ところがどっこい、最近量子コンピュータの実用化が話題になり、遂にはIBMがCES 2019で遂に量子ゲート方式の量子コンピュータを販売すると発表しました。
IBM、量子コンピュータ「IBM Q System One」を商用化したと発表 ITmedia 2019年01月09日
米IBMは1月8日(現地時間)、“世界初の商用統合ユニバーサル近似量子計算システム”と謳う量子コンピュータ「IBM Q System One」を発表した。
同社は2017年には20qubit(量子ビット)の顧客向けオンラインサービス「IBM Q Network」を実現している。無料で一般に公開されているIBM Q Experienceでは、現在670万件を超える実験が行われているという。
Q System Oneはまだハードウェアとして販売するわけではなく、ネットワーク経由で利用できるのみのようだ。IBMはIBM Q Networkの顧客に、ExxonMobilとCERNが加わったことも発表した。まだ実用レベルとは言えないと思いますが、まずは商用化したことに意味があるのでしょう。
というわけで、急激に状況が変わっている量子コンピュータについて、現時点の状況と今後の見込みを纏めておきたいと思います。
1.量子コンピュータとは何か?量子ゲート方式と量子イジングモデル方式 (量子アニーリング方式)
まず量子コンピュータとは何か、という話です。量子コンピュータは量子の重ね合わせとか量子もつれとか、そういった量子力学で登場する状態量子状態を利用して作られるコンピュータのことです。まあ、このへんはうまく説明できないので、以下の記事などを参考にしてみて下さい。
直感で理解する量子コンピュータ Qiita
で、今は量子コンピュータにも大きく分けて2種類あります。1つが量子ゲート方式、もう1つが量子イジングモデル方式(量子アニーリング方式など)です。
簡単に説明すると、量子ゲート方式は汎用機ですね。少し嘘ですが今のパソコンみたいなもので、ソフトウエアを色々と用意することで、色々なことができるようになります。ただし、このソフトウエア(アルゴリズム)部分は因数分解を高速で解く「ショアのアルゴリズム」などが幾つか既に存在しているものの、現時点ではまだまだ開発途中、という感じです。そのため各社ハード面での開発の他、ソフト面での開発も強化しています。例えば、マイクロソフトは量子コンピュータ用のプログラム言語「Q#」を発表しました。
Microsoft、量子コンピュータ向けアプリの開発キットを公開 PCwatch 2017年12月12日
なお、私が学生だったころは量子コンピュータというと、このゲート方式のことを呼びました。というか、次にご紹介する量子イジングモデル方式がまだ世に出ていなかったんですよね。
量子イジングモデル方式はパソコンのようなゲート方式とは異なり、決まった計算しかできません。言うなれば電卓のようなものです。この決まった計算というのが、「巡回セールスマン問題」という従来型のコンピュータが苦手とする計算です。「巡回セールスマン問題」とは何か、についてはWikipediaをご参照下さい。
巡回セールスマン問題 Wikipedia
この「巡回セールスマン問題」ですが、単純な経路最適化の他にも色々な活用方法があるようです。とは言いつつ、現在も良い活用方法を探している、といった感じでしょうか。
ここで1点補足ですが、この後の項で性能を表す指標として「量子ビット」という言葉がでてきます。これは量子ゲート方式と量子イジングモデル方式共通で出てくるものの、方式が違う者同士で比較することは意味がありません。またまた少し嘘ですが、この2つの方式を同じように比べてしまうと、例えるなら、
「僕、最近パソコンを買い直して、4コアのCPUのやつにしたんだよね」
「えぇ、4!(笑)。俺の持ってる電卓は20桁まで計算できぜ!性能5倍だな。」
「???」
という意味不明な事になってしまいます。ご注意ください!
