月曜日, 9月 29, 2025

ITインフラSIビジネスの行方と主要5社の戦略

 日本のITインフラ市場はクラウド移行と生成AIへのシフトが加速し、従来のハードウェア構築/運用を請け負う「人月型SI」からハイブリッドIT・マネージドサービス・AI運用のサブスクリプションビジネスへ急速に変化しています。IDC Japanは、国内ITサービス市場が2024年に7兆2千億円規模に達し、2024〜2029年の年平均成長率は6.6%と予測しています。特にクラウド移行やAI活用を伴うプロジェクト型市場が牽引役となり、公共・金融・製造・流通などでモダナイゼーションが進む。この潮流の中で、国内大手SIerはどのような戦略を描き、いつ何が起きるのか――最新の発表や各社の発言を基に予想と共に整理します。

全体トレンド:クラウド×ソブリン×AIが軸

  • ソブリンクラウドの登場:2024年以降、日本政府の経済安全保障やISMAP/FISC等の規制に対応した「ソブリンクラウド」が各社から発表。日本オラクルによると、Oracle Alloyを使ったソブリンクラウドサービスは2026年度から日本企業が本格的に提供し始めると宣言。既に富士通と野村総研は稼働中で、NTTデータも2025年12月開始予定。

  • 運用の自動化とAIエージェント:AI/生成AIを活用した業務自動化が急進。日立は品質保証業務にAIエージェントを適用し、問い合わせ対応時間を9割削減し、2026年度までに事業所全体へ展開する予定と発表した。NECは大規模日本語LLM「cotomi」に128Kトークン対応やAIエージェント連携を加え、業務特化のAIエージェント市場を拓いている。

  • 人材構造の変化:インフラ構築要員は減少し、クラウド運用・FinOps・SecOpsなどの専門家やAIコンサルタントの需要が増大。各社とも生成AIセンターやコンサルティング組織を拡充しており、従来の下請け人月モデルから脱却しつつある。

主要SIer5社の戦略とタイムライン

富士通

富士通はUvanceの「Hybrid IT」領域で、Oracle Alloyを活用したソブリンクラウドを提供します。2024年4月にオラクルと協業を発表し、データや運用の主権を保持したクラウド環境を自社データセンターから提供する計画を明らかにしました。サービスは2025年4月に提供を開始し、6月末には第2リージョンを稼働させて東西のディザスタリカバリーが可能になりました。特徴は運用権限・データ・法的・セキュリティの四つの主権を確保し、アップデートやパッチのタイミングを富士通自身がコントロールできる点。

今後の予想タイムライン

年度予想される動き
2025年度東西リージョンの本格運用開始。政府・金融・医療案件でソブリンクラウドの採用が始まり、運用人員はデータ主権対応やFinOps人材中心に再構成。
2026年度日本オラクルのJOC (Japan Operation Center) 稼働に伴い、ソブリンクラウドのエコシステムが拡大し、富士通は業種別アプリと組み合わせた「Sovereign AI」サービスを投入すると予想。
2027〜2029年NRIやNTTデータと連携したマルチクラウド統合サービスが一般化。富士通は国産量子コンピュータ棟の建設(2026年度竣工予定)を足掛かりに、量子+AI時代のインフラを整備し、国内外展開を目指す。

NEC

NECは既存の社会ソリューション事業と組み合わせて業務特化型AIエージェントを強化しています。2024年から商用提供している日本語LLM「cotomi」は2025年7月に128Kトークンへの対応やModel Context Protocol準拠を実現し、AIエージェント連携機能を拡充l。cotomiは法律・製造・公共分野などで活用され、ERPやCRMなど他システム連携も進める計画です。

今後の予想タイムライン

年度予想される動き
2025年度cotomiの128Kトークン版を既存顧客にロールアウトし、MCP対応によりBoxやERP/CRMと連携したAIエージェント活用を推進。公共分野向けの軽量LLMを地方自治体へ導入。
2026年度AIエージェントのツール連携基盤を商用化し、多数のマルチエージェントが協調して業務を自動化するサービスを展開。規制対応やセキュリティ監査機能を強化。
2027〜2029年業種特化AIプラットフォームを海外の社会インフラ事業と連携し、国内では医療・交通などのミッションクリティカル領域への適用を拡大。人間とAIの協働を促進するコンサルティング事業が主軸となる。

NTTデータ

NTTデータは「OpenCanvas」ブランドでマルチクラウド運用+ソブリンクラウド設計を進めています。2024年10月、Oracle Alloyを採用したソブリンクラウドを国内東西リージョンで提供する計画を発表し、東日本リージョンは2025年12月、西日本リージョンは2027年3月稼働予定と明らかにしました。Googleとの提携にも積極的で、2025年7月にはGoogle Distributed Cloud Air Gap(ネットワークから完全に隔離可能なクラウド)を日本国内で提供し、データ主権を保証する高セキュリティ環境を整備しています。さらに2025年8月にはGoogleとのグローバル戦略提携を発表し、50以上の業種別AI/クラウドソリューションと5,000人規模のGoogleクラウド技術者育成を計画しています。

