木曜日, 2月 27, 2025

日本国内のITインフラビジネス(SI分野)の今後10年展望

 はじめに

近年、クラウド技術の普及やDX(デジタルトランスフォーメーション)の加速に伴い、日本のITインフラビジネス(特にシステムインテグレーション=SI)を取り巻く環境は大きく変化しています。さらに2023年以降はChatGPTに代表される生成AI(Generative AI)の登場によって、インフラ構築や運用の自動化が一段と進む可能性があります。今後10年間で、クラウド・オンプレミス・ハイブリッドITの使われ方やSI事業者のビジネスモデル、そしてインフラエンジニアの役割とスキルはどのように変わっていくのでしょうか。本レポートでは、技術的観点ビジネス観点雇用・人材観点の3つの視点から日本国内のITインフラビジネスの展望を分析し、将来に向けたインフラエンジニアのキャリア戦略について提言します。

技術的観点: 生成AIによる環境構築・運用自動化の影響

インフラ環境構築への生成AI活用

近年の生成AIの発展により、インフラ環境の構築作業においても自動化・効率化が進むと期待されています。たとえば、生成AIを用いてインフラ構成コード(IaC)の自動生成が可能になりつつあります。実際に海外では、クラウド環境のテンプレートを自然言語で記述すると、自動的にインフラ構成コードを生成・実装してくれるプラットフォームも登場しています。この技術により、必要なリソースやネットワーク構成、セキュリティ設定を人間が一行一行書かなくても、AIが最適なテンプレートを提案・作成してくれます。その結果、高度な専門知識がなくてもインフラ環境を構築できるようになり、環境構築に必要な時間と手作業が大幅に削減されるでしょう。例えば、従来は熟練のインフラエンジニアが設計していたクラウド上のネットワークやサーバ構成を、AIが自動でコード化することで、構築スピードの向上ヒューマンエラーの減少が期待できます。

インフラ運用の自動化とAIOpsの進展

運用の領域でも、AI(人工知能)による自動化(AIOps: AI for IT Operations)が進んでいます。大量の監視データやログをAIが解析し、システム異常を検知して通知したり、リソース不足を予測して事前に増強したりすることが可能になってきました。例えば需要予測に基づく自動スケーリングでは、AIが過去の稼働データからトレンドを学習し、負荷増大を予測してクラウドリソースを事前に追加することができます。これによりピーク時でも性能を維持しつつ、平常時には無駄なリソースを削減してコスト最適化を図れます。またクラウド利用料の分析から無駄遣いの箇所を洗い出すAIによるコスト管理も進んでおり、企業ごとの最適なリソース割当や予算アラートの自動提案が可能です。さらに、運用現場の定型作業(バックアップやパッチ適用など)や障害発生時の一次対応においても、生成AIが手順書に沿った対応を自動で実施したり、オペレーターからの質問に対して的確な解決策を提示したりできるようになります。実際、保守作業や障害対応のパターン化された業務は自動化が可能であり、ログ分析やドキュメント生成、ユーザサポート対応までAIが支援できると報告されています。これらの技術により、24時間365日のシステム運用をより少人数で高品質に行えるようになり、運用効率の飛躍的向上人為ミスの削減が期待できます。

ただし、生成AIによる自動化が進んでも人間の役割がゼロになるわけではありません。生成AIの出力する構成やスクリプトが常に正しい保証はないため、最終的な判断やレビューはエンジニアが行う必要があります。実際にAIが生成したIaCコードを人間が検証・テストするプロセスは不可欠であり、運用でもAIの提案に対する妥当性判断や、本当に解決が難しい問題への対応は引き続きエンジニアの責務となります。したがって、今後は「AIに任せる部分」と「人間が判断・対応する部分」の明確化が重要になります。ルーチンワークはAIが担い、エンジニアはより創造的・戦略的な業務に注力することで、生産性とサービス品質の両立を図ることが可能になるでしょう。