2.量子コンピュータの現在の状況
前項で、量子コンピュータには大きく分けて2つの種類があることをご説明しました。これからそれぞれについて、現在の状況を纏めておきます。
最初に、量子コンピュータのハード部分を開発している主だった企業を見てみましょう。分かりやすいので、富士通のサイトの図をお借りしてきました。
AIと量子コンピューティング技術による新時代の幕開け ~デジタルアニーラが未来を切り拓く~ FUJITSU JOURNAL 2017年12月13日
量子ゲート方式
まず、量子ゲート方式ですが米国大手IT企業が開発の中心にいます。まずGoogleですが、量子ゲート方式の権威カリフォルニア大学サンタバーバラ校のジョン・マルティニス教授を同社の研究チームに招き、開発を進めています。昨年前半に72量子ビットを実現し、量子超越性を証明しようとしています。量子超越性とは現在技術で作られているスーパーコンピュータよりもその量子コンピュータの方が優れてい、ということです。この量子超越性の証明のため、GoogleはNASAと契約を行ったという報道もあります。
Google、72量子ビットの量子プロセッサ「Bristlecone」で量子超越性を目指す ITmedia 2018年03月07日
グーグルがNASAと提携 「量子超越性」実証へ MIT Technology Review 2018年11月14日
IBMも量子コンピュータにはかなり力を入れており、冒頭で記載した初のゲート方式商用化を発表しました。昨年3月時点の報道で、プロトタイプで50量子ビット、と記載があります。Googleといい勝負をしている、といった感じでしょうか。
量子コンピュータ市場を狙うIBM--慶大や日本企業も高い関心 ZDNet Japan 2018年03月28日
あとはマイクロソフト、Intelなどですが、それ以外にも独自の技術でゲート方式の量子コンピュータを実現しようとしているベンチャー企業があります。例えば、「イオントラップ型」というイッテルビウムの原子を真空中に浮遊させ、レーザービームで情報を読み書きする量子コンピュータを開発したIonQです。IonQは先日、160量子ビットを搭載した量子コンピュータで79量子ビットの演算を実現したと発表しました。
IonQ、1原子を1量子ビットとする“イオントラップ”型量子コンピュータ PCwatch 2018年12月17日
ここまでゲート方式の量子コンピュータについて纏めました。Googleは昨年時点で今後数ヶ月以内に量子超越性を証明する、という報道がありました。順調に行けば今年中には量子ゲート方式の量子コンピュータが現在のスーパーコンピュータを超えたことが証明されるかもしれません。そうなると、今後のスパコンのあり方なども変わっていくかも知れませんね。
量子イジングモデル方式
ゲート方式が長くなってしまいましたが、次に量子イジングモデル方式の量子コンピュータについて、確認していきましょう。
量子イジングモデル方式については、まずなんと言ってもカナダのベンチャー企業であるD-Wave Systems社が開発したD-Waveです。2011年に世界初の商用量子コンピュータを謳ったD-Wave Oneが発表され、量子コンピュータが注目されるようになりました。
D-Wave Oneは発表当時から、「これは本当に量子コンピュータなのか?」という論争が起こりました。量子コンピュータなのか?というのは2つの意味があります。1つは本当に量子状態を利用しているのか?2つ目は量子ゲート方式でない装置を量子コンピュータと呼んでよいのかという意味です。1つ目については後に証明されましたし、2つ目については今だに論争がありますが、まあ、D-Waveについては量子イジングモデル方式の1つである、量子アニーリング方式の量子コンピュータ、という分類がされています。
D-Waveは2年毎に量子ビットを倍にすることを公約としており、現在の最新版は2017年に発表されたD-Wave 2000Qの2,000量子ビットです。公約通り行けば今年4,000量子ビットの装置が発表されると思われます。
量子コンピュータ「D-Wave 2000Q」発売、公約通り量子ビットを倍増 日経XTECH 2017年1月25日
ここまであまり触れてきませんでしたが、量子コンピュータは量子状態を安定させるため、量子を絶対0度に近い温度まで下げる必要があります。この技術についてはまだまだ発展段階であり、コストも多くなってしまっています。またノイズも多い状況です。そこで、現在のコンピュータに生かされている半導体技術を利用し、量子状態を再現して計算させる方法が開発されました。これに特に取り組んでいるのが日立と富士通です。
