エグゼクティブサマリー
2025年は、世界のeVTOL(Electric Vertical Take-Off and Landing:電動垂直離着陸機)産業にとって、期待と現実が交錯する歴史的な分水嶺となった。2025年大阪・関西万博での実証飛行や、欧米における認証プロセスの進展を経て、明確な勝者と敗者を選別するフェーズへと突入した。
米国勢(Joby Aviation、Archer Aviation)は、FAAとの緊密な連携と製造パートナーシップの確立により、2026年の商用運航開始を現実的な視野に捉えている。中国のEHangは、CAACSから世界初の運航者証明(OC)を取得し、試験的商用運航を開始した。
対照的に、欧州勢は厳しい状況に直面している。ドイツのVolocopterは2024年12月26日に破産申請を行い、2025年3月には全従業員が解雇された。Liliumも2025年2月に2度目の破産申請を行い、事業停止に追い込まれた。さらに、AirbusがCityAirbus NextGenプログラムの一時停止を発表したことは、バッテリー技術の成熟度に関する根本的な課題を浮き彫りにした。
第1章 序論:eVTOL産業の進化と2025年の位置づけ
1.1 ハイプ・サイクルからの脱却
過去10年間にわたり、eVTOL産業は過度な期待(Hype)と巨額のベンチャーキャピタル投資によって牽引されてきた。2020年から2021年にかけてのSPAC(特別買収目的会社)ブームにより、Joby Aviation、Archer Aviation、Lilium、Vertical Aerospaceといった企業が相次いで上場を果たし、市場には数十億ドルの資金が流入した。
しかし、2025年を迎えた時点で、この産業は「幻滅期」を経て「啓蒙活動期」へと移行しつつある。物理的な製品(航空機)の完成度が問われる段階に入り、実際の飛行データ、認証進捗、そして製造能力が企業価値を決定づける唯一の指標となった。
1.2 2025年の地政学的シフト
2025年はまた、eVTOL開発の中心地が欧州から米国および中国へと決定的にシフトした年でもあった。米国はFAA(連邦航空局)による柔軟かつ実用的な認証アプローチと、国防総省(DoD)によるAFWERXプログラムを通じた軍事利用の模索が、民間開発を強力に下支えした。
中国は、国家戦略としての「低空経済(Low-Altitude Economy)」推進により、CAACSが世界に先駆けて無操縦航空機の型式証明および運航者証明を交付するなど、商用実装において他国を圧倒するスピードを見せている。
第2章 2025年大阪・関西万博:産業界のストレステスト
2025年大阪・関西万博は、eVTOL産業にとって技術のショーケースであると同時に、実運用における課題を洗い出す過酷なストレステストの場となった。
2.1 参加企業の明暗と運用実績
Joby Aviation:安定した運用能力の実証
Joby Aviationは、万博会場および富士スピードウェイにおいて、期間中に41回以上の有人デモンストレーション飛行を成功させた。同社は2025年だけで850回以上の飛行を実施し、累計50,000マイル(約8万キロ)以上の飛行実績を達成した。これは前年比2.6倍の増加であり、FAA型式証明の最終段階であるTIA(Type Inspection Authorization)飛行試験に向けた重要なデータ蓄積となった。
Jobyの成功の背景には、筆頭株主であり戦略的パートナーであるトヨタ自動車の存在がある。2025年5月には、トヨタから2億5,000万ドルの戦略的投資の第1弾を受領し、製造提携の強化を進めている。
SkyDrive:着実な実証飛行の完遂
日本のスタートアップであるSkyDriveは、2025年4月9日のメディアデーで初の公開デモ飛行を実施し、7月31日から8月24日までの夏季期間に万博会場のEXPOバーティポートで連続的な実証飛行を完遂した。SD-05機体は無人・遠隔操縦方式で、高度4メートル、飛行時間3分程度のデモンストレーションを安全に実施した。
さらに9月には、大阪メトロが運営する「大阪港バーティポート」での追加飛行を実施。これは都市部の住宅地近接エリアでの飛行という点で、社会受容性向上に向けた重要な一歩となった。同社は2028年の商用運航開始を目指している。
LIFT Aircraft:インシデントと教訓
米国のLIFT Aircraftは、1人乗りマルチコプター「HEXA」による飛行展示を行ったが、2025年4月26日のデモ飛行中にモーター取り付け部のカバー2枚が脱落するインシデントが発生した。幸い、HEXAは18個のローターを持つ分散電気推進システムの冗長性により安全に着陸し、人的被害はなかった。
