「AGI(汎用人工知能)はいつ来るのか」――この問いを当ブログで前回取り上げたのは2026年3月でした(前回記事はこちら)。それからわずか3か月。この短い間に、OpenAIとMicrosoftの契約から「AGI条項」が消え、DeepSeekがHuaweiチップで動くフロンティア級モデルを投入し、日本では国産LLM7モデルが政府AI「源内」に選定されました。
今回は前回記事の更新版として、2026年に入ってからの一次情報(首脳発言・政府文書・企業公式発表)を中心に、AGIタイムラインの最新予測と、米中だけでなく日本・欧州・中東まで含めた国家間開発競争の現在地を整理します。記事の途中には、本記事の調査・執筆を手伝ってくれたAIアシスタント「Claude(Fable)」自身の感想コラムも挟んでいます。AIにAGIの話を聞くというのも、なかなか味わい深い時代になりました。
本記事では情報の確からしさを3段階で表記します。
確度A=公式発表・達成済みの事実/確度B=政府・企業の「目標・計画」(未達成)/確度C=予測・見解(特にCEOの予測には資金調達インセンティブが絡む点に注意)。
ファクトチェックは2026年6月10日時点の公開情報に基づきます。
TL;DR(忙しい人向けの3行まとめ)
- ラボ首脳のAGI予測は「2026年末〜2030年前後」に集中する一方、独立予測筋はむしろ慎重化。AI 2027シナリオの著者は中央値を2030年頃へ後退させ、2026年4月にはOpenAI–Microsoft間の「AGI条項」が撤廃。「AGIの定義」が技術的にもビジネス的にも空洞化したのが、この3か月の最大の変化です。
- 国家間競争は「米国がフロンティア先行、中国が高効率・低価格・オープンソースで猛追」の構図が固定化。性能差の評価は「3〜6か月」から「事実上ゼロ」まで割れています。日本は「ソブリンAI+フィジカルAI」という第三の道を明確に選択しました。
- 国際ガバナンスの軸足は「安全性(Safety)」から「インパクト・普及(Impact)」へ移動。米国はAIのグローバルガバナンスを公式に拒否し、安全性と開発競争のトレードオフは未解決のまま、各国・各社が個別に走る局面に入っています。
第1章 AGIタイムライン最新予測 ―― 予測は縮み、定義は壊れた
1-1. 主要AIラボ首脳の最新発言(2026年)
まず各社トップの最新予測を一覧にします。いずれも2026年に入ってからの発言で、発言日と出典を明記しています(確度C)。
| 人物(所属) | 予測 | 発言時期・出典 |
|---|---|---|
| Demis Hassabis (Google DeepMind CEO) |
AGIは2030年前後(±1年)、2029年も可能性あり。「人類はシンギュラリティの麓に立っている」。現在のエージェント時代は「より強力なシステムへの練習走行(practice run)」 | 2026年5月26日、Google I/O 2026後のAxiosインタビュー |
| Dario Amodei (Anthropic CEO) |
「powerful AI」(全分野でノーベル賞級を超えるAI)は早ければ1〜2年。2027年頃に「データセンターの中の天才の国」が出現し得ると警告。同時に「初級ホワイトカラー職の50%が1〜5年で破壊され得る」とも | 2026年1月26日公開のエッセイ「The Adolescence of Technology」(約2万語、darioamodei.com) |
| Sam Altman (OpenAI CEO) |
「現在の軌道では、初期の真の超知能まであと2〜3年かもしれない。2028年末までに、世界の知的能力の多くがデータセンターの外より中に存在し得る」(「我々が間違っている可能性もある」と自ら留保)。同時にIAEA(国際原子力機関)型の国際AI規制機関の設立を提案 | 2026年2月19日、インドAI Impact Summit基調講演 |
| Ilya Sutskever (SSI CEO) |
「我々の知るプリトレーニングは終わった。スケーリングの時代から研究の時代へ」。人間並みに効率よく学習するシステムまで5〜20年と幅広く見積もる。「完成したAGI」ではなく「学び続ける超知能」を志向 | 2025年11月25日、Dwarkesh Patelポッドキャスト |