日立は「CMOSアニーリングマシン」という半導体で量子状態を擬似的に再現した装置を開発しています。日立は昨年この装置を無償で利用できるサービスを発表しました。国立研究開発法人新エネルギー・産業技術総合開発機構からの受託案件ですね。
組合せ最適化問題に特化したクラウド型計算サービスの無償提供を開始 国立研究開発法人新エネルギー・産業技術総合開発機構/日立 2018年9月19日
とは言いつつ、日立はまだ商用提供してはいませんし、明確にどの程度の量子ビットすうなのかも分かりません。一方で、富士通は「デジタルアニーラ」というサービスで、既に商用提供を開始しています。
デジタルアニーラ 富士通
最近、第2世代が発表され、8,192量子ビットのサービスの提供が始まりました。今年2月からはこれまでのWeb API提供のほか、オンプレ提供も開始するようです。
8,192ビット規模に拡張した 組合せ最適化問題を高速に解く「デジタルアニーラ」サービスを提供開始 富士通 2018年12月21日
上記プレスによると、今後並列化などを進め、100万量子ビットを目指すようです。日立は報道で10万量子ビットとあったので、まあそれを超えますよ、とアピールしているのかもしれません(笑)
3.量子コンピュータのこれから
ここまででざっくりと量子コンピュータの現状を纏めてみました。ここから少し、今後どうなっていくのか、を予想してみましょう。
量子ゲート方式
量子ゲート方式の量子コンピュータについては、Google、IBMなどの発表通りであれば、今年もしくは来年の2020年頃に量子超越性が証明されるかも知れません。ただし、じゃあそれで直ぐに実用化されるかというと、そんなことはないと思います。というのも、既に触れましたが、この量子ゲート方式の量子コンピュータを活用するためのアルゴリズムが不足しているからです。これは私の勝手な予測ですが、2020年代で量子ゲート方式のハードウエアは大きく進化すると思われます。が、一方でソフトウエア面は少しづつ開発が進み、活用できそうな用途から少しずつ利用されていく、というのが2020年代後半頃から進むのではないでしょうか。結構最近活用される様になってきたよね、と感じるのは早くても2030年代前半、恐らく2035年頃から2040年にかけてと予想します。それでも随分早いですけどね。
ただ、現在急激にハードウエア面の開発が進んでいるので、アルゴリズムなどで新たな発見、例えば少ない量子ビット数でも劇的に利用できるなにか、があると、一気に実用化が進むかもしれません。本当に、一人の天才が世の中を変えてしまう、といったことが起きるかもしれませんね。
量子イジングモデル方式
量子イジングモデル方式については、少なくとも半導体を利用した方式であれば、既にある程度実用化できるレベルになっていると考えています。根拠が分からなかったのですが、量子アニーリング方式で1万量子ビット程度まで行くと実用レベルになるという記載がある記事がありました。この1万量子ビットですが、例えば富士通のデジタルアニーラであれば既に8,192量子ビットのサービスを開始していますし、2019年度中には数万~十数万量子ビットまで上げてくるでしょう。D-Waveも2年毎に量子ビットを倍にするという公約を守ることができれば、2021年に8,000量子ビット、2023年に16,000量子ビットを達成することができるはずです。
ハード面はある程度準備ができているわけですから、後はどのように活用するかです。物流などの他に、製薬や金融でも活用できるようなので、早ければ今年や来年2020年頃から具体的な活用事例が出てくるかも知れません。こちらについては、2020年代前半から活用が進んでいくと考えています。
量子コンピュータとスーパーコンピュータとの関係性
ここで気になってくるのが、量子コンピュータとスーパーコンピュータとの関係性です。現在世界トップはIBM製の「Summit」で、計算速度は122.3PFLOPSです。国内でも現在稼働している京の後継であるポストKの開発が進められており、2021年頃に稼働予定です。
ポスト「京」開発状況について CPUの試作チップが完成、機能試験を開始 富士通/理化学研究所 2018年6月21日
この2020年代初頭に稼働するポストK世代のスーパーコンピュータは、大台である1EFLOPS(エクサフロップス)付近の計算力になる見込みです。凄いですね。で、その後はどうなるのか、量子コンピュータが取って代わるのかというと、そんなことはないと考えています。というのも、スーパーコンピュータには汎用性も必要だからです。量子ゲート方式の量子コンピュータが真の汎用性を持つのは、当面先のことでしょう。
