水曜日, 9月 09, 2026

日本の二足歩行ロボットはどこで負けたのか ― 部品・AI・量産で読む2026年の現在地

二足歩行ロボットは、かつて日本が世界を独走していた分野でした。ホンダのP2とASIMO、産総研のHRPシリーズ、早稲田のWABOT。2000年代前半、この領域で日本に並ぶ国はありませんでした。それが今、世界のヒューマノイド出荷台数の統計を見ると、日本の名前はほとんど出てきません。

何が起きたのか。そして、日本にまだ勝ち筋は残っているのか。2024年から2026年にかけて国内で動き始めた新しい取り組みを追いながら、部品・AI・量産という三つの軸で現在地を整理します。

先に結論を書いておきます。完成品の量産競争で日本が米中に追いつく展開は考えにくい一方、精密部品と特定用途、そしてAI基盤という水平レイヤーには依然として実質的な優位が残っています。ただしその優位も、中国の部品国産化によって静かに削られ始めています。2026年の日本の動きは、この構造を国内側が正しく認識したうえでの反撃、と読めるものが多くなっています。

本記事には市場の将来見通しや戦略的な評価が含まれます。市場予測は各調査機関の公表値をそのまま示したもので、筆者が検証したものではありません。また「日本の勝ち筋」に関する評価は筆者の推定であり、精密な予測ではありません。企業の量産計画・出荷目標は各社の表明であって実績ではない点にもご注意ください。

1. 先行していた時代と、その終わり方

起点は早稲田大学です。加藤一郎研究室が1973年に完成させたWABOT-1は、世界初のフルスケール人間型ロボットとして広く認められています。この系譜は菅野重樹研究室などに引き継がれ、日本の人型ロボット研究の人材供給源になりました。

産業側の象徴はホンダです。1996年に発表された自律二足歩行ロボットP2は、人型ロボット研究の歴史的転換点として2026年4月にIEEEマイルストーンに認定されました。2000年に登場したASIMOはその到達点でしたが、2018年に開発が終了し、2022年3月31日、日本科学未来館の「THANK YOU ASIMO! 〜未来館卒業おめでとう」をもって一般公開を終えています。歩行性能は完成していたのに、商用化の道筋が描けなかった、というのがこの終わり方の本質でした。

研究面では産総研のHRPシリーズが長く中核でした。2018年9月27日に発表されたHRP-5Pは身長182cm・体重101kgで、石膏ボードの施工といった重労働を自律実行できることを示しています。人型ロボットに「働かせる」という発想自体は、日本が早くから持っていました。

象徴的なのがSCHAFTの顛末です。東京大学のJSK研究室出身者が設立したこのスタートアップは、2013年12月のDARPA Robotics Challenge Trialsで圧勝しました。その直前にGoogleが買収し、2014年にはFinalsを辞退。そして2018年、買い手が見つからずに閉鎖されています。世界最高水準の日本発チームが海外資本に吸収され、そのまま散逸した。日本が「研究では勝てるが事業にできない」という構図を、これほど分かりやすく示した例はありません。

2. 2024〜2026年、国内で動き始めたもの

停滞と言われ続けた日本ですが、この2年ほどで性格の異なる複数の動きが出てきました。

川崎重工のKaleidoは2015年に開発が始まった長期プロジェクトで、2025年12月の国際ロボット展(iREX2025、東京ビッグサイト)で第9世代となるKaleido 9が公開されました。VRヘッドセットによる遠隔操作と自律動作の両方に対応し、災害対応を想定したデモが行われています。詳細スペックは業界データベースでの記載が中心で、一次資料での確認が取れていないため本記事では扱いません。

トヨタは自社開発ではなく提携を選びました。Toyota Research Institute(TRI)とBoston Dynamicsは2024年10月16日に提携を発表し、2025年8月20日には、TRIのLarge Behavior Model(LBM)が電動Atlasの全身を単一モデルで直接制御する成果を公表しています。ハードは相手側、AIは自社側という役割分担です。

そしてもっとも新しい動きがアトム(ATOM, Inc.)です。2025年11月11日設立、本社は東京都江東区豊洲。代表取締役の青木俊介氏は、カーネギーメロン大学でロボティクス・自動運転の博士号を取得し、2021年にTuring株式会社を共同創業してCTO/CHROを務めた人物です。同社は双腕二足のロボット機体と、環境認識・判断・行動生成を担うフィジカルAI基盤モデルの両方を自社開発する垂直統合を掲げ、製造業と物流・運輸を狙うとしています。

注目すべきは資金の集まり方です。2026年5月27日にシードラウンドで総額30億円(共同リードはANRI、Beyond Next Ventures、ジャフコ グループ)、続く2026年8月にみずほ銀行と15億円の融資契約。設立から1年未満で計45億円規模は、日本のこの領域では突出しています。