クラウド・オンプレミス・ハイブリッドITへの影響

この10年で企業のインフラ環境はマルチクラウドやハイブリッドITが主流になるとみられます。クラウド活用が拡大する一方、近年はクラウド一辺倒からオンプレミス再評価の動きも出てきています。特に生成AIの本格活用に際しては、自社の機密データを安全に扱うためAI基盤をオンプレミス環境で運用するケースが増えています。クラウド上に機密データを置くことへの不安や、AI処理に伴う膨大なデータ転送料コストの問題から、高度なAI処理は社内サーバー(オンプレ)で行う企業も出ているのです。また、クラウド利用料の高騰やレイテンシー(遅延)の問題から、一部のシステムをオンプレミスにリフトバック(再移行)する例も見られます。このようにクラウドとオンプレを使い分けるハイブリッド指向が強まっており、企業はそれぞれの利点(クラウドの俊敏性 vs オンプレの制御性)を踏まえて最適なインフラ構成を選択するようになるでしょう。

生成AIとインフラ自動化の進展は、このハイブリッドIT戦略を後押しします。クラウド上では前述の通りAIによる自動スケーリングやリソース管理が容易ですが、オンプレミス環境でも仮想化技術やコンテナ、Infrastructure as Codeツールを導入することでクラウドライクな自動化が可能です。今後は、マルチクラウド・オンプレ入り混じる環境全体を統合的に管理するプラットフォームエンジニアリングが重要になり、生成AIはそのオーケストレーションを支援する役割を果たすでしょう。たとえば、AIが各環境の構成情報やポリシーを学習し、統一的な管理画面で最適な設定や変更提案を行う、といった仕組みが考えられます。最終的な目標像としては、「必要なインフラ資源を対話的に指示すれば、クラウドでもオンプレでも自動で用意・最適化される」ようなNoOpsに近い世界が実現する可能性があります。インフラエンジニアの役割はゼロにはなりませんが、その形は大きく変わり、高度に自動化されたマルチ環境を監督・最適化することが主眼になっていくでしょう。

ビジネス観点: SI事業者のビジネスモデル変化と競争環境

クラウド普及とSI需要の変化

日本のSIビジネスは、クラウドサービスの台頭により従来型の需要が減少傾向にあります。かつて企業システムは一社ごとにスクラッチ開発するのが一般的でしたが、SaaSをはじめとする既存クラウドサービスを利用する形が新たなスタンダードになりつつあります。理由は明快で、ゼロからシステム開発するよりクラウドサービスを活用した方がコストを抑えられやすいためです。クラウドの普及によって「SIer離れ」が進み、「SIerは将来性がない」とまで言われることもあります。実際、多くの業務でパッケージソフトやクラウドSaaSで事足りるようになり、SIerが一から開発を請け負う案件は相対的に減少しています。特に中小企業や一般業務系システムではクラウドサービスで代替できる部分が増え、SI市場全体のパイは縮小傾向にあります。

もっとも、すべてのシステムがクラウド化できるわけではありません。高度なセキュリティやカスタマイズ性が要求される領域では、今後も引き続きSIerへのニーズが残ります。典型例が政府・官公庁や金融機関などで、これらの公共性・機密性の高いシステムはパブリッククラウドでは基準を満たしにくく、引き続きSIerによる個別開発が選好されています。実際、日本政府は「2025年の崖」としてレガシーシステム刷新の必要性を指摘していますが、基幹系など重要システムの近代化にはSIerの力が不可欠とされています。このように旧来資産のモダナイゼーション案件大型の統合案件は今後もしばらくSIビジネスの柱であり続けるでしょう。一方でクラウド分野でも、企業ごとに異なる業務要件に合わせてマルチクラウド環境を最適化する支援や、クラウドサービス間の連携開発など新しいSIの役割も台頭しています。すなわち「クラウド時代のSI」として、標準サービスを組み合わせて不足部分を開発するクラウドインテグレーションや、複雑化したハイブリッド環境を運用代行するマネージドサービスといった分野が成長しています。

生成AIが促すSIビジネスモデル転換

生成AIや自動化技術の進展は、SI事業者自身のビジネス運営にも変革を迫ります。人手に頼っていた設計・構築・テスト・運用の各工程で自動化が進むことで、SI事業者は少ない人員で多くのシステムを扱えるようになります。これは裏を返せば、人月ビジネスに依存した従来型SIerにとっては収益構造の変革を意味します。大規模人員を動員して開発するスタイルは競争力を失い、代わりにAIと人間を組み合わせて効率的に価値を提供するモデルへの移行が求められます。例えば、定型的なコーディングやテストはAIツールで自動化し、エンジニアは顧客折衝や要件定義、カスタマイズ部分に注力する、といった具合です。このように「AI活用型SIビジネスモデル」では、限られた人材リソースで高い生産性を維持しつつ、顧客に付加価値の高い提案を行うことが可能になると期待されています。既に国内大手SIerでもRPAやAIを内部業務に導入し、生産性向上とコスト削減を図る動きが広がっています。