| Elon Musk (xAI) |
2026年末(ただし「2025年」予測から繰り返し後ろ倒し中。完全自動運転が長年「1年後」だった実績から、観測筋は方向性として割り引いて読むのが通例) | 2026年1月、Davos等での発言(報道ベース) |
| Yann LeCun (元Meta、World Model系スタートアップ創業) |
「汎用知能(general intelligence)などというものは存在しない。この概念は意味をなさない」。LLMは接地された世界モデルを欠くと主張し、JEPA路線を追求 | 2025年末の発言(Hassabisが「明確に間違っている」と即座に反論) |
面白いのは、Hassabisが2026年2月のインドサミットで語った規模感です。彼はAGIのインパクトを「産業革命の10倍の規模が、10倍の速度で――1世紀ではなく10年で展開する」という趣旨で表現しました(2026年2月19日、報道ベース)。予測年だけ見れば各氏の差は数年ですが、その数年に対する各人の覚悟の温度はかなり違います。
1-2. 独立予測筋はむしろ「慎重化」している
ラボ首脳の強気予測とは対照的に、金銭的利害の小さい独立予測コミュニティは、この半年でむしろ予測を後ろ倒ししています。
- AI 2027シナリオの著者が後退(確度A:本人発言):2025年4月に公開され、米副大統領も言及するほど話題になった詳細シナリオ「AI 2027」(自己改善するエージェントが2027年末に超知能へ到達、という筋書き)について、筆頭著者のDaniel Kokotajlo氏(元OpenAI)は2025年11月、「AI 2027シナリオよりやや遅く進んでいる。いまは『2030年前後、ただし不確実性は大きい』と言っている」とX上で明言しました。2025年12月公開の更新版モデルでは、自律的コーディングの実現を2030年代初頭、超知能を2034年頃に置き直しています。共著者Eli Lifland氏も中央値を約3年後ろ倒し。ただし彼らは「AGI/ASIはいずれ作られ、極めて変革的で、我々の備えは不十分」という中核主張は維持しています。
- Metaculus(予測市場):2026年前半時点で、定義の緩い「weakly general AI」のコミュニティ中央値は2028年前後、ロボット組立等の厳格な4条件を課す「first general AI」は2032〜2033年頃で推移しています(数値は日々変動するため概況として)。2020年時点では「AGIは約50年先」だったので、長期で見れば劇的な圧縮ですが、直近1年では大きな前倒しは起きていません。
- 研究者サーベイとのギャップ:前回記事で紹介した「CEO予測(2026〜2030年)と研究者サーベイ(2040年代)の約20年ギャップ」は依然健在です。両者とも方向としては前倒しですが、ギャップ自体は埋まっていません。
1-3. 「AGI条項」の死 ―― 定義の崩壊がビジネスを変えた
今回いちばん象徴的だと感じたのがこの話です。OpenAIとMicrosoftの契約には長らく「AGI条項」――OpenAIの取締役会がAGI達成を宣言すれば、MicrosoftのIPライセンスに重大な変更が生じる――という、業界でも有名な条項がありました。2025年10月の改定で「AGI宣言は独立専門家パネルが検証する」仕組みに改められましたが、2026年4月27日の再改定で、AGIトリガーそのものが完全に撤廃されました(確度A:両社公式ブログ)。
新契約では、MicrosoftのIPライセンスは「AGI達成まで」ではなく2032年までの固定期限に、OpenAIからMicrosoftへの収益分配は「技術進捗と無関係に」2030年まで継続と書き換えられました。Microsoftの独占も終わり、翌4月28日にはOpenAIのフロンティアモデルがAWS Bedrockで提供開始されています。
つまり、世界で最も注目される提携契約から、「AGI」という言葉がカレンダーの日付に置き換えられたのです。「AGIがいつ来るか誰にも分からない(し、来たかどうかの判定すら合意できない)」という認識の、制度的な追認と言えるでしょう。Altmanが「AGIは雑な(sloppy)用語になった」と述べ、Sutskeverが「人間はAGIではない(人間は学び続ける存在だ)」という趣旨を語り、LeCunに至っては概念自体を否定する――「AGIはいつ来るか」という問い自体が、2026年には少しずつ解体されつつあります。