今後の予想タイムライン

年度予想される動き
2025年度Oracle Alloy基盤の東日本リージョン稼働(12月)、Google Distributed Cloud Air Gap提供開始。国内公共・金融機関向けの試験導入が進む。
2026年度Oracle Alloyによるソブリンクラウドサービスが日本全体で本格稼働し、JOCを介してパートナー支援が強化される。複数のAIエージェントを使ったFinOps/SecOps自動化ツールが発売される。
2027年度西日本リージョンの稼働により、国内全域のソブリンクラウド需要を取り込む。複数の海外拠点への展開と、現地規制に対応したソブリン環境の輸出を開始。
2028〜2030年1000億円規模のソブリンクラウド事業を達成することを目指し、AI×クラウド運用の標準型サービスをパッケージ化して海外の公共・医療案件に提案。

日立

日立はOT×IT融合のLumada事業を軸に、AIエージェントやデジタルツインを現場の安全性・品質保証に活用しています。2025年2月に日立製作所と日立システムズなど3社のデータセンター事業を統合し、Generative AI時代に対応した統合運営本部を設置すると発表。同年6月には大みか事業所で品質保証業務にAIエージェントを適用し、問い合わせ対応時間を約9割削減できることを実証しました。成果を踏まえ、2026年度には鉄道だけでなく電力・上下水道など事業所全体への適用を目標としています。また、同年7月には作業現場の安全性を高める次世代AIエージェント「Frontline Coordinator – Naivy」を発表し、NVIDIAのデジタルツイン技術と連携させる予定です。

今後の予想タイムライン

年度予想される動き
2025年度データセンター事業統合完了。AIエージェントによる品質保証や現場安全支援ソリューションを発売。AIアンバサダー制度を通じて社内に1000件超の生成AI活用事例を展開。
2026年度大みか事業所全体の品質保証業務へAIエージェントを展開。現場安全AIとNVIDIA Omniverse連携ソリューションを各工場・エネルギープラントへ拡販。
2027〜2029年Lumada×AI×デジタルツインにより、鉄道・エネルギー・水道など社会インフラ全体で自律運用を支援するプラットフォームを構築。グローバル市場への横展開を図る。

SCSK

SCSKは基幹系システムの運用・更改を得意とする「堅実型」SIerとして、ハイブリッドメインフレーム+クラウド生成AI導入支援の二軸を強化しています。2025年12月にはIBMの最新メインフレーム「IBM z17」を導入し、既存のz16と合わせてMF+(Mainframe Plus)ホスティングサービスとして提供開始する予定です。このサービスでは、SCSKがメインフレームを共有で提供し、運用を引き受けることで顧客の管理負荷を軽減しつつ、z17のAI機能を活用してレガシーシステムとAI活用を両立させます。また、AWS上にAIエージェント環境を短期構築する「InfoWeave AIエージェント構築ソリューション」を提供し、ブラウザ操作自動化や複数AIの協調によりデータ収集・分析・レポート生成を自動化できることを強調しています。

今後の予想タイムライン

年度予想される動き
2025年度IBM z17を導入したMF+ホスティングサービスを開始し、金融・公共・製造のレガシーシステム更改を支援。InfoWeaveによるAIエージェント導入案件が増加し、数日で稼働開始できるノーコード型テンプレートが強み。
2026年度MF+を用いたハイブリッドクラウド環境とNebulaShift(クラウドネイティブ変革支援)を組み合わせ、既存メインフレーム資産のモダナイゼーションを本格化。金融機関で生成AIを活用したバックオフィス自動化サービスを展開。
2027〜2029年基幹系+クラウド+AIエージェントを統合するマルチクラウド管理サービスを構築。堅実な保守運用にAIによる予兆監視やFinOps機能を加え、顧客ごとのプライベートメインフレーム+クラウド運用をサブスクリプションで提供する。

今後の国内ITインフラビジネスの姿

  • 従来型SIの縮小と役割転換:クラウド&AI時代において、サーバ設計やケーブリングのような従来のインフラSI作業は減少し、インフラSIという形は消えていく。しかしデータ主権・ガバナンス・セキュリティを担保しながらマルチクラウド運用やAI導入を支える**ガイド役(クラウドMSP/AIエージェントチューニング事業者)**として進化することが求められる。

  • ソブリン需要の拡大:2026年度にはOracle Alloyを使ったソブリンクラウドが複数社から提供開始予定。公共・医療・金融のデジタル庁案件や自治体標準システム更新で採用が進み、海外クラウドとの棲み分けが明確化する。国内ベンダーは自社データセンター×運用主権を武器に差別化する必要がある。

  • AIエージェント市場の元年:NECのcotomiや日立の現場AI、SCSKのInfoWeaveなど、2025〜2026年に業務特化AIエージェントが相次ぎ商用化される。生成AIを複数組み合わせ、ブラウザ操作やコード生成まで自律的に実行するマルチエージェント環境が普及し、人月型運用は大きく変わる。IDCや各社発表を踏まえると、2026年は「AIエージェント元年」となる可能性が高い。

おわりに

2025年以降の日本のITインフラビジネスは、クラウドの主権確保・AI自動化・マルチクラウド統合を柱とする新たな競争に突入しています。主要SIer5社はそれぞれ強みを活かしながらも、従来の受託開発や人月ビジネスから脱却し、運用高度化とコンサルティングへ舵を切りました。富士通とNTTデータはソブリンクラウドのリーディングプレーヤーとして公共・医療案件を取り込み、NECと日立は業種特化AIで差別化、SCSKは基幹運用とAIの橋渡し役として安定成長を目指します。今後5年で、SIerは“インフラ構築屋”から“クラウド+AI運用アドバイザー”へと進化し、新しいインフラビジネスの形を創り出すでしょう。

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