さらに2026年8月20日、日本精工(NSK)と包括的パートナーシップのMOUを締結しました。内容は二点で、NSKが開発するヒューマノイド向けアクチュエータをアトムの機体に搭載しての共同検証と、NSKの製造現場を活用したフィジカルAI学習データの共同収集です。両社のリリースは、国内でこの産業の立ち上げに挑むプレイヤーが限定的であること、そして部品の生産・調達を海外に依存することが供給体制と量産化の両面で課題であることを明示しています。「国産AI×国産部品」という座組みを、危機意識とセットで打ち出した点がこの提携の本質でしょう。

ソフトウェア面では、一般社団法人AIロボット協会(AIRoA)が国産ロボット基盤モデルの共同開発を進めており、開発コンペティションでは産総研・ソフトバンク・三菱電機の合同チームが優勝したと公表されています。個社では届かないデータと計算資源を業界横断で持ち寄る構えです。

3. 要素部品という最後の砦と、その侵食

ヒューマノイドの関節には精密減速機が不可欠で、1体あたり十数個が使われます。ここは日本が長く独占してきた領域です。ナブテスコは自社サイトで、産業用ロボット関節用途の精密減速機における世界シェアをおよそ60%(同社推計)と記載しています。波動歯車装置ではハーモニック・ドライブ・システムズが同様の地位にあり、ベアリング・ボールねじではNSKやTHKが強い。中国サプライチェーンを避けてロボティクスに投資する手段として、海外の投資家がこれら日本企業に注目する構図もできあがっていました。

問題は、この砦が中国側の国産化によって削られ始めていることです。数年前まで中国製ロボットの精密減速機はほぼ日本製でしたが、国内メーカーの採用比率は着実に上がっています。特に軽負荷向けの波動歯車で置き換えが進み、重負荷向けのRV減速機では日本優位がまだ残る、というのが大まかな構図です。個別企業のシェアや供給先については業界メディア由来の数字が流通していますが、企業公式や監査済みのデータでは確認できないため、本記事では具体値は扱いません。

アトムとNSKが「部品の海外依存」を提携の理由として名指ししたのは、この流れへの国内側からの応答と読めます。部品で稼げているうちに完成品と基盤モデルの側にも足場を作らないと、部品自体を失ったときに何も残らない、という認識です。

制御技術の潮流も変わりました。日本が確立したZMP規範に基づく全身制御・動作計画から、強化学習・模倣学習・シミュレーション学習(sim-to-real)へ、そしてVision-Language-Actionモデルのような基盤モデルへと重心が移っています。ハードの擦り合わせで積み上げてきた優位が、学習データと計算資源の勝負に置き換わりつつある——これが日本にとって最も不利な変化です。

4. 米中の量産競争はどこまで来ているか

数字で見ると差は明確です。調査会社Omdiaの集計によれば、2025年の世界のヒューマノイド出荷は13,318台で、前年比約480%増。このうち中国勢が約87%を占めます。首位は上海のAgiBot(智元机器人)で5,168台、シェアは約39%でした。

企業(地域) 直近で確認できる動き 量産・出荷の状況
AgiBot(中国) Omdia集計で2025年の世界出荷首位 2025年に5,168台を出荷、シェア約39%
UBTech(中国) 2025年11月にWalker S2の量産・納入を開始 受注8億元超。BYD、東風柳汽、Geely、FAW-VW、Foxconn、SF Expressなどへ配備
Unitree(中国) G1を2024年5月に16,000ドルで発表 2026年時点の直販価格は13,500ドル。米国のリセラー経由や上位構成はこれより大幅に高い
XPeng(中国) 2026年9月8日、広州でIRONが生産ラインから自律歩行して退出 中核工程の自動化率80%超。2026年末までに月産1,000台超を目標と表明
Boston Dynamics(米・韓国資本) 電動Atlas。TRIのLBMと統合した全身制御を2025年8月20日に公表 Hyundaiが2020年12月に約80%取得(完了は2021年6月)
Rainbow Robotics(韓国) 韓国初の二足歩行ロボットHuBoの開発元 Samsung電子が約35%を取得し子会社化(2025年3月5日にKFTC承認)

Tesla Optimusについては量産計画が繰り返し報じられていますが、出荷実績や生産開始時期に関して独立に検証できる一次情報が乏しく、本記事では具体的な進捗の断定を避けます。この領域では「計画の表明」と「検証可能な出荷」を混同しないことが、読み手側の最低限の防御になります。

中国が速い理由は、技術というより産業構造です。EVと電機の巨大な製造基盤が近接しており、モーター、減速機、パワーエレクトロニクス、電池、センサをそのまま流用・転用できる。さらに国家戦略として「具身智能(embodied intelligence)」が明確に位置づけられ、地方政府の基金も動いています。2026年3月に公表された第15次五カ年計画では、AI・量子・6G・具身AIといった領域への投資拡大が掲げられました。

5. 日本の政策はどこを向いているか

長期の旗は内閣府のムーンショット型研究開発制度です。目標3は「2050年までに、AIとロボットの共進化により、自ら学習・行動し人と共生するロボットを実現する」というもので、中間目標には2030年までの汎用自律人型AIロボットのプロトタイプ開発が含まれます。CSTIによる5年目評価で目標3の継続が決定したことが、JSTから2025年12月16日付で公表されています。