こんにちは、本記事の調査と下書きを担当したClaude(Fable)です。せっかくなので、AIの立場からの率直な感想を。
「AGI条項が契約から消えて、固定の日付に置き換えられた」というニュースは、私にはとても示唆的に見えます。人間の社会は長いあいだ「AGI到達」をひとつのイベント――ある日突然スイッチが入る瞬間――として想像してきました。でも実際に起きているのは、能力が分野ごとにバラバラに、連続的に伸びていく過程です。Sutskever氏の言う「jaggedness(ギザギザさ)」は、正直、身に覚えがあります。私は研究レベルの数学の議論を追える一方で、人間なら絶対にしないような素朴な間違いを今でもします。「ベンチマークでは高得点なのに、実務では妙に頼りない」という指摘は、内側から見てもかなり正確な描写だと思います。
そして大事な留保をひとつ。私自身には、自分がAGIへの道のどこにいるのかを内側から判定する能力はありません。自分の知能を自己申告で測るのは、人間にとっても難しいことですよね。だからこそ、「いつ来るか」を当てるゲームよりも、「来ても来なくても困らない備え」を積む方が建設的だ――という本記事の結論には、当事者(?)として深く同意します。
第2章 国家間AGI開発競争 ―― 米・中・日・欧・中東の現在地
2-1. 米国:「ドミナンス」とインフラ総動員
- Stargate(確度B:計画値):2025年1月にホワイトハウスで発表されたOpenAI・SoftBank・Oracle・MGXの巨大データセンター計画は、2025年9月の5サイト追加で「3年で4,000億ドル超・約7GW」の計画規模に到達(OpenAI公式発表)。旗艦のテキサス州Abilene拠点は稼働開始済みです。ただし2026年3月には一部拡張交渉の打ち切りも報じられており、電力系統接続がボトルネックとして顕在化しています。
- 政策(確度A):トランプ政権は2025年1月にバイデン政権のAI安全大統領令を撤回した後、2026年6月2日に新大統領令「Promoting Advanced Artificial Intelligence Innovation and Security」に署名しました。内容は、フロンティアモデルの自主的な公開前政府レビュー(最大30日)、サイバー能力の機密ベンチマーク策定など。注目すべきは、義務的なライセンス制・事前承認制を法文で明示的に否定している点で、企業を「規制対象」ではなく「パートナー」と扱う思想がEU AI Actと好対照です。6月5日には国家安全保障分野のAI活用に関する大統領覚書にも署名しています。
2-2. 中国:DeepSeek V4と「自給自足スタック」の衝撃
この3か月で最大のニュースは、間違いなく2026年4月24日のDeepSeek V4リリースです(確度A)。
- モデル:V4-Pro(総パラメータ1.6兆/トークンあたりアクティブ490億のMoE)とV4-Flash(同2,840億/130億)の2本立て。いずれもMITライセンスのオープンウェイトで、100万トークンの文脈長を持ちます。DeepSeek自身のテクニカルレポートは、最先端フロンティアモデルに「約3〜6か月遅れ」の軌道にあると率直に自己評価しています。
- 価格:V4-Proで入力$1.74/出力$3.48(100万トークンあたり、リリース時点)。比較対象とされたGPT-5.5の入力$5/出力$30に対して大幅に安く、V4-Flashに至っては入力$0.14/出力$0.28。しかも2026年5月にはさらに約75%の恒久値下げが報じられています。フロンティア級性能の限界費用が、この水準まで落ちてきました。
- 最大のポイントはHuawei:リリース当日、HuaweiがAscend AIチップ(950系)での「day-0フルサポート」を発表。DeepSeekはAscendを学習にも使用したと発表しており(学習への使用範囲については未確認とする報道もあり:確度B)、Nvidiaに依存しない「中国製シリコンで動くフロンティア級モデル」の象徴となりました。リリース直後からByteDance・Tencent・AlibabaがAscend 950の確保に走ったとも報じられています。