同時に、クラウド時代に合わせてSIビジネス自体のサービス化も進んでいます。従来のように「完成後に納品して終わり」ではなく、継続的にシステムを改善していくサブスクリプション型・継続型の開発提供です。その一例が月額課金のラボ型開発で、一定期間チームを提供して機能追加や改善を繰り返すモデルです。このモデルでは顧客も初期投資を抑えつつビジネス成長に応じてシステム拡張でき、SIer側も継続的な収益を得られるメリットがあります。クラウドの従量課金に対応して、SIerも一度きりではなく**「走りながら作り込む」アジャイル開発**にシフトしているのです。以下の表に、クラウド・AI時代におけるSIビジネスモデルの変化を従来型と対比して整理します。

項目従来のSIビジネス今後の展望
提供形態 オンプレミス環境を中心に、顧客毎にシステムをスクラッチ開発 クラウドサービスや既存ソフトを活用し、不足部分のみ開発する形が主流に。自社でSaaS・PaaSを提供するケースも増加。
プロジェクト構造 大手SIが一括受注し、下請企業が多重に参画する人海戦術型(ピラミッド型体制) 小規模チームによるアジャイル開発や継続的な改善サービスへ移行。
自動化ツールの活用で少人数でも開発・運用可能に。月額契約型のラボ型開発など柔軟な契約形態が広がる。
収益モデル 初期構築費用+保守運用費用が中心。ハード販売やソフトライセンス手数料も収益源 クラウド利用料に応じた従量課金やサブスクリプション型へ転換。
コンサルティングやマネージドサービス提供による継続収益を重視。
競争環境 国内市場中心で、ユーザー企業のIT部門を代行。海外展開は限定的 クラウドベンダーのプロサービス部門や外資系コンサル企業との競合激化。
またユーザー企業側の内製化(自社での開発・運用)も進み、市場はレッドオーシャン化。
提供価値 顧客の要件通りにシステムを実現する「請負開発力」が中心。 顧客の課題を分析し最適解を提案する「コンサル力」、クラウド・AI等最新技術を組み合わせる「アーキテクト力」が重要に。DXを牽引するパートナーとしての価値提供。

上表のように、SI事業者は従来型のビジネスモデルから脱却しつつあります。クラウドネイティブ時代に生き残るには「どこまでクラウドネイティブになれるか」が課題とも言われ、受託開発から自社クラウドサービスやマネージドサービスへのシフトが生き残りの条件とされています。実際、富士通やNECなど大手は自社のSaaS/PaaS展開を強化し、NTTデータは金融クラウド基盤をグローバルに提供するなど、プロダクトビジネスへの転換を図っています。他方で、依然として大規模案件では多くの人手が必要になるため、コスト競争力確保のためにオフショア開発の活用(海外の安価で優秀な人材の活用)も進んでいます。要するに、今後のSI事業者は「テクノロジーの力(クラウド・AI)を最大限に活かしつつ、自社の強みをサービス化する」方向にビジネスモデルを再構築していくでしょう。

競争環境と収益構造へのインパクト

クラウド・DX時代の競争環境では、新旧プレーヤーが入り混じります。従来はメーカー系・ユーザー系・独立系と分類され国内大手が寡占していたSI市場ですが、今やAmazonやMicrosoftなどのクラウドプロバイダー自身がコンサルティングサービスを提供し、顧客企業のクラウド導入を直接支援するケースが増えています。またAccentureやDeloitteといった外資系コンサル/SI企業も、日本企業のDX案件を積極的に受注し競争が激化しています。さらに中小のクラウドネイティブSIベンチャー(例: AWS専門のSI企業など)も台頭し、特定分野に強みを持つプレーヤーが乱立する状況です。その上、ユーザー企業側もローコードツールや内製チームを活用して一部システムを自力で構築・運用する動きを見せており、「開発作業の請負」という従来型SIのパイは確実に縮小しています。