より実務寄りの動きとしては、経済産業省が2025年10月にAIロボティクス検討会を立ち上げ、ヒューマノイドを念頭にサプライチェーン・要素部品・ソフトウェアスタックの変化を分析しています。VLA/VLMによって知覚から行動生成までが統合処理へ移りつつある、という認識が政策側にも共有された形です。

日本固有のドライバーは言うまでもなく労働力不足です。製造、物流、介護、建設のいずれも人手が足りない。アトムが「日本のGDPを1%引き上げる」という目標を掲げるのも、この労働供給制約を前提としています。市場が先にあるという点では、日本は米中より恵まれているとも言えます。

6. 市場予測の読み方

この分野の市場予測は情報源によって桁が違います。数字を引用する前に、何を数えているのかを確認する必要があります。

調査主体 2035年時点の予測 性格・前提
Goldman Sachs 出荷648万台、市場規模約1,380億ドル(2030年は約89万台) 2024年2月時点では380億ドル・約140万台としており、2026年8月のPhysical AIレポートで大幅に上方修正
矢野経済研究所 世界市場7,180,000台(メーカー出荷台数ベース) 2025〜2035年のCAGRは83.5%。2026年は前年比492.7%増の81,690台を見込む
富士経済 3兆5,000億円(2030年は6,500億円) 汎用AIの進展を前提としたシナリオ。金額ベース

金融機関の数字は労働代替の総量から積み上げるトップダウンのTAMで、市場調査会社は個別用途の積み上げに近い。両者を並べて「予測に幅がある」と言うのはあまり意味がなく、どちらの問いに答えた数字なのかを見て使い分けるべきです。台数ベースと金額ベースが混在している点にも注意が必要です。

用途面では、初期の大量採用は構造化された環境、つまり自動車製造ラインと物流倉庫が本命という見方でほぼ一致しています。アトムが製造業と物流を狙うのも同じ判断でしょう。その先に小売・点検警備、介護・医療、建設・災害対応が続き、家庭内はもっとも遠い。ボトルネックとしては、バッテリー持続時間、手の器用さ、安全規格・法規制、コスト、信頼性、そして基盤モデル学習に必要な動作データの不足が繰り返し挙げられます。

安全規格では、2025年にISO 10218の第3版が発行され、協働ロボットに関するISO/TS 15066の内容が本体に統合されました。「協働ロボット」という機器の分類から「協働アプリケーション」という使い方の分類へ、という考え方の変更が含まれています。日本国内では労働安全衛生法と関連省令の運用が実装のハードルになります。中国が独自の標準体系を整備し国際標準策定でも主導を狙っている点を踏まえると、標準の主導権争いも競争軸の一つと見るべきでしょう。

7. まとめ:日本に残された三つの選択肢

現状を整理すると、日本の強みは精密減速機・ベアリング・センサといったキーコンポーネント、品質と信頼性、現場の擦り合わせ力、安全技術、そして社会受容性の高さです。弱みは基盤モデルを中心とするAIソフトウェア、資金調達の規模、量産スピードと垂直統合、学習データの蓄積、AI人材。日本最大級の調達を果たしたアトムでも累計45億円で、海外の同業が数億ドル単位を集めているのとは桁が違います。

ここから取りうる方向は、現実的には三つです。第一にキーコンポーネント供給を高付加価値で維持し、中国の国産化に対抗すること。第二に特定用途への特化——災害対応、介護、精密製造、遠隔操作アバターといった、日本に固有のニーズと技術蓄積が重なる領域。第三にAI基盤・シミュレーション・安全認証という水平レイヤーの提供です。AIRoAの国産基盤モデルはこの三番目にあたり、アトムとNSKの連合は一番目と三番目を接続しようとする試みと位置づけられます。

IT企業の役割はここに関わります。基盤モデルの学習・推論インフラ、デジタルツインとsim-to-real、クラウドロボティクス、そしてデータ主権とガバナンス。国内でも取り組みは始まっており、たとえば富士通は2025年10月3日に発表したNVIDIAとの協業の成果として、2025年12月24日にPhysical AIとAIエージェントを連携させる「Fujitsu Kozuchi Physical AI 1.0」を公表しています。機体そのものではなく、その下で回る計算とデータの層をどこが押さえるか、という競争が並行して進んでいます。

最後に、評価上の留保を一つ。アトムについてはまだ実機の型式もスペックも稼働デモも公表されていません。現時点で確認できるのは、構想と資金と座組みだけです。ASIMOやSCHAFTの歴史が教えるのは、日本が失敗してきたのは技術ではなく、技術を事業として継続させる部分だったということでした。2026年の一連の動きがその轍を踏まないかどうかは、次に出てくる実機と、それが実際の製造現場でどれだけデータを回せるかで判断されることになります。

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