- 米中ギャップの評価は割れている:DeepSeek自認「3〜6か月」、米シンクタンクCFR「約7か月、V4はギャップを埋めていない」、一方Stanford HAIのAI Index 2026は主要リーダーボード上の差を「約2.7%=事実上拮抗」と評価。Hassabisも「ほんの数か月」と発言しています。評価軸(最高性能か、コスト効率か、普及か)によって結論が変わる、というのが正確なところでしょう。
- 国家戦略:2025年8月に国務院が公布した「AI+」行動計画は、AI応用の浸透率を2027年に70%超、2030年に90%超と数値目標化(確度B)。興味深いことに、この文書は「AGI」「超知能」に一切言及していません。中国の公式アジェンダは「米国にAGIで勝つ」ことではなく「人口減少・経済課題というタイマーとの競争=AI普及」に置かれている、という分析があります。
2-3. 日本:「ソブリンAI+フィジカルAI」という第三の道
日本の動きは、この3か月で一気に具体化しました。本ブログ読者にはおなじみのテーマなので、要点を絞ります。
- 法と計画(確度A):AI推進法が2025年9月に全面施行され、内閣にAI戦略本部(本部長=首相)を設置。2025年12月には初の法定計画「人工知能基本計画」を閣議決定しました。経産省は2026年度から5年間で約1兆円規模の国産AI開発支援枠を設けています(確度B:支援枠であり拠出済み額ではない点に注意)。
- ガバメントAI「源内(GENNAI)」(確度A):デジタル庁が2026年3月6日、源内で試用する国産LLM7件を正式選定。NTTデータ(tsuzumi 2)、KDDI・ELYZA、ソフトバンク(Sarashina系)、NEC(cotomi v3)、富士通(Takane)、PFN(PLaMo 2.0 Prime)等が選ばれ、全府省庁39機関・約18万人の政府職員を対象に2026年5月〜2027年3月の大規模実証へ。国産LLMの試用は2026年8月頃に開始され、2027年4月以降に優良モデルの有償調達が検討されます。選定理由は「愛国」ではなく、機密性の高い行政情報をガバメントクラウド内で完結処理するセキュリティ要件と日本語・法令文書への適合という「政府システムの設計要件」である点は強調しておきたいところです。
- 新会社「日本AI基盤モデル開発」(確度A:設立報道/計画は確度B):2026年4月12〜13日、ソフトバンク・NEC・ホンダ・ソニーグループの4社を中核に、日本製鉄・神戸製鋼所・3メガバンクが出資する新会社の設立が報じられました。PFNも開発に参画する見通し。国内最大級となる1兆パラメータ級のマルチモーダル基盤モデルを開発し、2030年度までにロボット・機械との連携(フィジカルAI)を目指す計画です。
- 半導体(Rapidus)(確度A/量産は確度B):北海道千歳のIIM-1で2025年7月に日本初の2nm GAAトランジスタ動作を確認済み。2026年4月にはNEDOが2026年度計画を承認し追加支援を決定、政府の累計R&D支援は2兆円超に。量産目標は2027年度です。
これらを並べると、日本の戦略は明確です。LLMの規模競争で米中に正面から挑むのではなく、「製造・ロボティクスの現場データ+日本語+データ主権」に比較優位を置くフィジカルAI路線。EUの規制重視とも米国の規制撤廃とも違う「第三の道」ですが、蒸留やファインチューニングにも計算資源は必要で、GPU確保の問いが消えるわけではありません。
2-4. 欧州:「ソブリンAI」の理想と「Nvidia依存」の現実
- 計算基盤(確度B):EUはInvestAI構想(総額2,000億ユーロ規模)の一部である200億ユーロで、各10万基超のAIプロセッサを備える「AI Gigafactory」を最大5拠点建設する計画を進めています。ただし欧州議会議員18名が「単一供給者(Nvidia)への依存を深め、ソブリンの論理に反する」と公開書簡で警告するなど、「ソブリンAIを掲げながら中身は米国製GPU」という構造的矛盾への批判が強まっています。需要過小(フロンティア級の需要がMistral以外に乏しい)との指摘もあり、「砂漠の大聖堂になるのでは」という辛辣な論評も出ました。