一方で、量子コンピュータは無視されるというと、そんなこともないと考えています。少し話が逸れますが、1EFLOPS(エクサフロップス)の1000倍である1ゼタフロップス級のスパコンが2035年頃に実現できる、という論文が中国の研究者から発表されました。
中国、ゼタスケールを2035年までに? HPCwire Japan 2018年12月18日
ムーアの法則の終焉が叫ばれている中、なかなか野心的な論文だと思います。このように単純に計算力を上げていく、というのも必要ではあります。が、量子コンピュータの開発がこのまま順調に行けば、恐らく2030年代後半あたりのスパコンは量子コンピュータの機能も一部搭載するものになっていくのではないかと考えています。現在のスパコンも昔と異なりGPUを搭載し、Deep Learningに対応したりしていますし、時代に合わせた変化が必要なのです。トップ性能のスパコン開発は長期的なものも多いので、今後のスパコン開発にはどこまで先を見据えて開発を行うのか、という難しい舵取りが必要そうですね。
国内IT企業と量子コンピュータ
国内IT企業と量子コンピュータについても触れておきます。まず、量子イジングモデル方式のものについては、量子状態を再現した半導体のものであれば、世界トップクラスのハードウエアを現時点で用意できている状態です。後は国内ITが苦手とするソフトウエア面と実績を早々に出していく、という必要がありますね。富士通なんかは早々にカナダの量子コンピュータベンチャーである1QBitと提携をしています。
富士通と1QBit、量子コンピュータ技術を応用したAIクラウドで協業を開始 富士通 2017年5月16日
今後も量子コンピュータのソフト面、活用を担おうとするベンチャーは雨後の筍の如く現れるでしょうから、日立、富士通、後は紹介していませんがNTTなどハードウエアを提供している企業は、これらベンチャーの良し悪しを見極めつつ、上手に提携していく必要がありますね。
一方で量子ゲート方式については、国内ITは正直ぱっとしません。大学やユーザ企業のほうがむしろ積極的に先発しているIBMなどと提携を進めています。
慶應義塾大学の量子コンピューター研究拠点・IBM Qネットワークハブに日本の4社が参画 慶應義塾大学/日本IBM 2018年5月17日
昔は量子コンピュータといえばNECが進んでいる、みたいな時期もあったんですけどね。量子ゲート方式はすぐ目の前で成果がでるものではありませんが、量子コンピュータの本命です。あまり海外勢と差がつき後から取り返せないレベルになると、ITの根幹部分から勝負ができなくなってしまいます(今勝負できているのか、というのはおいておいて)。もし量子ゲート方式に費やす社内リソースがないのであれば、今のうちからGoogleやIBMと競っているベンチャーなどに投資や人材派遣を行い、10年後、15年後も先端技術を提供できるようにしておいて欲しいと願います。
最後に
ここまで量子コンピュータの現在位置とこれからについて、自分の予測も含めて纏めてみました。冒頭でも触れましたが、学生当時あと100年程実用化までかかると言われていた量子コンピュータが今後数年から十数年で実用化されそうなんて、本当に技術の進化は加速していると思います。楽しみではありますが、人の社会、生活が変化についていけるのか、というのが課題になるくらいの大きな変化が起こりそうです。不安もありますね。いや、自分はそれも含めて楽しみのほうが大きいかも知れません。
今回、量子コンピュータを纏めるにあたって技術情報も確認しましたが、なにせ自分はあまり真面目な学生ではなかったもので、コヒーレントとかの単語を見ただけでなんか昔を思い出して体調が悪くなりました。更には、量子力学3の単位を落として留年する夢まで見ました(実際はなんとか4年で卒業できましたが)。いやー、実験は好きでしたが、理論部分は苦手でしたからね。今更ながら、私は本当に院まで行かなくて良かったです(笑)そしてまた、コツコツと成果を上げている研究に携わっている方々に敬意を表したいと思います。
(参考)
5年後に汎用量子コンピュータ登場か、IBM、Google、Microsoftが先陣――NRI、「ITロードマップ 2018年版」を発表 ITmedia 2018年03月09日
【初心者向け】量子ゲート方式と量子イジングモデル方式の違い Qiita
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