京オンデマンド単価はサードパーティ価格情報ベース。3年ISPは米国比から推計した参考値。正確な見積もりはAWS Pricing Calculator(ap-northeast-1)で実施のこと。VCFライセンスコスト(Broadcom別途購入)は含まず。

Broadcom VCFライセンスについて

  • BYOL(ライセンスポータビリティ)必須:VCFサブスクリプション+ポータビリティ権が必要(2023年12月13日以降購入のVCF 5.1+に付帯)。
  • 最低コア要件:256コア(4×i4i.metal の初期デプロイ分)+vSAN 110 TiB容量ライセンス。
  • 課金単位:物理コア単位(16コア/CPU最小)。かつて2025年4月に追加された「72コア/インスタンス最小」の要件は後に撤回された模様(契約時に最新条件を要確認)。
  • クラウドプロバイダー経由ライセンスにポータビリティ権なし:パブリッククラウドプロバイダー経由で取得したライセンスはポータビリティ対象外。
  • Windows Serverライセンス:EVSを通じてVM単位での取得が可能($0.046/vCPU-hour)。

9. 移行シナリオ(VMware from ― HCX活用)

EVSはVMware HCX(VCF Operations HCX)を公式サポートする。HCXはデフォルトではEVS環境にインストールされておらず、EVSデプロイ後に別途構成が必要。

接続方式(デプロイ時に一度のみ選択・変更不可)

  • プライベート接続:Direct Connect(Transit VIF + Direct Connect Gateway + Transit Gateway)またはSite-to-Site VPN(TGW VPNアタッチメント)経由。本番・大規模移行に推奨。
  • パブリックインターネット接続:IPAMで公開IP割当、隔離されたHCX用パブリックVLANサブネットが必要。帯域幅制約に注意(WAN最適化機能HCX-WOの活用を推奨)。

主な移行パターン

  • オンプレVMware → EVS:HCXサイトペア設定→Service Mesh作成→vMotion/Bulk/RAV移行。IPアドレス変更不要、運用ランブック変更不要で移行可能。
  • VMC on AWS → EVS:HCXプライベート接続(Transit Gateway経由)でVMC→EVS間のvMotion移行。
  • DR用途(EVSをDRサイトに):本番オンプレ/クラウド→EVSをDRターゲットとしてHCX RAVで非同期レプリケーション。

HCXの主な移行タイプ:Cold Migration、vMotion(無停止・単一VM)、Bulk Migration、Replication Assisted vMotion(RAV:並列・スケジュール・無停止)、OS Assisted Migration(非vSphere)、L2 Network Extension(IP変更不要)。

10. 強みと弱みまとめ

✅ 強み
  • VMwareスキル・ツール・ランブック維持のまま移行可能
  • 顧客VPC内デプロイで200以上のAWSサービスと同一VPC内で直結
  • ESXi/vCenter/NSX/SDDC Managerへのフルルート権限(VIBインストール等も可能)
  • 約3時間でVCF環境が自動展開
  • HCXによるIP変更不要のシームレス移行
  • VCFライセンスポータビリティでBroadcom投資を活用
  • Kyndryl・DXC・富士ソフト等のパートナーマネージドサービスで運用負荷を外出し可能
  • 2026年5月以降、最大32ホスト/環境に拡張(当初16)
❌ 弱みと制約
  • セルフマネージド:ESXi/vSAN/NSXのパッチ・アップグレード・障害ホスト交換が顧客責任
  • シングルAZのみ:マルチAZ(Stretched Cluster)非対応
  • VCF 9非対応(2026年6月時点):5.2.1/5.2.2のみ
  • 最小4ホスト:競合(3ホスト〜)より参入コストが高い
  • T0ゲートウェイは1環境あたり1台のみ
  • vDefend Advanced Threat Protectionが現時点で非対応
  • Business Support(最低)以上が必須(2027年以降はBusiness Support+以上)
  • BroadcomのVCFライセンスを別途調達する必要があり、ライセンスコストが不確定
  • 接続方式(プライベート/パブリック)はデプロイ時の一度きりの選択で後から変更不可

11. まとめ ― 評価・選定の推奨ステップ

Amazon EVSは「VMware資産・スキルをそのまま維持しながらAWSクラウドの恩恵を受ける」という課題に対して2025年8月にGAした現実解だ。VMC on AWSの再販終了後を睨んだ選択肢として、特に大規模なVMwareデータセンター撤退・DR強化・段階的モダナイゼーションを検討している組織に刺さるサービスといえる。

一方で、セルフマネージドゆえの運用負荷(パッチ・アップグレード)、最小4ホストという参入コスト、VCF 9非対応、シングルAZ制約という限界点も明確だ。これらを踏まえた評価フローは以下になる。

評価・判断フロー
VMwareを継続するか脱却するか → 脱却ならNC2(AHV)またはAWSネイティブ移行(MGN等)を検討
マルチAZ(Stretched Cluster)が必須か → 必須ならAVS(Azure)またはGCVEを検討
最小3ノードで十分か → 3ノードで十分ならAVS/GCVE/OCVSが有利
VCF 9が早期に必要か → 必要なら2026年時点でEVSは非対応のため待機またはオンプレVCFを維持
セルフマネージドの運用負荷を自社で吸収できるか → できない場合はKyndryl・DXC・富士ソフト等のパートナーマネージドを前提に検討
3年コミットが可能なワークロードがあるか → あればSavings Planで東京でも月額$20,000台(4ホスト、AWS課金のみ)まで削減可能
本記事で修正・更新した主な情報(ファクトチェック結果)
・最大ホスト数:16ホスト → 32ホストに修正(2026年5月What's New確認)
・パブリックプレビュー開始:2025年6月9日(東京含む5リージョン)確認
・サポートプラン:Business Support以上(最低要件)を公式ドキュメントで確認。2027年1月以降はBusiness Support+が実質最低基準となる予定。
・EVSで現時点非対応機能(vDefend ATP、VMware Live Cyber Recovery)を追記
・NC2最大ノード数(28ノード/クラスタ)を追記
・AVSの管理コンポーネント予約(46 GHz CPU / 171.88 GiB RAM)に基づくVM数試算を追記

本記事は2026年6月時点の公開情報(AWS公式ドキュメント・What's New・各クラウドベンダー公式資料)に基づいています。料金・仕様・対応リージョンは変更されることがあるため、最新情報はAWS Pricing Calculator・各サービス公式ページで確認してください。