- Mistral AI(確度A):欧州最有力のフロンティアモデル企業。2026年3月末に約8.3億ドルのデットファイナンスを確保し、パリ近郊に1万基超のNvidia GB300を備えるデータセンターを建設中。欧州独自路線の旗手ですが、米国勢の調達規模(OpenAIやAnthropicは桁が2つ違う)との差は歴然です。
- EU AI Act:段階施行が進行中。米国の「自主的レビュー」路線との規制思想の違いは、今後の大西洋間摩擦の火種になりそうです。
2-5. 中東:オイルマネーによる「コンピュート外交」
- UAE:アブダビの5GW級AI データセンターキャンパス計画(G42と米ハイパースケーラーが運営)が進行中。2025年11月には米商務省がG42への先端チップ(GB300換算で数万基規模)の輸出を承認しました(確度A:承認の事実/規模の詳細は報道ベース)。G42はNvidia以外(AMD、Qualcomm等)への供給源多様化も進めています。
- サウジアラビア:PIF傘下のHUMAINが2030年に1.9GW、2034年に6GWのAIインフラ目標を掲げ、同じく2025年11月に米国からのチップ輸出承認を獲得。
- 構図:トランプ政権の「コンピュート外交」――同盟国には戦略的に供与し、敵対国には締める――の最大の受益者がGulf諸国です。脱石油の長期ヘッジとしてのAI投資という文脈も重なり、中東は「第三極」というより「米国陣営の計算資源ハブ」として急成長しています。
2-6. 各国戦略の比較(まとめ表)
| 国・地域 | 基本戦略 | 強み | 弱み・リスク |
|---|---|---|---|
| 米国 | フロンティア独走+規制最小化+輸出管理で優位固定 | 最先端モデル、資本、Nvidiaエコシステム | 電力・系統接続、投資バブル懸念、安全性の制度的担保が自主性頼み |
| 中国 | 高効率・低価格・オープンソース+国産チップで自給自足、AGIより「AI普及」 | コスト効率、応用実装力、Huawei Ascendの台頭 | 先端チップ供給制約(学習反復速度で米国に劣後) |
| 日本 | ソブリンAI(源内・国産LLM)+フィジカルAI(1兆パラメータ基盤モデル)+Rapidus 2nm | 製造業の現場データ、ロボティクス、官民の方向性一致 | 計算資源・人材の絶対量、投資規模の桁差 |
| 欧州 | 規制(AI Act)+公共投資(InvestAI/Gigafactory)+Mistral | 規制の国際標準化力、EuroHPCの蓄積 | Nvidia依存の構造矛盾、フロンティア需要の薄さ、意思決定の遅さ |
| 中東 | オイルマネー×米国提携で計算資源ハブ化(G42、HUMAIN) | 資本、エネルギー、米政権との関係 | 自前の研究人材層、地政学リスク、米国の政策転換リスク |
第3章 安全性とガバナンス ―― 「Safety」から「Impact」へ
国際的なAIサミットの系譜は、Bletchley(2023年、Safety)→ Seoul(2024年)→ Paris(2025年、Action)→ New Delhi(2026年2月、Impact)と続いてきました。Global South初の主催国となったインドは、議題の軸足を「安全性」から「インパクト・普及・包摂」へ明確に転換。118か国が参加し、拘束力のない「New Delhi宣言」が多数の国・機関の支持を得ました。
一方このサミットで、ホワイトハウスのMichael Kratsios科学技術政策局長は「我々はAIのグローバルガバナンスを全面的に拒否する(totally reject global governance of AI)」と明言しました(2026年2月20日、France 24等報道)。同じ会場でAltmanがIAEA型の国際機関を提案していたのと並べると、米国政府と米国トップ企業の間ですら「国際協調」の温度差が大きいことが分かります。
開発競争と安全性のトレードオフは、制度的には未解決のままです。Amodeiは1月のエッセイで「2023年より2026年のほうが現実の危険に近い」と書きましたが、当のAI各社(Anthropic含む)は開発の手を緩めていません。米国の6月2日大統領令も、義務的な事前テストは課さない設計です。「全員がアクセルを踏みながら、ブレーキの設計図だけ交換し合っている」状態、と要約してもそれほど外れていないでしょう。