このような中で収益を上げるには、付加価値の高い領域にシフトせざるを得ません。単に「作って終わり」ではなく、作った後のビジネス成果までコミットして継続支援することで、長期的な収益基盤を築く必要があります。前述のようにサブスクリプション型サービスへの転換はその一例で、これはSI企業にとって毎月安定収入を得るモデルへの移行でもあります。もっとも、このモデルでは一社あたりの売上規模は従来型大型案件に比べ小さくなる傾向があるため、より多くのクライアント企業に横展開したり、自社の標準サービスとしてスケールさせたりする戦略が求められます。また、クラウド基盤上で動作する自社製プロダクト(業務パッケージや共通基盤サービス)の開発に乗り出し、それを多くの顧客に提供することでライセンス収入や利用料収入を得る動きも見られます。例えば、独立系SIerが自社開発したSaaSソリューションを持ち、それを軸にコンサル+カスタマイズ開発をセットで提供するといったハイブリッド型の収益モデルです。

さらに、生成AIの活用によってスケールメリットが変化する点にも注目です。従来、大規模SIerは多数の人員で大規模案件を回すことが強みでした。しかしAIによる自動化で一人あたりの生産性が上がれば、小規模なチームでも高品質なサービス提供が可能になります。これは、小回りの利くベンチャー企業やフリーランスチームでも大手と渡り合える土壌ができることを意味します。大手SIerは引き続き資金力・信頼性で有利ですが、人海戦術に頼れない分野では俊敏な新興企業が市場を奪う可能性があります。そのため大手SIerも、自社内にスタートアップ的組織を作ってアジャイル開発に取り組む、社内人材を選抜してAI・クラウドの専門部隊を育成する、といった対応を始めています。

総じて、今後10年のSIビジネスは「量から質へ」の転換が鮮明になるでしょう。クラウド・AIを武器に効率化を突き詰めつつ、顧客の事業理解や問題解決にコミットするコンサルティング型ビジネスへとシフトが加速します。日本ならではの強みであったきめ細かな対応力や品質へのこだわりも、AIで省力化しつつ継承することで、国内外の競合に対抗しながら新たな収益モデルを築いていくことが重要です。

雇用・人材観点: インフラエンジニアのスキル変化とキャリア戦略

インフラエンジニアに求められるスキルの変化

クラウドと自動化の時代を迎え、インフラエンジニアに求められるスキルセットも大きく様変わりしています。従来はサーバーやネットワーク機器のセットアップ、OSやミドルウェアの手動設定など物理寄り・プロダクト寄りの技能が重視されていました。しかし現在では**「クラウド環境を設計・運用できること」がほぼ必須になりつつあります。多くのSIer企業がエンジニアにクラウドの知識習得を促しており、未経験者に対するクラウド研修を充実させる動きも見られます。一方でクラウドネイティブ世代のエンジニアには、オンプレミス固有のハードウェア知識やチューニング知見が不足しがちであるため、今後はクラウドとオンプレ双方に精通した人材が価値を高めるでしょう。実際、インフラエンジニアには「ハイブリッド環境を設計できる能力」、すなわち企業の業務要件に応じてクラウド・オンプレ・ハイブリッドの最適構成を提案できるスキル**が求められる時代となっています。

具体的なスキル領域としては、以下のようなものが今後重要です:

  • クラウドプラットフォーム: AWS、Azure、GCPなど主要クラウドのアーキテクチャ知識と運用スキル(認定資格取得が有利)。複数クラウドを組み合わせるマルチクラウド戦略や、クラウドとオンプレを連携するスキルも必要。
  • インフラ自動化とプログラミング: TerraformやAnsibleといったIaCツールで環境を構成管理するスキル、CI/CDパイプラインを構築して継続的デプロイを行うスキル、運用スクリプトを作成するプログラミング力(Python等)。生成AIはIaCとの相性が良く効率化を促しますが、それを使いこなすための基本的コーディング知識は不可欠です。
  • AIOps・AI活用: AIを活用した監視ツール(例: 異常検知、予測分析)や、ChatGPTのような生成AIを業務で活かすスキル。具体的には、AIが提示した構成・改善案を評価できる知識、ログデータ解析や機械学習モデルの基礎理解などがあると望ましいでしょう。将来的には「AIOpsエンジニア」といった役割も登場するかもしれません。
  • セキュリティとゼロトラスト: クラウドセキュリティ(クラウド上の権限管理や設定ミス防止)とオンプレセキュリティ(内部脅威への対策)の両面から設計できる能力が求められます。境界防御に頼らないゼロトラストネットワークやゼロトラストアーキテクチャへの理解も重要です。また、セキュリティ製品(WAF、EDR、SIEMなど)の知識や、脆弱性情報の継続的なキャッチアップも欠かせません。
  • コスト管理(FinOps): クラウド時代にはインフラ費用を適切に管理するスキルもエンジニアに要求されます。特にクラウドは従量課金のため、費用を可視化し最適化するFinOpsの知識があると強みになります。例えばオンプレとクラウドでどちらがコスト効率よいか比較検討する能力、クラウド料金の見積もりとコントロール方法などです。
  • コミュニケーションと提案力: 単なる技術操作だけでなく、他部門や顧客と折衝し要件を引き出す力、技術的な選択肢をわかりやすく説明し合意を得るスキルがますます重要です。インフラがビジネスの成否を左右する現在、エンジニアにもコンサルタント的視点や提案力が求められます。技術と経営・現場を橋渡しできる人材は重宝されるでしょう。