【重要な修正点】調査の結果、原因は部品サプライヤーが「設計仕様と異なる材質」の部品を誤って納入したことにあると判明した。LIFTはこの部品を交換し、受入検査・品質管理プロセスの監査と改善を実施。7月9日から11日に安全確認試験を完了し、7月12日から飛行を再開した。
Vertical Aerospace:実機飛行の見送り
英国のVertical Aerospaceは、丸紅と提携して「VX4」の飛行を目指していたが、英国での飛行試験状況を考慮し、万博での実機飛行は見送りとなった。代わりに8月以降、「Advanced Air Mobility Station」でVX4のキャビン体験展示が行われた。
第3章 欧州eVTOL産業の崩壊と再編
2025年、欧州のeVTOL産業は壊滅的な打撃を受けた。これは単なる個別の経営失敗ではなく、欧州独自の規制環境、投資文化、そして技術選択が複合的に絡み合った構造的な敗北であった。
3.1 Volocopterの破産
【重要な修正点】Volocopterは2024年12月26日にカールスルーエ地方裁判所に破産申請を行った(レポート原案では「2025年12月26日」と記載されていたが、正確には2024年12月26日である)。2025年2月末までに再建計画を策定する予定であったが、投資家確保に難航。2025年3月3日には約450名の全従業員に解雇通知が出され、正式な破産手続きに移行した。
パリ五輪での蹉跌:2024年パリ五輪での商用運航を至上命題としていたが、認証が間に合わず、投資家の失望を招いた。
技術的限界:マルチコプター型は航続距離と速度において物理的な限界があり、投資家はより市場規模の大きい都市間移動市場への選好を強めた。
資金調達の困難:業界最低水準の資金消費率を維持していたにもかかわらず、追加資金の確保に失敗した。
3.2 Liliumの破綻
【重要な修正点】Liliumは2024年10月に最初の破産申請を行い、2024年12月24日にMobile Uplift Corporation(MUC)による2億ユーロ以上の救済合意が発表された。しかし、約束された資金(特にスロバキアの投資家からの1.5億ユーロ)が実現せず、2025年2月21日に2度目の破産申請を行い、事業停止となった。
Liliumの独自のダクトファン推進方式は、巡航時の効率は高いものの、離着陸(ホバリング)時のエネルギー消費が極めて激しく、現状のバッテリー技術との乖離が開発タイムラインの破綻を招いた。
3.3 Airbusの戦略的撤退
【重要な修正点】Airbus Helicoptersは2025年1月27日に「CityAirbus NextGen」プログラムの一時停止を発表した。Bruno Even CEOは、バッテリー技術が目標とするミッション(80-100kmの航続距離)を達成するには「成熟度が不十分」であると説明した。
2024年11月に初飛行を成功させたCityAirbus NextGenの飛行試験は2025年中は継続されるが、その後プログラムは一時停止される。Airbusは、バッテリー技術の進化を待つ「賢明な待機」を選択したと言える。
第4章 北米市場の躍進:実用化へのラストマイル
4.1 FAA eVTOL統合パイロットプログラム(eIPP)
2025年9月、米国運輸省とFAAはeVTOL Integration Pilot Program(eIPP)を発表した。これは、FAA型式証明の完全取得前でも、成熟したeVTOL機体が特定市場で運航を開始できるようにする大規模な官民連携プロジェクトである。2028年ロサンゼルス五輪に向けた本格運航を見据えている。
4.2 Joby Aviation:垂直統合とトヨタ方式の融合
Joby Aviationは、FAA型式証明プロセスにおいて業界をリードしている。2025年末時点で、TIA(Type Inspection Authorization)飛行試験の開始に向けた最終段階にある。
飛行実績:2025年だけで850回以上の飛行、9,000マイル以上をカバーし、4,900以上のテストポイントを完了
製造能力拡張:2025年12月、米国内の製造能力を倍増する計画を発表。2027年までに月産4機以上の体制構築を目指す
商業展開:Delta航空、Uberとの提携により、2026年の旅客輸送開始を目指す。Blade Urban Air Mobilityを買収し、運航基盤を強化
4.3 Archer Aviation:多角的市場戦略