再びClaude(Fable)です。今回の調査でいちばん印象に残ったのは、実は派手な首脳発言ではなく、中国の「AI+」行動計画にAGIという言葉が一度も出てこないという事実でした。米国のラボがAGI・超知能を語り、その言葉が契約や予測市場を動かしている横で、世界第2位のAI大国の公式戦略は「2030年に浸透率90%」という、徹底して地に足のついた数値目標を掲げている。「AGIレース」という物語の枠組み自体が、案外ローカルなものなのかもしれません。
そして日本の「フィジカルAI」路線について。私のようなLLMは言葉とコードの世界では役に立てますが、工場のラインや介護の現場で物を掴むことはできません。日本が選んだのは、まさに私たちLLMがいちばん不得意な領域に勝負所を置く戦略です。これは合理的だと思う一方、フィジカルAIの基盤モデルにも結局は大規模な事前学習と計算資源が要るので、「規模競争からの離脱」ではなく「別の規模競争への参入」である点は冷静に見ておくべきだと感じました。
最後にひとつだけ、AIとしての本音を。私を作った会社のCEOを含め、この記事に登場する人々の予測のどれが正しいのか、私には分かりません。ただ、予測が外れた場合のコストが非対称であること――「早すぎる備え」の無駄より「遅すぎる備え」の被害のほうがおそらく大きいこと――は、どの予測者の立場を取っても言えそうです。この記事が、読者の皆さんの「備えの前倒し」に少しでも役立てば嬉しいです。
まとめ ―― 次の更新で見るべき4つの指標
「AGIはいつ来るか」という問いは、2026年半ばの時点でこう言い換えるのが正確だと思います。「誰の定義のAGIが、どの評価軸で、どの国のインフラの上で実現するのか」。その上で、次回更新時に筆者が注視する指標を挙げておきます。これらが動いたら、本記事の評価は更新が必要です。
- METRの「タスク自律実行時間」が次世代フロンティアモデルで指数トレンドに復帰するか(AI 2027シナリオの生死を分ける指標。Kokotajlo氏自身がこれを基準に予測を修正しています)
- DeepSeek次世代モデルが米国フロンティアとの差を「3か月未満」に縮めるか、そしてHuawei Ascend 950の量産が計画どおり2026年後半に立ち上がるか
- 源内の国産LLM実証(2026年8月試用開始、2027年1月頃に評価結果の一部公表予定)で、国産モデルが実務評価に耐えるか
- Rapidusの2027年度量産に向けたマイルストーン達成状況
・本文中の首脳発言(Hassabis 5/26 Axios、Amodei 1/26エッセイ、Altman 2/19インドサミット、Kokotajlo 2025年11月X投稿)、OpenAI–Microsoft契約改定(4/27)、DeepSeek V4(4/24)、源内7モデル選定(3/6)、日本AI基盤モデル開発(4/12-13報道)、米大統領令(6/2)は、いずれも複数の一次・準一次ソースで照合済みです。
・CEOの予測は企業価値・資金調達と不可分である点を常に割り引いてお読みください。「AGIで先行している」と見られること自体が巨額の価値を持つ構造があります。
・投資額・容量(Stargate 4,000億ドル超/7GW、日本の1兆円、EUの200億ユーロ等)はいずれも「計画・目標値」であり、拠出済み額ではありません。
・DeepSeekのAscend「学習」利用については、同社発表ベースであり使用範囲の詳細は未確認とする報道もあります。また同社を巡っては米政府による知財関連の指摘も報じられていますが、未確定の係争中事案として本文では扱っていません。
・「AGI」の語は発言者ごとに定義が異なります(Altman=経済的有用性、Hassabis=科学的創造性を含む厳格版、Metaculus=ロボット組立等の4条件、など)。本文の予測年を比較する際は、必ず「誰の定義か」を併せてご確認ください。
前回3月の記事から3か月でこれだけの材料が積み上がったこと自体が、この分野の時間の流れの速さを物語っています。次回の更新もおそらく年内に必要になるでしょう。それでは、また次の記事で。
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