このように、インフラエンジニアはフルスタックかつクロスドメインな知識が必要な職種へと進化しつつあります。「自分はネットワークだけ」「自分はサーバだけ」といった縦割りではなく、クラウドを基盤にインフラ全般を横断的に扱えるジェネラリストが今後の主役になると考えられます。実際、クラウドエンジニア(旧来のサーバエンジニア)がネットワークやデータベースの領域まで設計・構築を担うケースも増えており、従来別々だった領域がクラウド上で収れんしてきています。この傾向は今後も進み、エンジニアの業務範囲は統合・再編されていくでしょう。

インフラエンジニアの役割変化とキャリア戦略

技術トレンドやビジネスモデルの変化に伴い、インフラエンジニアの役割自体も変わりつつあります。【図表: インフラエンジニアの役割変化】にも示した通り、これまでインフラエンジニアの主な使命は「サーバやNW機器を構築し安定稼働させること」でした。しかしこれからは**「最適なインフラ構成を設計し、選び取る存在」へとシフトしています。単に環境を作って運用するのではなく、クラウドとオンプレの特性やコストを踏まえてどのワークロードをどの環境で動かすべきか判断し、全体最適なシステム基盤をデザインすることが求められるのです。言い換えれば、インフラエンジニアは各種サービスや技術要素の中から最適解を「選ぶ」アーキテクト**としての役割が増しています。特にAI活用やリアルタイム分析など高負荷処理ニーズが増える中、性能・セキュリティ・コストを総合的に勘案してハイブリッドなインフラを組み上げる能力が、そのままエンジニア個人の市場価値につながっていくでしょう。

以上を踏まえ、インフラエンジニアが今後10年でキャリアを形成するにあたり留意すべきポイント・戦略を提言します。鍵となるのは、「生成AIに取って代わられない領域で専門性を磨く」ことと、「クラウド時代のインフラ領域の拡大に合わせて自身の守備範囲を広げる」ことです。具体的には次のようなキャリア戦略の選択肢が考えられます。

キャリア戦略の選択肢主な特徴・理由
クラウドエンジニアを目指す クラウドインフラ全般を扱うエンジニアとしてキャリアを積む道です。ネットワーク、サーバ、ストレージからセキュリティまで幅広い知識が必要で、IaCによる構築やコード化にも対応するオールラウンドプレイヤーとなります。大変ではありますが、今後のインフラ領域の主役であり、要求定義・基本設計を担い、詳細設計以降は生成AIでアウトプットするような形で生産性高く働けるでしょう。クラウドエンジニア内でも得意分野(NWに強い、セキュリティに強い等)で個性を発揮できます。
上流工程のアーキテクト/PMを目指す インフラ領域で培った経験を活かし、要件定義や基本設計、プロジェクトマネジメントといった上流ポジションにシフトする道です。顧客とのコミュニケーションを前提とするポジションであり、生成AIでは代替しづらい領域です。技術だけでなく業務理解や調整力が求められますが、AI時代でもなくならない役割として安定した需要があります(「インフラコンサルタント」「クラウドアーキテクト」等)。
ネットワーク/データセンタースペシャリストを目指す クラウドに置き換わりにくいフィジカルな領域に特化する戦略です。例えば通信キャリアのネットワークエンジニアやデータセンター設備の専門家など、現場での機器設置・配線や電源・無線の設計など泥臭い作業を伴う職種です。これらの業務はAIやクラウドから遠く、今後も人手が必要です。無線LANの電波設計など現地環境に依存する作業も自動化が難しいため、インフラの物理層に強いエンジニアは引く手数多でしょう。
セキュリティエンジニアを目指す サイバーセキュリティの専門家としてキャリアを深掘りする道です。セキュリティ分野は技術知識に加え、企業ごとのリスク許容度に応じて適切な施策を選択・実装するコンサル要素が強く、顧客の方針やカルチャーに合わせた提案が求められるためAIに置き換えにくい領域です。クラウドセキュリティとオンプレ両面の知識を持つ人材は希少価値が高く、今後も需要は拡大します。「ゼロトラストセキュリティ」の設計やセキュリティ監査対応など高度なスキルを身につければ、キャリアの武器になるでしょう。