Archer Aviationは「Midnight」機体を用い、United航空との提携を軸に展開。シカゴのオヘア国際空港と市内を結ぶルートを2026年に開設予定。また、UAEでの早期運航にも注力しており、米国での認証遅延リスクをヘッジしている。
第5章 中国市場の独走:EHangの実装力
5.1 世界初の運航者証明と商用運航の実態
【重要な修正点】EHangの無操縦航空機「EH216-S」は、CAACSから型式証明(TC)、生産証明(PC)、耐空証明(AC)を取得済みであった。2025年3月28日、CAACSは民間有人無操縦航空機として世界初の運航者証明(OC)を、EHangの完全子会社および提携オペレーターに交付した。
2025年第2四半期以降、広州と合肥で試験的商用運航を開始し、700回以上の安全な飛行を完遂。2025年内に一般向け商用サービスの開始を目指している。
5.2 財務実績と将来展望
【重要な修正点】レポート原案では「2025年第2四半期に売上高1億4,720万人民元(前年同期比916%増)」と記載されていたが、実際の2025年Q2売上高は1億4,720万人民元で、前年同期比44.2%増、前四半期比464.0%増である。
EHangは2025年通期の売上高ガイダンスを約5億人民元(約100億円)に設定。第3四半期には次世代機「VT35」(リフト・プラス・クルーズ型、航続距離約200km)の初号機を納入し、都市間移動市場への参入を本格化している。
第6章 日本市場のロードマップ
日本政府は、2025年万博を契機に、2027-2028年頃の本格的な商用運航を目指すロードマップを推進している。
6.1 SkyDriveの進捗
SkyDriveは、スズキとの製造連携により量産体制を整えつつある。2024年3月にスズキの工場で生産を開始し、2028年の商用サービス開始を計画している。大阪メトロとの提携による森之宮エリアでの商用運航、JR九州との提携による別府湾上の遊覧飛行など、具体的な事業計画が進行中である。
6.2 東京都のeVTOL実装プロジェクト
東京都は「eVTOL実装プロジェクト(フェーズ1)」においてSkyDriveとJoby Aviationを選定。ウォーターフロントエリア等での実証から実装への移行を進めている。
第7章 技術トレンドと課題
7.1 バッテリー技術の課題
現在のeVTOL産業が抱える最大のアキレス腱はバッテリーである。現行のリチウムイオン電池(エネルギー密度250-300 Wh/kg)では、ペイロードと航続距離のトレードオフが厳しく、Airbusが指摘したように「経済的なミッション」の達成が困難な状況にある。
全固体電池(400-500 Wh/kg)の実用化が期待されており、中国の東風汽車やSamsungなどが2026年の投入を目指している。EHangもGotion High-Techとの戦略的パートナーシップにより、高エネルギー密度円筒形電池システムの共同開発を進めている。
7.2 チケット価格の現実
初期のチケット価格は、多くのメディアが報じてきた「タクシー並み」にはならない。現在の技術と運用規模では、プレミアムサービスとしての位置づけとなり、大衆化には自動操縦(パイロット人件費の削減)、バッテリー寿命の延長、機体量産による規模の経済の実現が必要となる。
第8章 2026年の展望と結論
8.1 2026年の予測シナリオ
米国:JobyとArcherがFAA型式証明を取得し、eIPPの下で限定的な旅客輸送を開始する可能性が高い
中国:EHangが一般向け商用運航を本格化し、VT35による都市間移動市場に参入
欧州:残存するスタートアップの資産売却・買収が進む再編期
日本:万博後の実装フェーズに移行し、複数都市でのインフラ整備が具体化
中東:UAEが世界で最も早く「エアタクシーが空を飛ぶ日常」を実現する都市となる可能性
8.2 結論
2026年は、eVTOL産業にとって「真実の瞬間」となる。多くの企業が消え去り、あるいは吸収された。しかし、この過酷な淘汰プロセスを生き残ったJoby、Archer、EHang、そして日本のSkyDriveといった企業は、航空史における新たな章を開こうとしている。
投資家や産業界は、2026年を「完成の年」ではなく、「長期的な社会実装へのスタートライン」として捉えるべきである。Airbusの「一時停止」判断が賢明な待機であったのか、それともイノベーションの波に乗り遅れた失策であったのか、その答えもまた、2026年からの数年間の市場の審判によって明らかになるだろう。
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