上記のように、自身の志向や適性に応じてクラウドジェネラリストになるか、特定領域のスペシャリストになるかを選択することが考えられます。いずれにせよ重要なのは、「今後価値が高まるスキル」にフォーカスすることです。幸い、インフラエンジニアという職種自体の需要は今後も堅調です。【参考】多くの企業がIT基盤の強化・DX推進を目指しているため、インフラ人材へのニーズは引き続き高いと予想されています。ただし、求められるスキルセットや役割が変化している点に注意が必要です。言い換えれば、「インフラエンジニアという職種は無くならないが、旧来型のインフラエンジニアは姿を消す」ということです。生成AIに代替され得る作業(例: 手順が決まった設定作業や定例レポート作成など)ばかりをしていると市場価値は下がってしまいます。そうならないためにも、新技術へのキャッチアップとスキルアップを怠らず、常に進化するインフラ領域のフロントランナーであり続ける意識が大切です。

具体的なアクションプランとしては、クラウド関連資格の取得(AWS認定など)やDevOpsツールの習得(TerraformやDocker、Kubernetesなど)、必要に応じてプログラミングの基礎習得(Pythonでのスクリプト開発等)、さらには英語力の向上(最新技術情報の入手やグローバル案件対応)などが挙げられます。加えて、社内外のプロジェクトで新しい技術領域に積極的に関わり経験を積むことも有効です。例えば、「次世代基盤チーム」に立候補してクラウド導入プロジェクトに参画する、社内ハッカソンでインフラ自動化の仕組みを提案してみる、といった姿勢が将来のキャリアを切り拓きます。コミュニティへの参加や情報発信も自らの市場価値を高めるうえで有効でしょう。勉強会やオンラインコミュニティで知見を共有し、人脈を築くことで得られる情報や機会は少なくありません。

おわりに(まとめ)

このレポートでは、技術・ビジネス・雇用の観点から日本のITインフラビジネスの10年先を展望しました。技術面ではクラウドと生成AIの進歩によりインフラ構築・運用が飛躍的に自動化され、ハイブリッドITが標準になると予想されます。ビジネス面ではSI事業者のサービス提供形態がクラウド前提に変革し、従来のビジネスモデルは大きな転換期を迎えます。人材面ではインフラエンジニア像が進化し、幅広いスキルと高付加価値な役割を担う人材が求められるでしょう。日本固有の強みを活かしつつグローバル潮流に適応するため、常に学習し挑戦することが個人・企業双方にとって重要となります。

最後に、インフラエンジニアへの提言として強調したいのは「変化を恐れず、自ら変化を創る」姿勢です。クラウドやAIといった新技術は脅威ではなくツールであり、それらを駆使してこれまで出来なかったことを実現できるエキサイティングな時代が訪れます。環境の変化に適応するだけでなく、自ら最新技術を習得して周囲に展開することで、変革の担い手として活躍することができます。今後10年、日本のITインフラ分野が持続的に発展していくためにも、一人ひとりのエンジニアが視野を広げスキルを磨き、「AIと共存し価値を創出できるエンジニア」へと成長していくことを期待します。

【参考資料】本分析中には、三菱総研や日本総研のレポート、国内ニュースメディア(ITmediaやエンジニアtype)、企業発表(Hexabaseコラム等)、キャリア支援サイト(KotoraやPERSOL)などの情報を参照しました。それらによれば、クラウドシフトやAI活用は既定路線である一方、オンプレ回帰や人材不足など日本市場ならではのトレンドも見られます。本レポートで提示した展望と提言が、そうした多角的な情報に基づくものであることを付記します。

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